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kオジサンの中山道旅日記 その28 JR浮間舟渡駅から日本橋 まで 

2019-03-20 23:12:32 | Kオジサンの中山道旅日記 

3月20日(水) 晴 JR浮間舟渡駅から日本橋 まで 

今日も昨日の続きを歩きます。
今日は第3日目で中山道の街道歩きは都内を歩くのみとなりました。都内に入り板橋宿、そして日本橋まで歩きました。
JR大宮駅から埼京線でJR浮間舟渡駅へ向いました。駅から降りて舟渡交差点へ。そして、日本橋へ向っての街道歩きをスタートしました。 初めは中山道と国道17号線と重複していて、国道の歩道を歩きました。志村橋が架かる新河岸川を渡りました。岸のサクラの蕾が膨らんできていました。 この、新河岸川。下流で隅田川となるのをGoogleで見て、後から判りました。 東坂下では17号線から離れ、住宅街の中を歩きました。 志村三丁目からまた、国道を離れ坂を下り、また登り返すと言う道を歩きました。ここが清水坂でした。 坂を登ってきて上部へ来ると、また国道と一緒になりました。そして立派な志村一里塚のところへ来ました。この一里塚は国道を挟んで対になっており、昔の形をとどめている。そのように見えました。 志村警察署の前を歩き、進んできて清水町交番まで来ると、ここからは国道と完全に分離した中山道となりました。 下町の雰囲気のある道路です。 板橋本町を過ぎると縁切榎が有りました。縁を切りたいと願う心。多くの絵馬が下がっていました。 更に歩いて来ると、朱色の欄干の橋へ来ました。この橋が板橋宿の起源でそれが区名になったのだろうと言う事を知りました。 板橋宿は長い宿場で、上宿、仲宿、平尾宿となっていることも知りました。知らないことを知る。それが街道歩きの面白いところです。
中山道歩きはJR埼京線や都電の踏切を渡っていきました。そして、どげぬき地蔵がある巣鴨地蔵通りを歩きました。 この後、中山道は国道17号と一緒になりました。本郷通りを通り、東大の前を歩きました。立派な正門、赤門を目にしました。 神田明神の前を過ぎ、神田駅のガード潜ると三越百貨店が見えてきました。
そして、遂に日本橋に到達しました。

JR浮間舟渡駅 ― 舟渡交差点  ― 志村橋  ― 東坂下  ― 志村3丁目 ― 志村清水坂
 ― 庚申塔
 ― 志村坂上 ― 志村一里塚 ― 志村警察署 ― 南蔵院 ― 本蓮沼 ― 
清水町交番 ― 環七通り
 ― 板橋本町 ― 縁切榎 ― 中山道板橋上宿説明板・石碑 ― 
本町にぎわい広場 ― 板橋 ― 
板橋仲宿 ― 文殊院 ― 板橋宿本陣跡 ― 遍照寺
 ― 仲宿門・説明板 ― 板橋三丁目縁宿広場
 ― 寛文の庚申塔 ― 観明寺 ― 平尾追分
 ― 国道17号線 ― 板橋1丁目 ― JR板橋駅
 ― 中山道踏切 ― 滝野川銀座 ― 
近藤勇の墓 ― 亀の子束子西尾商店 ― 掘割 ― 
都電庚申塚駅 ― 猿田彦大神 ― 
巣鴨地蔵通り ― とげぬき地蔵本堂 ― 眞性寺 ― 国道17号
 ― JR巣鴨駅 ― 千石駅前
 ― 本駒込二丁目 ― 東洋大学 ― 白山一丁目 ― 
本郷追分一里塚跡 ― 本郷弥生 ― 
東大正門前 ― 東大赤門前 ― 本郷三丁目 ― 壱岐坂上
 ― 湯島聖堂前 ― 神田明神 
― 神田明神下 ― 昌平橋 ― 萬世橋 ― 須田町 ― 
JR神田駅 ― 今川橋 ― 
室町三丁目 ― 日本




(07:53)
大宮駅の構内です。
そば処 中山道。
名に引かれて入ってみました。




今朝もソバの朝食にしました。
朝っからソバやうどん。
出勤前のサラリーマンの朝食でも有りました。




(07:59)
埼京線のホームへ下りてきました。
埼京線のホームは地下1階で19、20番ホームと21、22番ホームになっています。




8時01分発の普通列車、新宿行きです。



 
(08:02)
定刻に発車した新宿行き普通列車です。
地下のホームを出発し、地表に出ます。





快調に勾配を登って行きます。





(08:05)
地上に現れてからは、高架を走ります。
何線の新幹線車両だろう。
時間から推定して、並走しているのは、「なすの264号」ではないかと思います。
この列車、2編成を連結しています。
何と言う特急と何と言う特急なのだろうか。




(08:26)
浮間舟渡駅が近付いてきました。




浮間舟渡駅で下車し、舟渡交差点へ向かいます。
左の高架は埼京線と東北新幹線の高架です。





(08:48)
国道17号線を歩き始めました。
志村橋の北の歩道橋です。

日本橋まで16kmを現しています。
昨日、戸田市の川岸歩道橋に有った距離表示では、「東京16km」を現していました。
この距離表示は東京となっていましたが、東京と現す最後の標識だったと思います。
ここから先は日本橋の表示ばかりでした。
それにしても、この場所の16km。昨日の16km。位置が違っても16kmを現していました。
何処をゴールと捉えているのだろうか。







新河岸川の堤防。
サクラの蕾が膨らんで来ています。





(08:59)
板橋区板橋東清掃事務所の前。
15kmのポストが有ります。




ヤナセの斜め前です。
サクラでも、ソメイヨシノではないサクラ。
見頃になっていました。




(09:06)
中山道が国道から別れて左の方角に入って行きます。
この先、東坂下の住宅街を通り抜けます。





志村3丁目の歩道橋の上から戸田橋方面を望みました。
先の道路標示は高崎93kmを現しています。




(09:19)
中山道は国道17号線から分かれ、右に入って行きます。
トラックの先。
都営三田線のガードです。



志村清水坂

都営三田線のガードを潜り、坂を登ってきました。
清水坂です。
坂の途中に標識と説明板が設置して有りました。


志村一里塚

志村坂上に道路を挟んで、1対になった一里塚が有りました。





(09:40)
日本橋まで13kmのポストが有りました。
渋滞していて、歩行者の速度と車の速度が同じ程でした。


清水町交番

(09:58)
先に見えるのが清水町交番です。
中山道は、ここから国道17号線と分かれて行きます。




前方のスロープは環七のスロープです。
環七を潜り抜け、先へ進みます。





板橋本町を通り抜けて行きます。



縁切榎

(10:12)
縁切り榎へ来ました。
祠が祀って有ります。
縁を切りたい願い事。
沢山の絵馬が下がっていました。



縁切り榎の説明板です。
縁が切れるのを嫌って、皇女和宮の降嫁の時は、迂回したと説明しています。


本町にぎわい広場

(10:16)
にぎわい広場へ来ました。
やぐらが設置して有ります。
下町の広場です。
ここで夏祭りが開かれたりするかも知れません。




やぐらの絵図です。
江戸絵図だろうか、何かだと思います。
左は乗蓮寺。相生杉、女男松となっています。
右は太鼓橋が描かれています。これは当時の板橋なのでしよう。




(10:19)
朱色の板橋が見えてきました。


板橋

板橋の上でたたずむ女性です。
聞いたら、サクラのつぼみの状態を毎日、見に来ていると言っていました。
川の名を聞いたのです。
下を流れる川は石神井川だと教えてくれました。




膨らんできたサクラの蕾。
石神井川沿いにサクラが並木になっています。


仲宿

(10:21)
これから板橋宿の仲宿に入って行きます。




肉の松葉屋。
カツやコロッケを揚げて販売しています。
コロッケを買いたかったのですが、揚げ物時間が4時30分からとなっていました。




こちらは激安本舗と言う八百屋です。
白菜や大根が安いです。




(10:32)
仲宿を抜けてきました。
そして、仲宿方向を振返りました。
説明板も立てられていました。


板橋三丁目縁宿広場

板橋三丁目縁宿広場は、チョっとした広場でした。
板橋宿を紹介する説明板が設けて有りました。





(10:40)
板橋宿を通ってきました。
中山道はここで、国道17号線と交差しています。




中山道が17号と交差する形になっています。
この先、板橋宿の平尾宿となります。




(10:51)
埼京線の踏切です。
この踏切り。
中仙道踏切と表示していました。




北区の滝野川に入って来ました。
滝野川銀座のフラッグが下がっています。



近藤勇の墓

(10:56)
中仙道から少し西にハズレました。
その場所に近藤勇と土方歳三の墓碑が立っています。




(11:03)
中仙道に戻りました。
お昼の時間に少し早いのですが、「丼丸」に入りました。
丼丸はお持帰りの店ですが、店内で食べる事が出来ました。





都電荒川線中山道踏切

(11:36)
踏切りの右が 都電荒川線の庚申塚駅となっていました。




こちらは荒川線の早稲田方面へ向うホーム。
庚申塚駅です。
先ほど通過した都電は新庚申塚駅に停まっています。



(11:39)
巣鴨地蔵通商店街に入ってきました。





高岩寺。
通称、とげぬき地蔵です。
高齢者で賑わっています。





(12:18)
地蔵通りを通ってきました。
巣鴨地蔵通りの事をお婆ちゃんの原宿とか申します。
平日でも、お婆ちゃんたちで賑わっています。




とげぬき地蔵入口から出てきました。
伊勢屋と言う餅菓子屋です。
土産に塩大福を買いました。






(12:39)
とげぬき地蔵入口から南東へ向って歩いています。
中山道が国道17号と重複しています。
日本橋まで6kmとなりました。




(12:53)
日本橋まで5kmのポストです。





(13:06)
東大のレンガ塀沿いを歩いています。
日本橋まで4kmとなりました。




東大の正門です。
イチヨウの裸木です。
黄葉した時期なら、好い風景なのでしょう。




(13:29)
神田明神の前を通過します。




神田明神下の交差点です。
ゴーカートの列が通過しました。



昌平橋

(13:37)
昌平橋まで来ました。


日本橋

(14:01)
遂に、日本橋に到達しました。





歩数を撮影するのを忘れていて、 日本橋に到達してから暫くたってから撮影しました。
今日は20キロほど歩きました。



JR東京駅

(14:14)
東京駅の日本橋口へ来ました。
列車の時間までには、少し時間が有ります。




(14:44)
東海道新幹線のホームです。
こだま665号に乗車します。
14番線に上がって来た時、丁度列車が入ってきました。




(14:53)
列車が入ってきて、車内点検で少し待たされました。
車内点検が終わり、乗車します。




(14:56)
こだまの車内です。
指定席は6番E席となっていました。



(14:56)
「ぷらッとこだま」のチケットにはドリンク券が付いています。
ハイボールをその券で求め、缶ビールを追加で買いました。



こだまに乗車するのに、「ぷらッとこだま」のチケットを利用しました。
こだまは新幹線の各駅停車です。
東京名古屋間が8,300円でしたが、「のぞみ」や「ひかり」より、3,000円ほど安いです。

東京発が14時56分で名古屋着が17時43分です。
ビールの酔いで眠りに誘われました。
一時間近く、グッスリと眠りました。
歩いた疲れも有ったのでしょう。



感想
今日は最終日で日本橋に到達する日でした。
国道17号線を歩く箇所が多かったのですが、国道から分かれて街道歩きをする所がありました。地図を片手に歩いたのですが、国道から分かれていく道に指示標識が設けて有れば良いと思いました。
板橋区の下町を歩きました。八百屋の店先。東京の野菜のおおよその値段が判りました。下町の生活の場を覗いた。そんな感じがしました。

板橋区に入り、街道歩きらしい人を何人も見かけましたが、声を掛けるのを控えました。
橋の上で、サクラの開花を心待ちにしている女性。人との出合い。そんな人と言葉を交わせたのも良かったです。
巣鴨地蔵通りを歩きました。お婆ちゃんの原宿と言われているところです。実際。女性が多かった。そんな、一面を見れたのも面白かったです。
日本橋に到達出来て、心の一角に安堵した部分もありました。



今日の経費

JR大宮駅からJR浮間舟渡駅 220円
ドンキホーテ 108円
蕎麦 280円
ペットボトル 94円
丼丸 540円
土産 2,953円
缶ビール 247円
ぷらッとこだま 8,300円
JR名古屋駅からJR那加駅 670円  
                 合計 13,412円

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kオジサンの中山道旅日記 その27 JR北上尾駅からJR浮間舟渡駅 まで 

2019-03-19 23:35:39 | Kオジサンの中山道旅日記 

3月19日(火) 晴 JR北上尾駅からJR浮間舟渡駅 まで 

今日は昨日の続きを歩きました。
今日は2日目で上尾宿から大宮宿、浦和宿、そして蕨宿へと歩きました。歩いた市は上尾市、さいたま市北区、大宮区、中央区、浦和区、南区、蕨市、戸田市そして東京都の板橋区です。遂に、荒川を渡り東京へ到達しました。

朝、大宮駅から昨日、歩き終えた北上尾駅に向かい、北上尾駅から中山道歩きを再開しました。中山道は、ほとんどが県道164号線で街の中を歩きました。さいたま市の北区から大宮区、中央区、浦和区、南区を通りました。さいたま市を北から南へ縦走した形になりました。その後、蕨宿を抜け、戸田市に入り戸田橋を渡って東京に入りました。
この後はJR浮間舟渡駅からJR大宮駅前へ戻りました。

JR北上尾駅 ― 中山道道標  ― 庚申像  ― JR上尾駅前  ― 本陣跡 ― 氷川鍬神社 ― 愛宕神社 ― 庚申塔 ― 馬喰新田不動堂 ― 南方神社 ― 栴檀の大木 ― 加茂神社
― 天満宮 ― JR宮原駅前 ― 埼玉新都市交通伊奈線高架 ― 東大成の庚申塔 ― 
警察学校入口 ― 大山道道標 ― 東北本線ガード下 ― JR大宮駅前 ― 氷川神社一の鳥居
― JRさいたま新都心駅 ― ケヤキ並木 ― JR与野駅前 ― 一本杉標石 ― 庚申塔 ― 
廓信寺 ― 北浦和駅前 ― 浦和橋 ― 慈恵稲荷 ― 浦和宿二・七市場跡 ― 常盤公園
 ― 本陣跡
 ― 浦和宿道標― 玉蔵院 ― JR浦和駅西口 ― 中山道浦和宿道標 ― 
調神社 ― 焼米坂
 ― 六辻 ― 六辻水辺公園 ― 東京外環道高架下 ― 一里塚公園 ― 
蕨宿北木戸 ― 
蕨市立歴史民俗資料館 ― 蕨宿南木戸 ― 公団戸田住宅 ― 菖蒲川 ― 
戸田橋派出所 ― 
戸田橋 ― 舟渡 ― JR浮間舟渡駅

JR大宮駅前

(07:03)
大宮駅へ来ました。
これから高崎線で北上尾駅へ向かいます。




高崎行きの普通列車が入線してきました。


JR北上尾駅

(07:34)
北上尾駅で下車しました。
駅から中山道の交差点へ歩いてきました。
ここからさいたま市の方向に向って歩きます。




(07:37)
歩き始めた中山道。
この道路は埼玉県道164号線です。



JR上尾駅前

(07:58)
JR上尾駅前を通過します。


氷川鍬神社

(08:01)
氷川鍬神社です。





中山道上尾宿と本陣の解説です。
氷川鍬神社の前に設置して有りました。


庚申塔

こちらは愛宕神社の境内に有った庚申塔です。
良く見ると、顔が欠けています。




(08:11)
埼玉県道164号線です。
さいたま市へ向う方向を表示しています。



上尾市とさいたま市の境界。
これからさいたま市に入ります。



南方神社

(08:35)
道路の反対側。
南方神社が有ります。


加茂神社

(08:56)
こちらは加茂神社です。
京都の下加茂神社か上加茂神社の末社だろうか。



加茂神社に有った案内図。
この近辺を紹介しています。





大宮に向って歩いています。
前方に見えるのは東北新幹線の高架です。





(09:39)
道路の反対側。
ご主人が中山道の本を持ち、奥様はダブルストックで歩いていました。
「街道歩きですか」と声を掛けたら、この表情で応えてくれました。
そして「お気をつけて」と言いました。




今日のKオジサンの後ろ姿です。




東北本線ガード

(09:58)
前方に見えるのが東北本線のガードです。





路傍で、可憐にスミレが咲いていました。
アスファルトの隙間に根を張っているのでしよう。
頑張っています。



JR大宮駅前

(10:17)
大宮駅の駅前まで来ました。



氷川神社一の鳥居

(10:37)
氷川神社一の鳥居です。
長く続く参道。
こんな参道が有る事を知らなかったのです。





サクラの蕾が膨らんできています。





氷川神社の解説板が鳥居の近くに設置して有りました。


ケヤキ並木

(10:49)
大きなケヤキが並木になったところへ来ました。





さいたま市には2つのプロサッカーチームが有ります。
左はJ1の浦和レッズです。
そして右はJ2の大宮アルデイージャです。
歩いていて先に大宮アルデイージャのフラッグを目にしました。
そして、歩いていて、ここまで来て浦和レッズのフラッグを目にしました。

今はJ1とJ2に分かれているチームですが、さいたま市民はJ1で両チームが戦ってくれたらと願っているのかも知れません。
大宮アルデイージャや浦和レッズのチーム名は知っていましたが、ここへ来て、さいたま市にサッカーチームが2チーム有るのだと知りました。

一本杉標石

(11:12)
一本杉の標柱と解説板です。



庚申塔

大原陸橋東の交差点角で、ガードレールに囲まれた三角形の土地の庚申塔です。
位置は 浦和区針ヶ谷3-3となるのでしよう。
針ケ谷の庚申塔と呼んで良いではと思います。

上の庚申塔は祠の中に納まっています。
北上尾駅で降りて中仙道を歩き始めた時、野晒しの庚申塔を見かけました。
この針ケ谷の庚申塔に比べると、何も無い場所でポツンと有り、可愛そうな気がします。

北上尾駅で降りてから、直ぐに見かけた庚申塔です。
雨曝しの姿です。




民家に咲いていたコブシです。


廓信寺

(11:28)
廓信寺へ来て、仁王門の奥の方。
人の集まりが見えました。



グループの人たちに近寄ってみました。
聞いたらクラブツーリズムのツアーの人たちでした。
「中山道をあるく 第3回 戸田橋から浦和」へ歩くと言うモノでした。
今後、回数を重ねて京へ向って行きます。

このクラブツーリズムの中山道歩き。
昨年、岐阜駅から東赤坂駅まで歩いた時、クラブツーリズムのツアーに出合いました。
https://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/e81d271b036557b26196cd7157173bac
毎年、中山道を歩くツアーを開催しています。
完歩する人は、どれ程居るのだろう。




廓信寺の入口に設置して有った「紅赤の発祥地」説明板です。
紅赤より金時の方が判り易いです。

そんな芋もベニアズマに押されて来ました。
山田いちが紅赤の普及に努め「富民賞」を受けています。




北浦和駅の駅前通りへ来ると鳴門鯛焼本舗の店が見えました。
交差点の角の店です。
「1丁焼」言われる焼き方です。
店に寄り、休憩です。




1匹買いました。
焼き立てでアツアツです。


浦和橋

(12:01)
中山道は北浦和駅から県道65号線となりました。
6本のレールが見えます。
高崎線。宇都宮線。湘南新宿ライン。上野東京ライン。京浜東北線。
どのレールがどの線なのか判りませんが、6本のレールが見えます。



慈恵稲荷
 
慈恵稲荷の入口です。
ここの横には浦和宿二・七市場跡の標柱が立っていました。


JR浦和駅西口

(12:44)
JR浦和駅の西口交差点です。
スクランブル交差点で、多くの人が行き交いました。


調神社

(12:52)
調神社(ツキジンジャ)へ来ました。
入口には狛犬ならぬ狛ウサギが迎えてくれます。
高校の入学手続きの日なのだろうか。
制服が入っているような白い袋を持った母親と娘さんを何組か見かけました。


焼米坂

(13:16)
焼米坂へ来ました。
ここは浦和の南のはずれ。




(13:33)
中山道と国道17号線が交差する交差点です。
その一角に有ったすき家。
牛丼のセットを頼みました。




街道の松のような好い形をした松が有りました。



一里塚公園

(14:04)
東京外環自動車道の高架をくぐり抜けると小さな公園が有り、一里塚の跡の石柱が立っていました。
その左には弁天様が祀って有ります。



蕨宿北木戸

(14:23)
中山道と国道17号線が交差する場所です。
中山道は直進して行き、蕨宿の木戸が見えます。
17号は直進して南へ向かいます。指示標識は東京19kmを現しています。






蕨宿の中山道です。





中山道の両側に歩道が設けられています。
歩道には中山道六十九次の絵タイルが埋め込まれています。



蕨市立歴史民俗資料館

蕨市立歴史民俗資料館に寄りました。
江戸絵扇子の企画展を開催していました。




レンギョウが咲き始めていました。



蕨宿南木戸

(15:15)
中山道の蕨宿を歩き、南の木戸へ来ました。





国道17号の歩道を歩いています。
ここから戸田市に入ります。





(15:42)
日本橋まで18kmとなりました。





指示標識が東京16kmを現しています。
東京と言う表示はここが最後で、この先は「日本橋」と言う表示となりました。



戸田橋

(16:07)
戸田橋の堤防に上がりました。
この先、戸田橋を歩きます。




戸田橋の上です。
ここまで埼玉県で、この先が東京都に変わります。
これまで50キロ制限がこの先、60キロ制限に変わる。
ここまで駐停車禁止で、この先は駐停車OK?
橋の中間で交通規制が変わるのは、可笑しくないだろうか。




東京都板橋区に入ります。
警視庁の派出所が有ります。
ここから左へ降りて行き、歩道を歩きます。




(16:26)
埼京線の高架の下を歩き浮間舟渡駅へ向かいます。





浮間舟渡駅へ着き、本日の歩行を締めとしました。
9時間近い歩行で35キロほどを歩きました。




(16:36)
この後、埼京線で大宮駅へ戻りました。



そして、大宮駅から氷川神社に行ってみました。
昼間、一の鳥居の舞うを通ったとき、長い参道が有る事を知ったので行って見ました。
本殿までは行かなかったのですが、参道を歩いてみました。


(17:43)
氷川神社の参道です。
一の鳥居から歩いてきました。
この先に本殿が有りますが、先へ進まず、途中で夕食を取り、カプセルホテルに戻りました。

明日は浮間舟渡駅へ向かい、日本橋への道を残すだけとなりました。


感想
今日は北上尾駅から歩き始めました。
さいたま市の北区大宮区中央区浦和区そして南区。
さいたま市を縦断した形になります。合併してさいたま市が出来たのは知っていましたが、こんなに大きな市になっているのは知りませんでした。さいたま新都心駅の近くにさいたまスーパーアリーナが有りました。さいたま市を歩いて活気を感じました。
コブシの花やレンギョウの花が咲き始めていて、春の訪れを感じました。



今日の経費

大宮駅から北上尾駅 200円
パンと牛乳他 398円
アイス、飲料水 206円
鯛焼き 194円
すき家 500円
浮間舟渡駅から大宮駅 220円
中華食堂日高 1,130円
カプセルホテル 3,400円    
            合計 6,248円


kオジサンの中山道旅日記  その28
3月20日(水) 晴 JR浮間舟渡駅から日本橋 まで   へ





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kオジサンの中山道旅日記 その26  秩父鉄道石原駅からJR北上尾駅 まで

2019-03-18 23:23:19 | Kオジサンの中山道旅日記 

3月18日(月) 晴 秩父鉄道石原駅からJR北上尾駅 まで

昨年、12月23日から25日までの3日間を掛けて松井田宿から熊谷宿までを歩きました。 今回はその続きの再開です。今回、3日間歩き日本橋にゴールする目標を持っていました。今日は第1日目で深谷宿から鴻巣宿、桶川宿へと歩きました。歩いた市は熊谷市、鴻巣市、北本市、桶川市そして上尾市です。中山道がJR北上尾駅の近くとなったところで、今日の街道歩きを止めました。
スタートは秩父鉄道石原駅で、下車してから八木橋デパートを目指しました。ここはデパートの中を中山道が通過していると言う珍しい場所です。 前回歩いた時にデパートの中を通り抜けましたが、出たところにも中山道の石碑が有ったのですが見落としましたので、それを見たいと思いました。 熊谷市の街中を抜けて高崎線の踏切を渡って進むと荒川の堤防に上がりました。堤防からは浅間山や富士山を目にする事が出来ました。 遠くの山が見える。空気の澄んでいる今の時期だから見えるのでしよう。 堤防から降りてからは県道164号線を歩き続けました。この道、かつては国道17号線だったのだろうと思います。バイパスの17号線が出来て、県道となったのでしよう。沿線に古い建物があり、街道の雰囲気がありました。

割安に乗車できる列車が臨時快速の「ムーンライトながら」です。この列車が運行を開始するのに合わせて街道歩きを開始しました。 今シーズンの「ムーンライトながら」の運行は3月16日から24日までと短い期間でした。 「ムーンライトながら」に乗車するには座席指定券必要で、1ヶ月前の日の10時から発売します。3月16日の指定券が欲しく2月16日の夕方に駅へ買いに行きましたら完売でした。人気が有る列車で、早く売れてしまいます。 それで、2月17日に3月17日の指定券を買い求めました。この時は旅先に居て薮原駅でゲットしました。 1ヶ月後の天候は判りませんので3月18日の指定券も買い求めました。天候によっては18日の出発を考えたのです。でも、17日が晴れの予報であり18日の指定券はキャンセルしました。

秩父鉄道石原駅 ― 八木橋デパート  ― 熊谷寺  ― 高城神社  ― 熊谷駅前 ― 
第六中仙道踏切
 ― 八丁の一里塚跡 ― 元荒川ムサシトミヨ生息地 ― 旧久下橋記念碑 ― 
久下権八地蔵 ― 
県道257号線高架下 ― 久下神社  ― 熊谷堤 ― 決壊の跡碑 ― 
権八延命地蔵堂 ― 榎戸堰公園
 ― 榎戸踏切 ― 吹上「間の宿」石碑 ― 吹上神社吹上駅前
 ― 妙徳地蔵堂 ― べったら塚古墳 ―
 箕田追分案内板 ― 追分地蔵堂 ― 氷川八幡神社
 ― 箕田観音堂 ― 第三中仙道踏切 ― 鴻神社
 ― 鴻巣駅前 ― 鴻巣宿本陣跡 ― 
勝願寺 ― ひなの里 ― 浅間神社 ― 北本駅前 ― 天神社
 ― 多聞寺 ― 
北本宿石碑 ― 圏央道 国道468号線 ― 桶川宿碑 ― 木戸跡碑 ― 
市神社跡標柱
 ― 桶川宿碑・案内板 ― 桶川宿宿場館 ― 武村旅館 ― 木戸跡碑 ― JR北上尾駅

 


JR岐阜駅

JR岐阜駅です。
左は列車の時刻表示です。
右はムーンライトながらが入線してきました。




(23:01)
この列車は185系と言う古いタイプの車両で運行しています。
かつては東京と伊豆を結んでいた花形特急で、「踊り子」として走っていました。
特急として運行していた頃は、シートの頭が当たる部分にカバーが有りましたが、今は無くなっています。
車内は暗くなりません。
医者から貰った睡眠導入剤を服用し、アイマスクを掛けて寝ました。
横浜だというアナウンスが入るまでグッスリ眠れました。

JR東京駅

(05:06)
東京駅に着きました。
この列車に乗車した記念に行く先表示を撮影していました。




今回、使用した切符です。
青春18キップの日付スタンプは車掌が検札に来た時に押してくれました。
青春18キップ1枚分tが2,370円 。座席指定や乗車券。
4,830円で東京まで行けます。


JR上野駅

(05:33)
京浜東北線で上野駅に来ました。
上野駅からは高崎線に乗ります。


JR熊谷駅

(06:50)
熊谷駅に着きました。




朝食がわりに、ソバを食べます。


秩父鉄道熊谷駅

(07:17)
秩父鉄道で石原駅へ向かいます。
列車の発車時刻が7時17分で、発車ギリギリに間に合いました。


八木橋デパート

(07:50)
前回、中山道を歩いた時、このデパートの中を歩きました。
中山道がこのデパートの中を通っているのです。
北側に中山道の石碑が立っていますが、西側の石碑は見ていませんでした。
それで、見たいと思い、ここへ来ました。
中山道歩きとしては、ここからスタートです。



熊谷寺
 
熊谷寺です。
前回、歩いた時、こちらへ寄っていませんでしたので、この寺にも寄りました。





(08:07)
JR熊谷駅の正面です。


第6中仙道踏切り

第6中仙道踏切です。
踏切へ来た時、特急列車が通過して行きました。
そして、タンク車の貨物が通過して行きます。
京浜の製油所から新潟へでも運ぶのだろうか。




(08:28)
熊谷市の曙町辺りを歩きます。
曲がった道に街道らしさを感じます。




(08:44)
堤防に登る坂道。
この先が熊谷堤防です。




堤防に登って歩き始めました。
振返ると冠雪の浅間山が見えます。




(09:09)
堤防から下りてきました。
久下地区です。
民家の塀から出ている松が見えます。
街道沿いの松で好い形をしています。


熊谷堤防

(09:25)
再び堤防に上がりました。
散歩する人。ランニングの人。自転写の人。
思い思いの人々。
堤防上を行き交います。




 今日のKオジサンの後ろ姿です。
熊谷堤防を歩いています。





堤防上で左後ろを振返りました。
特徴的な形の山が日光の男体山だと思います。
その左。雪山は尾瀬の燧ケ岳や至仏山ではなかろうか。



決壊の跡碑

(09:43)
決壊の地で石碑が設置して有ります。
この横には昭和22年のカスリン台風の時、決壊したと解説板が設置して有りました。





こちらは荒川の西方です。
白い富士山が見えます。




(10:00)
中山道は、ここから左下へ下りて行きます。
このような、手作りの表示がありがたいです。


権八延命地蔵


堤防の下。
「物言い地蔵」が祀られています。
説明板に平井権八と紹介されていますが、歌舞伎の世界では白井権八の物語として取上げられています。




吹上駅の近くへ来ました。
県道307号線が高架となっていて、その下に碑と解説板が設置して有ります。




(10:28)
鴻巣市前砂に設置してあった石碑。




箕田追分の交差点に設置してあった解説板。





解説板の箕田源氏ゆかりの地。
拡大して。


氷川八幡神社

(11:38)
鴻巣市箕田地内の氷川八幡神社です。
広い境内。
大きな木が有ります。




民家のミモザ。
今が盛りです。




(12:50)
鴻巣市の加美町に入ってきました。
隣接する宿場までの距離を現しています。





女性が歩いていまして、街道歩きですか?と声を掛けました。
列車で来ては、少しづつ街道歩きをやっていると話しました。
そして、横川辺りまでを歩きたいと言っていました。


鴻神社

(13:05)
鴻神社へ来ました。





「お願いたまご」を納める場所が設けてありました。
願を掛ける。
絵馬ではなく、このような玉子は珍しいです。




鴻巣宿の解説版です。
鴻巣は人形作りが盛んなところです。
町名に人形町があり、解説しています。


ひなの里

(13:43)
鴻巣市産業観光館。
ひなの里に寄ります。。




館内に入りました。
雛人形が展示して有ります。




ひな人形の頭(カシラ)の制作行程を解説しています。




鴻巣宿に入ってきて最初に目に留まった町名が加美町でした。
そして、雷電町などがありました。
この、ひなの里がある場所は人形と言う地区で人形1丁目とか2丁目となっています。
町名変更で昔の町名が無くなって行きましたが、このような表示板が貼ってありました。




(14:58)
さいたま市の方向から男性が歩いて来ました。
街道歩きをやっているが、かつては山登りで秩父の山に登っていたとか。
「七峰縦走」で規定の時間内にゴールすると、この帽子が貰えたと話しました。

「七峰縦走」を検索してみました。
http://tabi.tobu.co.jp/playing/hiking/events/nanamine/
標高300mから800mの7山を縦走するもので、距離はマラソンと同じ42.195キロでした。
7山を縦走する大会が有るわけですが、競争ではなく、自分の脚力を確認すると言うモノでした。
今年1月に募集開始して、既に締切りになっていました。
なお、大会は4月21日に実施されます。

平地でも42.195キロを歩くのは、大変な事です。
1,000メートルに達しない山でも、コレだけの距離を歩くとなると・・・・・。
この帽子を撮影させてくれた彼は外反母趾で足を傷め参加できなくなったと語りました。



圏央道 国道468号線

圏央道の上が渡道橋になっています。
渡道橋の上から眺めました。
この先。
桶川加納インターが有ります。




(15:46)
渡道橋を降りてきたところで女性2人組と出合いました。
日本橋から歩いて来たとか。(間違っていましたらお許しください。)
この時間に、ここまで歩いて来たなら、相当な健脚家です。





(16:01)
これから桶川市に入ります。
この道路。。
バイパスが完成するまでは国道17号でした。
今は埼玉県道164号線です



桶川宿の案内板が設置して有りました。


桶川宿宿場館

(16:21)
宿場館へ来ましたが、月曜日で休館なのか閉まっていました。
右はガラス越しに館内を覗きました。




文化財に指定されている矢部家住宅です。
道路越しに見えました。
統一地方選挙を控え、選挙事務所となっています。




(16:36)
ここから上尾市となります。


JR北上尾駅

県道164号線から右に折れ、北上尾駅へ来ました。
この駅から大宮駅へ向かいます。




列車に乗車する前。
本日の歩行歩数です。
9時間余りで35キロを歩きました。





(17:21)
さいたま市大宮区仲町の「パークプラザ大宮」へ来ました。




ここはカプセルホテルです。
カプセルホテルに泊まるのは初めてです。
下段と上段で利用金が異なりました。
出入りがし易い下段を選びました。



焼鳥日高

夕食は外へ出ました。
立ち飲みの焼鳥日高です。
この店は昨年の12月にも訪れました。




もつ煮込み、ねぎまとシロタレ。
生キャベツにポテトサラダ。
そして生ビールに生冷酒です。
とても安価です。

感想
今日は夜行列車で熊谷駅に着き、その後中山道を歩き始めました。
後半は県道164号線を歩きましたが、その前は荒川の熊谷堤防を歩きました。堤防から見えた浅間山、男体山や富士山。このように遠くの山々が臨めたのも今の時期、空気が澄んで居るから見ることが出来ました。
堤防を歩いて山々が臨めたのが良かったです。
歩行距離にして35キロ。歩きました。
コレだけ歩いても、脚の筋肉は何とも有りません。
かつては足の裏が痛くなったのですが、今は痛くなりません。それだけ足の裏が丈夫になったのでしょう。

今日の経費

岐阜駅から豊橋駅 乗車券 1,940円
青春18キップ1枚分 2,370円
ムーンライトながら座席指定券 520円
蕎麦 290円
秩父鉄道熊谷駅から石原駅 170円
海苔弁当 468円
アイス、パン等 290円
100均 216円
ひなの里土産 1,040円
ドンキホーテ 1,503円
焼鳥日高 1,630円
蕎麦 300円
カプセルホテル(ポイント使用) 2,912円  
             合計 13,649円


kオジサンの中山道旅日記  その27
3月19日(火) 晴 JR北上尾駅からJR浮間舟渡駅 まで   へ

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各務原アルプス  伊吹の滝から自然遺産の森へ

2019-03-13 23:42:29 | 弐水会

弐水会の3月例会に参加しました。今回は伊吹の滝から自然遺産の森まで歩くと言うものでした。集合場所が自然遺産の森で、分乗して伊吹の滝へ向かいました。
各務原アルプスは、コレまでに縦走した事が有りますが、伊吹の滝から登り岐阜権現山へ。岐阜権現山から桐谷坂に向うコースを歩くのは初めてでした。朝の内、雨が降っていたのですが、天候が良くなり眺望を得る事が出来ました。


(07:41)
伊吹の滝を出発しました。
天気予報では、天候が良くなると報じていました。
でも、朝の内は雨が降っていました。





(07:58)
九十九折れの登山道を登ってきて、稜線へでます。





稜線歩き。
そして、北山展望台に着きます。
アソコで小休止です。



北山展望台からの眺望です。
横たわるグリーンの帯は木曽川です。
朝の内、雨がパラつきました。
そして、朝日が差しだしました。
条件が良いと虹が見れる状況です。




(08:30)
稜線を東へスライドしてきました。
権現山の直下の急登です。
石段を登りますが、キツイ登りです。




(08:39)
各務原権現山のあずま屋で小休止しました。
その後、岐阜権現山に向かいます。




岐阜権現山に向かう道です。
右と左のコースが分かれています。
右に向うと急な下り道です。
左に向かうと、諏訪山に向かいますが、岐阜権現山へも行けます。
雨の後なので、急な下り道を避けて左の緩やかな道へ進みます。





(08:57)
急な下り坂を避けて、左側に回りこみました。
安全な道を選びました。
正面に見えるのが岐阜権現山です。





(09:08)
老洞峠へ下りてきました。
東海自然歩道の標識が有ります。
ここから、再び登りなおします。




岐阜権現山への登り道。




(09:28)
岐阜権現山の稜線を歩きました。
アンテナがある山頂へ来ました。




岐阜権現山の山頂で小休止です。
南の方角。
各務原市が見えます。



こちらは山頂から見える西方です。
岐阜城がある金華山。
その下には長良川が流れています。




(09:48)
桐谷坂に向って下って行きます。




桐谷坂へ向かう途中。
北方の眺望です。
岐阜市の大洞方面を見渡します。




2002年4月5日の林野火災。
あの山火事の痕跡です。
アレから木が成長して、探さないと痕跡が判らないような状態になりました。




(10:29)
岐阜権現山から下山して来ました。
前方の道路は旧関江南線です。




ショウジョウバカマがひっそりと咲いていました。



(10:36)
前方が関江南線。
通行する車が多いです。
その間隙を縫って、横断します。



馬頭観音か千手観音か、祠が有ります。
その横のアルミ階段を登ります。





(10:58)
登ってきて、稜線に出ました。
木々の間から下界が望めます。
今の時期だから下の方が見えますが、葉が繁ると見渡せなくなります。




(11:28)
向山見晴台に着きました。
ここで、ランチタイムとなります。




誰がつけたのか手作りプレート。





見晴台から南方を眺めました。
右に見えるのが名古屋駅の高層ビル群。
海の中の島のように見えるのは小牧山。
その左の白い点はナゴヤドームです。




(12:26)
須衛のポイントから劇下りのコースを降りて行きます。




岩坂峠の標識です。




(13:44)
金山まで来ました。
ここには反射板が設置して有ります。





金山からの眺めです。
緑の帯は木曽川です。




(14:01)
山歩き。
ゴールが近くなってきました。




アセビが満開状態です。




(14:12)
大岩見晴台まで来ました。





柵がある自然遺産の森への道。




(14:57)
自然遺産の森へ下りてきました。
足元の階段。
木が腐ってきていましたが、補修されています。




(15:00)
自然遺産の森の駐車場まで戻って来ました。


感想
雨の後の縦走で下界の視界が広がっていました。
7時間余りの歩行。
ミンナ、健脚な人です。
桐谷坂から東へ、各務原アルプスを歩いた事が有ります。それに、各務原権現山や岐阜権現山に登った事が有ります。でも、岐阜権現から桐谷坂へは歩いた事が有りません。初めて歩いてみて、新鮮に感じました。



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岐北縦走路  中川原から高富までを縦走 百々ヶ峰(417.9m)  源太峰 (228.0m)

2019-03-09 23:44:40 | 岳友 タンネの会

岳友タンネの会の山行です。今回はKオジサン企画で、Kオジサンが隊長を務めました。
バスで登山口へ向かい、下山後はバス停まで歩くと言うものです。歩いたコースは長良川堤防の中川原バス停で下車し、岩舟川の堤防を松尾池まで歩きました。百々ヶ峰の南側直登を登ってから権現山へのコースを下り、トイレの東に有るあずま屋で昼食をとりました。
その後は東に向って歩いて東海自然歩道へ。そして白山展望地からは中部電力の高圧線巡視路を北に向かって歩きました。福富トンネルの上を通過して源太峰へ。途中、下に三田洞の自動車学校が見えたりしました。遠くには噴煙を上げる御嶽山が望めました。
このコース。余り歩く人は無いようで、道が消えかかっていたりしました。でも、稜線歩きで歩き易い箇所も有りました。最終的に県道に下りたいと思ったのですが、道が無くなり、ヤブ漕ぎとなりましたので断念して引き返し、変電所の裏手に下山し、バス停までを歩きました。
集合場所を岐阜バスの新岐阜バス停に8時40分としていました。一緒に行く人から電車が遅れていると連絡が入ったのです。乗車するバスは8時45分発の岩井山かさ神行きでした。電車が遅れても、何とか間に合いました。
帰路。下山して来て県道79号線をバス停へ向って歩きました。岐北厚生病院前のバス停近くまで来た時、丁度、西鏡島行きバスがやって来ましたので、バス停まで少し駆けました。全員が乗車できました。待ち時間が無くラッキーでした。

中川原バス停 9:12 → 松尾池 9:32 → 百々ヶ峰 (10:37~10:52) → 管理道路トイレ 11:00 →
あずま屋 (11:01~11:30)(昼食) → 白山展望地(11:40~11:46) → 散策路案内板 12:07 → 
北岐阜月丘線№13鉄塔 12:28 → アスファルト道路 12:49 → 源太峰(13:42~13:50) → 
北岐阜月丘線№3鉄塔 14:32 → 北岐阜変電所前 14:46 → 岐北厚生病院バス停 15:15


今回のGPS軌跡図です。
Kさんから提供を受けました。



百々ケ峰源太峰標高図です。
松尾池池から登り始めましたが、いきなりの急登となりました。




先を歩く4人組みの女性たちです。
一緒のバスに乗っていた人たちです。
松尾池の堰堤で一緒になりました。
ここでオヤツをご馳走になりました。
彼女達と言葉を交わしたのですが、三田洞へ下山すると言っていました。
バスで来て、バスで帰るので、柔軟にコースを捉える事が出来ます。




松尾池から登り始めました。
段々勾配がキツクなって行きます。




コースで右に向うと岩場です。





左に向かったのがこちらのコースです。
こちらのコースでも勾配がキツイのに変わりは有りません。




登ってきて、振り返ると先ほどの松尾池が見下ろせます。





百々ヶ峰の展望台が見える所まで登ってきました。




百々ヶ峰の展望台に上がってみました。
御嶽山、それに乗鞍岳。
笠ケ岳も確認できました。




百々ヶ峰から下山して行きます。




百々ヶ峰から下山して来る時、朝、松尾池で会った女性4人組と擦れ違いました。
彼女達は東海自然歩道の萩の滝コースから登って来たのでしょう。

女性4人組がエライと思ったのは、自分達の体力に有ったコースを選び、山と向き合っていると思ったからです。コースを柔軟に行動できるように捉え、中川原から登り三田洞へ下りるようにしていました。
中川原に向かうバスの本数は少ないですが、三田洞から高富街道へ出ればバスの本数が多いです。
私たちが新岐阜バス停から乗車した時、既に乗っていましたのでJR岐阜駅から乗って来たのでしょう。行動的だと思いました。
私たちは新岐阜のバス停から乗車しました。その時、女性の二人組みも乗りました。ザックを背負い、いかにも山に向かう姿でした。バスのルートから、古津から東海自然歩道を歩くことも出来ます。何処から登るのかと声を架ければ良かったと言う思いと、色々のコースで登って楽しんでいるなと言う気がしました。



管理道路のトイレがあるところへ降りて来ました。
ここで、トイレ休憩です。



トイレから少し東へ行ったところにあずま屋が有りました。
早い時間でしたが、ここで昼食にしました。

男性の4人組です。
4人組と言っても、単独で来ているが、顔なじみで、一緒に食事をしている。
そんな印象を受けました。
私たちは、この後白山展望地に向うのですが、以前に来てから時間がたち、記憶が心細い状態でした。それで、男性達に白山展望地に向う方向を聞きました。
この場所から木々の中の細い道を進めば良かったのです。




教えて貰ったコースを辿ります。




東海自然歩道へ出て、その道を下ります。
反対方向から2組が登ってきました。




白山展望地に着きました。
でも、白山が望めない場所?だと思いました。




白山は見えませんでしたが、御嶽山はハッキリと見えました。
右隅に長良川が見えます。




ここから源太峰の方向に向って歩きます。
これから歩くコースは中部電力の高圧線点検ルートです。




藍川北中学の中学生が制作したものだろう。
左は05年3月6日に、歩いた時に撮影したものです。
10年以上の歳月が経ち、痛んで来ています。




散策路案内板のところに来たら、二組のカップルが降りて来ました。
彼らは三田洞から上ってきたと話していました。今日、初めて人と出会ったと言っていました。
それくらい、このコースは歩く人が少ないです。




足元が悪い箇所を通過します。




こちらも足元が悪いコースですが、登山道だと言うことは判ります。




石の鳥居が見えました。
この道。
峠のようになっていますが、歩行者しか通れないような細い道でした。




歩いて来て、岩井峠と言うのだろうか、アスファルトの道と交差しました。
この道は岩井と三田洞を結ぶ峠道になっています。
この道を横切り、更に北に向かいます。




稜線の道を歩くKオジサン。
この辺りは歩き易い良い道です。
歩き易い道が有ったり、難路が有ったりするコースです。




縦走路から見える中央アルプスです。




こちらの展望は前方に源太峰が見えます。
そして、遠くには能郷白山が見えます。




三田洞の自動車学校が見下ろせます。



スミレが顔を出していました。
このスミレ。
今日、見た唯一のスミレです。




源太峰の山頂へ来ました。
プレートが置いて有りました。
右はカワセのプレートです。05年3月6日に、歩いた時に撮影したものです。



源太峰から一旦下がり、北へ向かいます。
この箇所。
判り難いです。




北へ向かう道ですが、歩き難い道です。




この辺りは歩き易い箇所です。




シダをかき分けて、降りて来て鉄塔の場所に来ました。




更に降りて来て、また鉄塔のところに来ました。
ここから更に北に向かい、県道へ降りようとしましたが、道が無く、先に進むのを阻まれました。
仕方なく変電所の裏手に降り、時計回りで変電所の表側に出ました。




変電所の裏側です。
ここから逆時計回りに変電所の表へ出ます。




変電所の前に出てきました。
左の小山が源太峰だと思います。




下山して来て、高富街道の方に向かいます。


感想
百々ケ峰や東海自然歩道は多くの人が訪れていますが、岐北縦走路を歩く人は、ほとんど居ません。それでも散策路案内板のところでグループの人と擦れ違いをしました。彼らも今日、初めて擦れ違ったと話していました。それ程、人が歩かないコースです。このコース。探検心をくすぐられるコースでした。
散策路案内板に小町滝登山口が書かれていました。こちらから登ってみるのも好いでしょう。
部分的に難路なところが有りますが、良い稜線の道を楽しめるところでも有ります。
遠くに御嶽山や中央アルプス。すぐ足元には三田洞の自動車学校が見下ろせる良いコースでした。
Googleの地図には源太峰の山頂から北に向う点線が付いていますので、歩ける道が有るのかも知れません。でも、平たい山頂で、どの角度に進路を取って良いか判らないので、一旦下がり東側のコースを北へ向かいました。この山頂から県道へ降りる道が整備されると良い縦走路となる事でしょう。


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富野北アルプス  高 沢 山 (354m)  大 仏  (434.5m)  本 城 山 (423m)

2019-03-07 23:22:24 | かがみの山歩会

山歩会の準例会です。関市の高沢山、大仏、本城山へ行って来ました。各地で〇〇アルプスと言うのが流行です。ここは関市富野地区の北側の山々で、富野北アルプスと名付けたのだろうか。位置的には日龍峯寺の北側で、本城山と言うように城跡の山で眺望が良かった山でした。



富野北アルプス縦走マップです。高澤観音の駐車場に有りました。





高澤観音の駐車場です。
上の、富野北アルプスの地図を、出発前に覗き込んでいます。




なだらかな登り坂で、歩き易い道です。




高沢間の山頂が近付きました。
倒木が目立ちます。




高沢山山頂です。
風で倒木となっています。
倒木の裏側が見えますが、根が深く張っていないので倒れやすいと思えました。




登山道から見えた南方面。
各務原方面が望めます。
Vの字で山が重なっている場所。坂祝町の猿啄城です。
谷状に凹んだ先が名古屋で、高層ビル群です。
明王山のタワー。そして突出したのが金比羅山です。



高澤古道といわれる道です。
道幅が広く、かつては馬が往来したのだろうか。
関市側と美濃市側の交流が有ったのかも知れません。
歩き易い道です。




大仏まで来ました。
関市の山の団体がプレート下げてくれていました。
ここには反射板が設置して有りました。




大仏から下がっていく道です。
女性3人が登ってきました。
そして、少し遅れて、もう1人。
何処から来たのと聞いたら美濃加茂市と言っていました。

帰路に彼女達と再度、擦れ違いました。
グループの名を尋ねたら、みのハイキングクラブだと応えました。
女性グループで、余り人が行かないような山を歩く。凄いと思いました。



本城山に向かって歩きます。
足元には「↑本城山へ」の杭が何本も設置して有りました。
この杭。まだ、設置されてから歳月が経っていません。




本城山山頂の手前です。
木が生えていますが、広い場所です。
山頂が本丸で、本丸の前の場所のように見えました。




山頂に到着です。




山頂です。
巨岩が露出していますが、眺望が良い場所です。
風が強かったのです。
風に煽られて花粉が飛んでいくのが見えました。





山頂に設置された頂上の表示です。
裏側には富野小学校6年生と書かれています。





頂上の表示の横には子供たちが運び上げてきた石が有りました。
多くは平成30年となっているが平成29年とかかれたものも有ります。
富野小の6年生が毎年登るのだろうか。





何本も有った山頂への杭。
数字が書かれている杭は先月設置されたものでした。







山頂で見かけたツバキ、1輪。
丸で1輪造花を差したように見えました。




山頂から南の眺望です。
直ぐ下にはゴルフ場が有り、遠くには関の街が見えました。




昼食を終え、下山を始めました。




シキミの花がひっそりと咲いていました。




山頂直下で急な下りです。




大仏の辺り。
富士立山白山大権現。
三大霊場の名が刻まれています。




起伏の少ない歩き易い道です。




高澤古道。
何体も見かけた石仏です。
1丁置きに設置してあるようです。




高澤観音の裏手へ出てきました。




高澤観音から下を見下ろしました。




立派な寺院です。
京の清水寺に似ていて、美濃の清水寺と言われています。




駐車場へ戻って来ました。


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