ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

ロケット花火の思い出

2009-09-11 16:49:00 | 日記
夏にまつわる思い出には、時として淫靡な香りが漂うことがある。

でも思春期前の子供には、その怪しい香りに気がついても踏み込めぬ世界だとも分っていた。だからといって見過ごしてやるほど良い子でもなかった。

夕食後、花火に行くとか、虫取りに行くとかの口実を設けて、友達の示し合わせて多摩川の川辺まで自転車を飛ばす。籠には、とっておきのロケット花火が入れてある。

まずは目標設定だ。次に逃走路を確保する。そしてロケット花火を点火して、目標めがけて水平撃ちだ。笛のような音と、火柱を走らせながらロケット花火は河原の草叢に飛び込んでいく。

「キャー!」と女性の悲鳴と、「うわ~!、バカ野朗!」と男の怒鳴り声がすると、下半身が脱げた男女が草叢から飛び出してくる。

成功の雄叫びを上げた私たちに気が付くと、目を怒らせて、ズボンをはきながら走ってくる。すかさず、自転車に飛び乗り脱兎の如く走り去る。

男のほうは怒りまくりで、走って追いかけてくるが、私たちは捉まったことはない。自転車を漕ぎながら、自分のお尻をぺんぺん叩いて逃げたものだ。

しかし、中学に入るとこの遊びは出来なくなった。先輩からきつくやめる様に言いつけられたからだ。何故か顔を赤らめながら先輩が言うには、草叢での最中に驚くと痙攣して離れなくなり、それはすごく痛いし、恥ずかしいらしい。

さっぱり分らない説明だったが、目が血走るほどの迫力で、絶対に駄目だと言われると、さすがに逆らえなかった。性に関する知識に乏しかった私が、その意味が分ったのは中学を卒業する間際だったと思う。まったく人体というものは、不思議なものだ。

いたずら好きな私はこの期におよんでも、自分のしでかしたことの性質の悪さに気づいていなかった。実際に自分が女性を連れて歩くようになり、乏しい財布の中身に悩み、たぎる欲情を押し隠しながら、ようやくの思いで河原の草叢に彼女を横たえた。その時にいきなりロケット花火が飛んできたら、せっかくの苦労が台無しである。

こんな理不尽なことがあるもんか!

まぁ、私の場合はロケット花火ではなく、虫取り網を振り回す子供だったが・・・何しているのと訝しげな幼子相手に怒るに怒れず、もう帰ると言い出した彼女のご機嫌取りに大童だった。思い出すだけで、徒労感と虚しさに心が沈みこむ。

ガキの頃の私は、ずいぶんとヒドイ悪戯をやっていたのだと、つくづく思い知らされた。因果応報といったら大げさかもしれないが、自分がやられてみて初めて分るのだから、私も鈍感なものだ。
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