夏の終わりは、いつだって寂しいものだ。
小学生の頃に家族で伊豆の白浜へ出かけたときのことだ。この夏最後の旅行であり、すでに来週からは学校がはじまる。手付かずの宿題が部屋の片隅で埃を被っていることを思い出しながらも、私は海遊びに熱中していた。
なにが面白いって、波に巻かれて身を任せることが楽しい。グルグルと身体が回転して、波しぶきとともに浜辺に打ち上げられる。たわいない一人遊びなのだが、飽きもせずに何度も繰り返していた。おかげで海水パンツのなかまで砂だらけだ。
夕暮れ時が近づき、妹たちが民宿に戻るよと呼びにきたので、しぶしぶ海から上がった。シャワーを浴びて、風呂に飛び込み、さっぱりして夕食を待つ。が、妹たちがなかなか風呂から上がってこない。じれた私は再び、浜まで出かけていった。
既に海の家は戸締りをしていて、パラソル一つない砂浜は昼間の喧騒が嘘のように静かだった。既に風は秋風で、赤とんぼをのせて涼やかに吹いていた。
なぜか私の脳裏には、梓みちよのヒット曲「二人でお酒を」が流れていた。多分昼間、海の家で食事中に流されていた有線放送が記憶に残っていたのだと思う。
まだ酒を飲んだこともない年齢なうえに、男女の出会いと別れの意味さえ知らずにいたから、歌の意味はよく分っていなかった。ただ、妙に記憶に残る歌詞だった。まだ声変わりする前のボーイソプラノだったので、この歌は巧く唄えなかったが、メロディも好きだったのでそれとはなしに口ずさみながら砂浜を歩いた。
岩場の近くまで来ると、波が砕ける岩の上に女性が立っていることに気がついた。うっすらと青みがががったワンピースの上に長い黒髪がかかっている後姿が、夕暮れ時の海辺に浮かび上がっていた。
私の方へ歩いてきたので、すれ違いざま「こんにちは」と挨拶すると、にっこりと微笑んだと思う。顔は覚えていない。私は彼女の手が握っているものに目が釘付けだったからだ。
その白く細い手には、日本酒の一升瓶が握られていた。そういえば、岩の上でなにかを海に注いでいたようだが、どうやらその酒だったらしい。
そういえば、その微笑はなんとなく悲しげであったように思えた。すごく気になったのだが、声をかけるのもヘンなので、躊躇っていた。それでも振り返って姿を追うと、ただ砂浜がひろがるばかりで彼女の姿はどこにもなかった。
なぜだか急にもの悲しくなった。気がつくと涙がほろりとこぼれてきたのに驚いた。理由は分らない。ただ寂しさと切なさにくるまれて、頬を涙で濡らすままに立ち尽くした。
「お兄ちゃん~、ご飯だよ」と妹の呼び声に気がつき、あわてて涙を拭って宿に戻った。妹がいぶかしげなので、顔を洗って、さっぱりしてから食卓に付いた。腹ペコだったことをようやく思い出して、勢いよく食べまくる。
夜の花火にはつきあったが、もう一度浜辺を歩く気にはなれなかった。きっと、また寂しくなるに違いないからだ。
夏の終わりはいつだって寂しい。残された者の寂しさを知るのには、まだまだ時間が必要だった。
小学生の頃に家族で伊豆の白浜へ出かけたときのことだ。この夏最後の旅行であり、すでに来週からは学校がはじまる。手付かずの宿題が部屋の片隅で埃を被っていることを思い出しながらも、私は海遊びに熱中していた。
なにが面白いって、波に巻かれて身を任せることが楽しい。グルグルと身体が回転して、波しぶきとともに浜辺に打ち上げられる。たわいない一人遊びなのだが、飽きもせずに何度も繰り返していた。おかげで海水パンツのなかまで砂だらけだ。
夕暮れ時が近づき、妹たちが民宿に戻るよと呼びにきたので、しぶしぶ海から上がった。シャワーを浴びて、風呂に飛び込み、さっぱりして夕食を待つ。が、妹たちがなかなか風呂から上がってこない。じれた私は再び、浜まで出かけていった。
既に海の家は戸締りをしていて、パラソル一つない砂浜は昼間の喧騒が嘘のように静かだった。既に風は秋風で、赤とんぼをのせて涼やかに吹いていた。
なぜか私の脳裏には、梓みちよのヒット曲「二人でお酒を」が流れていた。多分昼間、海の家で食事中に流されていた有線放送が記憶に残っていたのだと思う。
まだ酒を飲んだこともない年齢なうえに、男女の出会いと別れの意味さえ知らずにいたから、歌の意味はよく分っていなかった。ただ、妙に記憶に残る歌詞だった。まだ声変わりする前のボーイソプラノだったので、この歌は巧く唄えなかったが、メロディも好きだったのでそれとはなしに口ずさみながら砂浜を歩いた。
岩場の近くまで来ると、波が砕ける岩の上に女性が立っていることに気がついた。うっすらと青みがががったワンピースの上に長い黒髪がかかっている後姿が、夕暮れ時の海辺に浮かび上がっていた。
私の方へ歩いてきたので、すれ違いざま「こんにちは」と挨拶すると、にっこりと微笑んだと思う。顔は覚えていない。私は彼女の手が握っているものに目が釘付けだったからだ。
その白く細い手には、日本酒の一升瓶が握られていた。そういえば、岩の上でなにかを海に注いでいたようだが、どうやらその酒だったらしい。
そういえば、その微笑はなんとなく悲しげであったように思えた。すごく気になったのだが、声をかけるのもヘンなので、躊躇っていた。それでも振り返って姿を追うと、ただ砂浜がひろがるばかりで彼女の姿はどこにもなかった。
なぜだか急にもの悲しくなった。気がつくと涙がほろりとこぼれてきたのに驚いた。理由は分らない。ただ寂しさと切なさにくるまれて、頬を涙で濡らすままに立ち尽くした。
「お兄ちゃん~、ご飯だよ」と妹の呼び声に気がつき、あわてて涙を拭って宿に戻った。妹がいぶかしげなので、顔を洗って、さっぱりしてから食卓に付いた。腹ペコだったことをようやく思い出して、勢いよく食べまくる。
夜の花火にはつきあったが、もう一度浜辺を歩く気にはなれなかった。きっと、また寂しくなるに違いないからだ。
夏の終わりはいつだって寂しい。残された者の寂しさを知るのには、まだまだ時間が必要だった。