続きです。
さて、係りの女性に案内され先生の元へ。
先生はにこやかに立ち上がり共に挨拶を交わす。明るい方だ。チャラい感じもする。ちょっと心配。
前回の相談会では親切そうで信頼の持てる50代の方だったが、この先生は40歳代だろうか。背は高く瘦せ型。短めの天然パーマでオーバル型のセル眼鏡をかけている。ニコニコニコニコしている。
何を相談していいのか分からず黙っていたが、相手から直球を投げて来た。「親に虐待されていますよね」っと。
私は女性の聞き取り書には虐待に付いては話していない。多分、この先生の経験値で分ったのだろう。
そうだよ。私は気安い顔をしているのだよ。だか色々言われる。そう言うタイプは親から虐待され易いのかも知れない。馬鹿に見えるだろうから。
親からは再三やられた。言葉でも暴力でも。憎しみを込めてだ。あの二人は人間の屑だ。殺すか殺されるかの関係だった。
この親に関わったから人間嫌いになった。誰も信用出来なくなったから、知的武装をする様になった。親が信用できないから油断が出来ない。知識だけが頼れる味方だった。
先生は「一時期、親から離れたのですね。それは賢明な判断でした。そのまま一緒に居たら自殺していた可能性があった。そう言う抵抗する能力は大事です。頑張って来たんですね」と。
褒められた。褒められると心が安らぐ。幸せになれる。また生きて行く気力が生まれる。
でも、今通院している漢方の心療内科の先生にはストレスを投げつけられる。注射の恐怖が血糖値を上げていると言ったら、「そんな訳無いだろ。そんな事、俺に言うな。やる気無くすだろ」っと言った。
アメリカ人は興奮すると「血糖値が上がるぅー」と言う。ネットでも興奮すると血糖値が上がると書いてある。
仙台のY田病院の先生も「正常な人でも注射の恐怖で400まで血糖値が上がる人がいる」と言っている。この老人漢方心療内科医の方が間違っているのだ。昔の知識に囚われて勉強していないのだ。仙台名物・藪医者なのだ。
でも、漢方薬は確かに効く。西洋薬のデパスには頼りたくない。
私は精神薬を常用していた人を知っている。たった1週間、精神薬を飲まなかっただけで狂人になってしまった。暴力事件を起こして前出のY田病院に入院してしまった。鉄格子が嵌った病室に監禁された。
大変良い人だった。良い人だから精神を病んだ。あの姿を見るとデパス等の精神薬は飲みたくない。だからこそ漢方薬欲しさにあんなにも性格の悪い漢方の心療内科に我慢んして通院しているのだ。
先生には「今の心療内科には通いたくない。ストレスをぶつけられる。しかし他に漢方薬を出してくれる心療内科は三カ月待ちの状態。我慢するしかない」と語った。
先生はキャッホホっと笑った。変な笑い方だ。こっちも笑ってしまいそうになった。鬱病患者の私を笑っているのではない。漢方の老人医師を笑っているのだ。その笑いでチョット救われた。
先生は「仙台は三か月待ちの病院もあるよね」と語った。そして続けざまに「デパスは常習性がある。漢方を考えたのは賢明な判断だ。そうやって抵抗する力が残っているのは治る可能性を示しているよ」と。
「相手はお爺ちゃん先生だからそんなもんだよ。お爺ちゃん先生の言葉など信じず、漢方薬だけを信じた方が良いよ」と。
そうだな。私は10年間も糖尿病で誤診され強い薬を飲み続けた。医師だからと言って全面的に信じて失敗した。医師に期待してはダメだ。効果がある漢方薬だけを信じれば良いのだ。
そして先生は「注射による恐怖で血糖値が上がったのは間違いないと思うよ。
血糖値が300もあったのに半分に下がったのだから、それ以外考えられない。お爺ちゃん先生はもう医学に付いていけないのだから、漢方薬をくれるタダのお爺ちゃんだと思って付き合うべきだよ」と。
そうだ、それで良いと思う。予約もせずに出かけて直ぐに診察される人気の無い漢方心療内科は貴重だ。漢方薬だけを信じればよい。
医師ではなくタダの偏屈お爺ちゃんだ。そう思って付き合うべきだろうな。
続く。