Kオジサンの新・山歩きの記

山歩き&ウオーキングのサイト

山が好き 花が好き 自然が好き!!

湖北の山  金 糞 岳 (1317m) ・ 白 倉 岳 (1270.7m)

2015-05-14 23:48:54 | アウトドア

金糞岳に行ってきました。タイトルを滋賀・岐阜県境の山と付けようと思いましたが、登って見たら東側に奥美濃の山々。そして残雪の白山。その手前には荒島岳が望めました。西側には琵琶湖が広がり竹生島が見えまして湖北の山と言う印象を強く感じました。
金糞と余り良い名ではない名前が付いていますが、かつて鉱山が有って鉱石を産出していたのですが、副産物で金属カスが生じていたとか。「糞」などとダーティな名前が付けられたようです。

金糞岳登山口(9:09) ― 35分プレート(9:49)   ― 金糞岳山頂(10:25~10:39) ― 

白倉岳山頂(11:24~12:03) ― 金糞岳山頂(12:42~12:55)

 ― 35分プレート(13:23) ― 金糞岳登山口(14:01)  

この金糞岳には04年04月24日に登りました。もう、10年以上も前の事です。歳月が経ち印象が薄くなっていて初めて登る山のように新鮮に感じました。

私たちが金糞岳から白倉岳に向かっていた時、ご夫婦とすれ違いました。どちらからと声を掛けましたら大阪からで、私たちが停めた場所よりも下の場所から登って来ていました。次に会ったのが滋賀県守山市から来た単独の男性です。彼も、私たちより下の地点からのスタートでした。そう言えば途中の場所で、駐車している1台の車を見かけました。
白倉岳の山頂では福井市から訪れたという男性2人組に会い、シャツターを切って貰いました。また、白倉から金糞へ戻る時には大阪からの女性2人組に会いました。
そして下山している時に短パンに半袖姿の関西弁のお兄ちゃんとすれ違ったのです。登山口にマウンテンバイクが停めて有りました。鳥越林道を下から駆け登って来たと思いますが、どれ程の距離を走ってきたのでしょうか。
平日でも、こんなに多くの人と会いました。私たちは岐阜県からです。12名以上の人が登りました。
一期一会。初対面でも、山では気軽に言葉が交わせます。
金糞岳が位置的に関西や北陸から近いと言う事も有り、人気の山でした。


金糞岳の登山口です。登山口のプレートが朽ちて来ています。
登山口は鳥越峠から1キロほど岐阜県側に下った場所にあります。
昨年、こちらに偵察に来た時に鳥越峠に寄りました。
現地調査をして置きながら登山口は鳥越峠に有ると思い込んでいました。しかし、実際には登山口は岐阜県側に下ったところでした。峠に登山口が有ると思い込んでいたのでした。


登山口からの登り始めです。初めは急な登りから始まります。
日陰に残雪が有りますが、間も無く消滅することでしょう。



トップを行くKオジサン。
登り始めは九十九折れの登山道で、息が切れます。




登り始めの登山道です。
ブナの新緑が眩しいです。
緑が溢れ、緑滴ると言う感じがします。




登り始めて20分もすると2本の足場が有る場所に達します。
高く伸びていて、足場と言うよりもタワーと言った感じがします。
前に登った時の記憶が薄くなって来ましたが、このタワーが有った事だけは覚えています。今も2本の足場が残っているだけですが、前に来た時は、確か京都大学の演習林か樹木の育成調査とか表示して有りました。それに関係する看板なのか、字が薄くなって読めない看板が近くに有りました。



金糞岳の山頂まで35分と言うプレートが設けて有ります。




高度が高くなり、ブナのような大きな木は見えなくなりました。
少々、登りがキツイです。




高度が上がってくると眺望が開けます。
中央の小高い山が伊吹山です。




伊吹山から左に眼を向けると、スキー場が見えます。
奥揖斐の日坂スキー場で、貝月山でしょう。




北の方には蕎麦粒山が尖って見えます。残雪の山は荒島岳です。
その左は雪が残る白山が見えました。
肉眼では確認できても、カメラの画像では捉える事が出来ません。それだけ人の眼が優秀だと言えます。




高度が高くなり、もうすぐ山頂です。

登っていて、「ドーン。ドーン」と言う爆音が聞こえました。
腹に響くような音で雷鳴のように感じます。
湖西のマキノで陸上自衛隊が演習しているものです。演習の音だと知らないと、何の音なのか判らないことでしょう。それにしても、かなり距離が有ると思うのですが、砲声が聞こえました。
音が風に乗って流れて来るのでしょうか。



金糞岳の山頂に到達です。




金糞の山頂で休憩です。
明治100年を記念して石柱が運び上げられていました。




山頂からの眺望。
北に白山が見えます。
白山が確認できますが、春の空気で霞んでおり、はっきりとした姿は見えません。




金糞岳山頂のプレート。
木の高い場所に結ばれています。
木に落書きが残っています。
高い位置で、残雪の時期に落書きしたものでしょうが、このような行為は慎んでもらいたいものです。




金糞岳から白倉岳へ向かいます。
右側の木にプレートが掲示して有ります。身長より高い場所に落書きされています。




一旦、下ってまた登りと成ります。
日陰のところに残る雪が見えます。




ガンバレのプレートが励ましてくれます。




左側に琵琶湖が見えます。
登山道の笹竹が刈り払われていました。
多分地元の人が刈り払ってくれたものでしょうが、このようにして登山道を維持管理して貰えるのはありがたいことです。




眺望の広がる湖北。
琵琶湖の湖岸が弧を描いています。




眼を右に転ずると竹生島が確認できます。




白倉岳の山頂に到着です。




山頂のプレート。
山頂にはこのプレートだけで充分です。自己顕示欲を満たすかのようなプレートが何枚も下がっていました。




この方は福井市から訪れた男性2人組の1人。
無理を言ってシャッターを切って貰いましたが、気軽に応じてくれました。




白倉岳の山頂にはシャクナゲが満開となっていました。
時期的に見苦しくなっていなく、ベストな時期のシャクナゲに会えました。




山頂でランチを終え、金糞岳に戻ります。




先行する2人。
先ほどの福井の男性たちです。




左は大阪からのご夫婦。
右の奥は大阪から来たと言う女性2人です。
歩いていて、沢山の人と会いました。




金糞岳に戻ってきました。




高度が下がってくると、ブナ林に変わってきます。




登山口近くの九十九折れ。




停めた車の所まで降りて来ました。




登山口には5台ほどは駐車出来ます。




沢山の花々。
ミヤマカタバミ。バイカオウレン?。サンカヨウ。
キジムシロ?。ヤマルリソウ。エンレイソウ。
オオカメノキ。タムシバ。チゴユリ。
タムシバでも、花弁の幅広いのと狭いのを見かけました。



イワウチワとカタクリ。
群落となっています。




スミレでも、同じようなモノなのですが、登山口で見かけたのと山頂近くで見たものでは花の色に差があるように感じました。


金糞岳は花が沢山咲いている山でした。特に白倉岳山頂のシャクナゲは今が丁度、見ごろでした。このように一番良い時期の花々に会えたのはラッキーでした。
霞んではいましたが、山頂からの眺望が有りました。
金糞岳と白倉岳は、比較的登り易く良い山でした。
 一度登った山でも10年以上たつと初めて登ったような感じがしました。新鮮な印象を感じる。こんなのも、山の面白さでしょう。
同行して下さった方々に感謝です。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新緑の奥美濃  ホハレ峠 (814m) 

2015-05-06 23:57:58 | ミツルのテントサイト

ミツルのテントサイト(http://www.photobb.net/bbs.cgi?id=58584)の仲間とホハレ峠へ行ってきました。ミツルのテントサイトに参加するのは何ヶ月ぶりなのだろう。久し振りの参加です。
向かった先は旧坂内村と旧徳山村の境のホハレ峠です。ホハレと、珍しい名ですが、「頬が腫れる」が、ホハレに変化したのだそうです。昔、峠を越えるのに急な峠で苦しく、頬が腫れた事が有ったのでしょうか。

奥美濃にある徳山湖は、ダムによってできた人造湖であり、その下には徳山村一村が丸ごと沈んでいます。徳山村の西端奥、門入(カドニュウ)(黒谷の少し上辺り)は水没を免れ、一部は今でも、冬季以外に限って定住している人も居るようです。ダム側からは道が付いていない。湖の奥にある門入集落へは、湖上をフェリーで行くか、西側の旧坂内村からホハレ峠越えで黒谷へ下るかの二つしか有ません。フェリーは公共工事専用らしく、一般人は乗れない。となると、門入の住人も含めて、そこへはホハレ峠越えでしか行く手立ては無いのです。湖を運行するフェリーが有りますが、漫才で有った地下鉄を何処から入れたの言葉では無いですが、フェリーをどのようにして浮かべたのだろうと思ってしまいます。

徳山ダム湖に浮かぶフェリー。
昨年、若丸山へ向かう時に見えました。


ホハレ林道

まだ、アスファルト舗装がして有る道路を走行しています。しばらくすると集中豪雨でアスファルトがえぐれてしまった箇所に差し掛かり、ダートの道となります。
4輪駆動でないと登って行けないような部分の有る道路でした。




廃墟検索地図より引用
http://haikyo.crap.jp/s/615.html
赤丸のところがお地蔵さんの有る場所だと思います。地図では東に移動した場所でマークが付いており、ホハレ峠となっていて、814mと表示しています。



こちらは峠でお地蔵さんの有るところです。
峠から下っていく準備をします。
このポイントは地図上の峠と表示しているところと異なると思いますが、800mほどの標高から下って行きます。


出発。
峠から下って行きます。




谷を下って行きますが、底に残雪が見えます。




Vの字の形をした谷。
反対側を歩く人が同じ高さで見えます。




春の花が沢山咲いています。
花に向かってカメラを向けます。



すり鉢のような斜面を通過して行きます。



渓流まで下山して来ました。
足元にはニリンソウが群落となっています。



滝が有ります。
地図には滝の記号が着いています。




ホハレ峠から1時間半ほど下ってきました。
平らな場所の有るところでランチを始めます。



皆さんから出された食料。
上の左はSAWAさんのアサリ飯。右はBOGGYさんのチャーハンです
下の左は皆さんから戴いたもので、中央はkatakuriさんの朴葉すし。右はSAWAさんからのさくらんぼです。
自宅にさくらんぼが成る木が有ったり、朴葉の木が有ったりと凄いですね。
お腹が一杯に成りました。


谷の向こう側にニホンカモシカが現れ斜面を凄い速さで駆け登りました。
4本足で登って行きましたが、素早い行動でした。
そして、樹間からこちらを眺めていたのです。
右はピンボケですが、トリミングしてみました。



みんなの視線がニホンカモシカに向かいます。



ランチタイムを終え、山葵の収穫です。



自然の恵みの山葵。
私も摘み取りました。
そして、調理法をkatakuriさんから聞きました。



黒谷の方向から男性が1人で登ってきました。



BOGGYさんがコピーして来た地図を広げ、男性に現在地を教えて貰っていました。
滝を過ぎ、この先に川が合流する地点があります。
その中間あたりなのでしょう。



昼食の時間を終わらせ、峠へ戻りに掛かります。

黒谷から登って来た男性の背中です。
男性は元々は徳山に住んでいて、本巣市に移り住んでいるのだそうです。
時々、山菜を摘みに来ていると話しました。
峠に迎えが来てくれるとか話していました。かつて他所の地域は炭焼きをやっていたが、門入の人たちは木挽きをやっていて、炭焼きはやっていなかったと語りました。このような事が聞けたのも、この場所に来れたからこそです。






帰路。
このように木を渡し、歩き易くしてある場所も有りました。




雪崩で土が抉り取られたような道。
慎重に歩いていきます。



足場の悪い登山道を越えて後ろを振り返りますと後続部隊が続いてきます。




休憩場所を取れるところで一休みします。




またまた、足場の悪いところに差し掛かりました。




だいぶ、高度が上がってきました。
この辺りは歩き易い登山道です。




ホハレ峠まで、あと一歩と言う所まで上がってきました。




ホハレ峠まで戻ってきました。




ホハレ峠のお地蔵さん。
歳月が流れお地蔵さんの姿が見えないような状態になってきました。
何時頃、このお地蔵さんが安置されたのでしょう。
ず~とこの峠を行き交う人々を見守ってきた事と思います。




沢山の花々

スミレサイシン。




キクザキイチゲ。




イカリソウ。




ミヤマカタバミ。




ニリンソウ。
群生しています。



ルイヨウボタン。




サンカヨウ。




ハシリドコロ。
このハシリドコロの名は知りませんでした。同行した誰かにハシリドコロだと教えて貰いました。その時に、毒が有ると聞きました。




ユキザサ。
やっと出番でと言った感じです。


今回は、ミツルのテントサイトに参加させて貰ったと言うよりも、連れて行って貰ったと言うのが正確かも知れません。旧坂内村のホハレ林道は道が悪く、普通の車ではいけないような所です。ホハレ峠が旧徳山村と旧坂内村との境であることを知りませんでした。今回歩いてみて、かつての徳山村を知る事が出来ました。

峠から下り、再び峠に戻ってくる。
とても沢山の花々に会えました。それに、ニホンカモシカにも会えました。多くの花々に会える時期。今が一番好い時かも知れません。
一緒させて貰った仲間に感謝です。


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする