Kオジサンの新・山歩きの記

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関三山    羽黒山 筆捨山 観音山  三重県亀山市関町

2012-01-26 23:30:08 | 水曜会



「ジオンの山歩記」さん主宰の水曜会で三重県亀山市関町の羽黒山(290m) 筆捨山(285m) 観音山(224m)に行ってきました。
今回は岐阜県組6名と滋賀県、愛知県から各1名の計8人グループでした。


羽黒神社鳥居(8:59) ― 羽黒権現神社(9:08)~(9:15) ―  羽黒山(9:44)~(9:50)  
 ― 胎内岩(10:02) ― 高圧線鉄塔(11:07)   ― 自然歩道分岐(11:20)   ― 
筆捨山(11:45)~(11:56) ― 自然歩道分岐(12:15) ― 展望台(12:41) ― 
自然歩道(昼食)(12:57)~(13:54) ― 車道(14:04) ― 観音山(14:21)
― 関ロッジ前(14:37) 


今回のコースは、まず関ロッジ前に車をデポして羽黒山への林道を走り羽黒神社の鳥居から登り始めて、羽黒権現神社にお参りしてから羽黒山に向かいました。

筆捨山から観音山にかけてのルートは自然歩道になっていて明確なのですが、登り始めの羽黒神社から筆捨山に向かう部分は不明瞭な箇所があります。そのためグループの前の方と後の方が離れてしまい到着を待つ結果となりました。
羽黒山から筆捨山へ向かうコースで大きな岩が重なり、その隙間を通過していく箇所がありました。人がやっと通れるほどの穴の大きさです。ザックを背負っているとつかえたりします。体をひねって岩の隙間を通過しました。珍しい体験で面白かったです。

逆時計周りに周回するコースを取りました。関ロッジ前に戻ってから、林道に停めた車を取りに戻りました。道は関富士の裾野を通っていましたが、登山口がわからず、関富士へ登るのは断念しました。


羽黒神社の鳥居から羽黒山へ向かいます。



羽黒神社のお堂の中に吊るされていた笠。羽黒神社は山形県の出羽神社の分神を御祀りしていて、言うならば支店みたいな形。
この笠を使った人は、出羽三山で修行を重ねてきたのでしょう。



羽黒権現神社へお参りします。
祠の場所へあがるのが一苦労です。



胎内岩の通過です。狭い入り口でザックがつかえそう。



洞内から外を見ると


外から中の感じこんなです。
狭い空間でチョッピリスリルがあります。


筆捨山の山頂に向かいます。
東海自然歩道で整備されていますが、急な階段です。




自然歩道を歩いていて、展望台の場所まで来ました。


展望台へ上がると、亀山のシャープの工場が見えます。
その後ろには四日市が広がります。


山に登る面白さがありますが、皆の持ち寄った食料をワイワイ喋りながらのランチがとても、良いです。
1時間近いランチタイム。ご馳走で満腹に成りました。

まず、ハムを厚めに切って、コンロで焼きます。



醤油味の鍋です。中に鶏肉や小麦粉のダンゴが入っていました。


皆さんから出された食品。お漬物からサンドイッチ、お豆、高野豆腐、デザートが有りました。


岩をテーブルにして持ってきた物を並べました。この他にお鍋有り、後はぜんざい、コーヒーも有りました。



麓までもう少し。
眼下に関町が広がります。


おまけ。
関ロッジへ下山してくると寝台車がありました。
寝台車気分を味わえるようにとの企画だったのでしょう。
歳月が進むにつれて塗装が草臥れています。
屋根にシートがかけてあり、今では使用していないのでしょう。
お金をかけて車両を持ち込んだが、古くなり、処分するにも費用が要るので困っている。
そんなところではないでしょうか。

関ロッジの外にあった寝台車。


急行「さんべ」に使われた寝台車両。
「さんべ」と言う名前から、山好きならすぐに判るでしょう。
山陰の名山。三瓶山から取った名前です。
急行「さんべ」は山陰と九州を結ぶ、昭和の列車として活躍しました。
この寝台車の他に普通車を連結した編成をディーゼル機関車で牽引していましたが、さんべ1号や
3号があり昼間はディーゼルカーで運行していました。
昼間に走る列車には「再婚列車」と言うヘンなあだ名が付いていました。
博多や小倉へ向かう列車が山口県の美祢で分割して別々に走り、下関で再び連結して九州に向かったのです。
山の愛称の付いた列車といえば、急行「阿蘇」や「比叡」がありました。時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、・・・・
この寝台車。
屋根にシートが掛けられているのは、雨漏りがするからでしょう。醜い姿になった「彼女」。お化粧直しをしてあげるか、丁重に葬ってあげる。何時までも、このままで放置して欲しくないです。

コメント (2)
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ぐるり浜名湖一周ウオーク③  「天浜線沿線を歩く」 12年1月21日

2012-01-22 22:45:55 | ぐるり浜名湖一周ウオーク


浜名湖を5回のコースに分けてウオーキングし、一周を歩きます。
今回は第3回で、浜松市三ケ日町瀬戸から浜松市細江町気賀まで歩きました。

浜名湖レストラン(10:19) ― 奥浜名マリーナ(10:49) ― 
都筑海岸駐車場(11:33~12:10) 
― 佐久米駅(12:36~12:44) ― 浜名湖SA横(13:02)
 ― 西気賀駅(13:46~13:53) 
― 中日友好公園(14:09) ―
吾跡川楊歌碑(14:20~14:23) ― 田園空間博物間(14:45)



今回のコースは天竜浜名湖鉄道の沿線を歩きました。
天浜線はかつては二俣線で、国鉄が運営していましたが、今は第3セクターに変わっています。
ご他聞に漏れず地方鉄道で経営に四苦八苦しており、ほとんどの駅は無人駅になっています。
前回、歩いたコースの知波田駅は歯科医院でした。
今回の佐久米駅は喫茶店。西気賀駅はレストランになっていますです。無人駅でプラットホームだけの駅がありますが、基点の新所原駅ではうなぎ弁当を売っていますし、他にパン屋。ラーメン屋。そば屋などと個性ある駅があります。
西気賀駅でトイレ休憩を取ったとき、ちょうど列車が入ってきました。駅で乗る人降りる人、誰もいませんでした。車窓から見えた乗客は5名ほど。それでも大切な住民の足となっています。



今回の奥浜名湖近辺は歴史が深く、古くは万葉集で詠まれたりするなど、文学に触れることの出来る地です。コースを巡りながらリーダーからの、浜名湖で唯一の天然の島、礫島。湖面の工作物で「澪漂」(ミオツクシ)と言って川や入り江を行く船に浅瀬を教える航路標識として立てられたものだそうです。大阪市の市章がこの形です。
奥浜名湖へ現天皇陛下が皇太子時代にお越しになりプリンス岬と呼ばれるようなつたとか、ウオーキングリーダーから歴史や文化など色々の解説がありました。
歩きながら聞くことが面白く、とても勉強になりました。



主催者から渡されたコース地図。



右に見えるのは礫(ツブテ)島。
浜名湖で唯一の天然の島です。



高層のリゾートマンションが立ち並びます。
塔のある建物は県立三ケ日青年の家。



湖の水面上を沢山の鳥の群れがいました。
ウオーキングリーダーの解説では、鳥は川鵜で集団で魚を追い込み、捕食しているのだそうです。
これも、知識が広がりました。



湖畔を歩きます。
古松が立派です。



今日の弁当。今回も天神屋の弁当でした。
左上の大豆の入ったおからが美味しかったです。



佐久米の駅が見えてきました。



佐久米駅へ到着しました。



ユリカモメが手から餌を持っていきます。



佐久米駅ではユリカモメが飛んで来ていました。
ウオーキングリーダーが駅の喫茶店でパンのミミを買い、皆に渡してくれました。
餌付けされた鳥で、餌をねだりに飛んできて、乱舞します。
私はカッパエビセンを持参していましたので、撒いてユリカモメを寄せ撮影しました。
一斉に餌を目掛けて飛んできました。



ユリカモメに餌を与えます。
私たちが佐久米駅に到着した時、親子連れのファミリーなど、5・6人の人がいて、餌を与えていました。車で来て、ユリカモメに餌を与え、戯れて駅を去ります。
鉄道会社にしてみたら、鉄道に乗って来て欲しいと言ったところでしようか。

鉄道利用者がユリカモメに餌を与える。
列車を利用するお年寄りや高校生に迷惑が掛りますが、佐久米駅では、10分間運転停車する。
これも、1つの方法かも知れません。



後から浜名湖佐久米駅に停車する列車で、通常は15秒のところを1分間停車する列車があることを知りました。
第2回に歩き、寄った知波田駅に貼ってあったポスターです。



東名高速です。
右側に浜名湖SAがあります。



浜名湖橋です。
高く伸びた棕櫚の木が南国のようです。



岸辺に水仙が咲いていました。



双同のヨット。
冬なので岡にあげてありました。



西気賀の駅。
文化財に指定されています。



西気賀駅では、列車が入ってきました。



ディゼルカーの車体に「宝くじ号」と書いてあります。
恐らく、宝くじの助成金で購入した車両でしょう。
宝くじが地方の弱小鉄道に貢献していると思うと・・・・・・嬉しく思えます。



リーダーから歌碑のせつめいがありました。



陽の当たる湖面。遠方に浜名湖橋が見えます。
左側の工作物は「澪漂」(ミオツクシ)と言って川や入り江を行く船に浅瀬を教える航路標識として立てられたものだそうで、大阪市の市章がこの形です。

朝まで雨が降っていましたが、ウオーキング中は雨具がいらない空模様でした。ウオーキングを終えて、風呂に入るので国民宿舎奥浜名湖に到着すると雨が降り始めました。
誰もが、今日はラッキーなお天気だったと口をそろえていました。
今回の参加者は22名で、元気な高齢者ばかりで全員が無事にゴールしました。


なつかしの画像

07.03.12に天浜線に乗りました。
尉ヶ峰に登った帰路、気賀駅から乗車しましたら女性の運転士でした。
最近はJRで女性運転士がいたりして、珍しくありませんが、当時は珍しかったです。
カメラを向けましたら笑顔で答えてくれました。



その時に乗車した新所原行きのワンマン列車です。
気賀駅に停車しています。




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ウオーキング  羽島用水 遊歩道

2012-01-18 20:50:36 | ウオーキング

羽島用水が暗渠となって、その上が遊歩道として整備されました。
その遊歩道の上を三井から下切町まで歩いてみました。

この下が用水路でパイプ化により、遊歩道として歩けるようになりました。
整備されてから日にちが浅く、まだ、樹が小さいです。


マンホールの蓋。
この下が用水になっています。


風の無い穏やかな陽気でした。
道端に水仙。畑には菜の花が咲き始めていました。
春の訪れが近いことをうかがわせます。


カミさんと一緒に歩きました。
普段、山には付き合ってくれませんが、平地のウオーキングなら、一緒に歩くことがあります。


各務原市航空宇宙博物館。
救難機の尾翼が見えます。


遊歩道沿いにキンカンが成っていました。


キンカンの持ち主のおばあさん。
「どんだけ、持っててもエーョー」「排気ガスにアタッとラヘンと思うで」・・・
キンカンを持っていく事を許してもらい、ビニール袋までいただきました。
「昔、薬の無い時、風邪薬に使っとった。」
ここで暫く、立ち話。


先の小山は前渡不動の山。
まだ、遊歩道は先に続きますが、ここでユーターンしました。


遊歩道に所々、休憩所が設けられています。
右は羽島用水です。
この状態を見ると、この遊歩道が用水路の上に設けられていることが判ります。

用水路の説明版。

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