森林限界から上は、人の住む世界ではない。
子供の頃からハイキングなどで山に登ってはいたが、その頃に登っていた山は緑溢れる山だった。樹木だけでなく、低い潅木があり、鳥の囀りや虫の羽音が聴こえる命溢れる世界だった。
しかし、高校に入りWV部での夏合宿で初めて森林限界を超えた山に登るようになると、その微妙な、それでいて決定的な違いに気がついた。
命が稀なのだ。
標高が高いがゆえに、樹木が高く育つことが出来ず、風を遮るものがないがゆえに潅木さえ少ない。せいぜい、這い松と小さな高山植物だけが命を育むことが認められる世界では、虫や鳥でさえ姿が少ない。
虫取りが大好きだった私は生物の気配に敏感だ。だから森林限界を超えると、その生物の気配が激減することに不思議な違和感と恐れを感じた。
なんとなくだが、人が本来居るべきでない世界。それが森林限界を超えた高山の世界なのだと思う。他の命から隔絶された孤立感を感じる世界でもあり、私はここで初めて世界と隔絶した清々しい孤独を知った。
命乏しき世界だからこそ、命の大切さがひしひしと身に迫ってきた。登山道という名の踏み跡の傍らに弱々しく咲くチングルマなどの高山植物は、決して踏み潰せない。これほど厳しい世界で、ほんの僅かな隙間に根を下ろし、夏の短い期間のうちに花を咲かせて受粉を待つ高山植物に、生物の逞しさと厳しさを教えてもらった。
子供の頃から野原を駆け回りながらも、足元で踏み潰される植物のことなんか考えたこともなかった。しかし、森林限界から上の生命の希薄な世界を知ってしまうと、下界に降りても今までと同じようには振舞えない。
古来より人生に迷い、苦しみ、救済の道を求めて多くの人たちが、山に登り修行を積んだと言われる。美しくも厳しい自然が、忘れていた感動を呼び起こし、生きる糧を与えてくれたのだろうか。
高校生の時に、キリスト教の教会から離れた私のとっては、山は心の修行の場でもあった。私は山のなかで、厳しい自然に翻弄されながら、己の弱さと努力して生き延びることの大切さを知った。自己の苦しみを我慢して、他人に奉仕することの崇高さを教わった。
どんなかたちであれ、自己を厳しい場に置くことによって、心を磨いて心の目を開くことは大切だと思う。
表題の漫画は、仏陀ことゴータマ・シッダルーダの生誕から解脱までの生涯を描いたものだ。手塚治虫の優しい視線が、お釈迦様の生涯を分りやすく教えてくれる。仏陀もまた厳しい自然のなかに身を置き、美しい自然に感動する一方で、自然の厳しさに耐え忍び、心身を鍛えている。
あまり有名な作品ではないかもしれないが、私は「ブラック・ジャック」「火の鳥」に並ぶ手塚漫画の傑作だと考えています。ただ、かなりの長編なので気軽には読めないのが難点。でも、もし機会があるようでしたら是非とも一読して欲しいと思います。
子供の頃からハイキングなどで山に登ってはいたが、その頃に登っていた山は緑溢れる山だった。樹木だけでなく、低い潅木があり、鳥の囀りや虫の羽音が聴こえる命溢れる世界だった。
しかし、高校に入りWV部での夏合宿で初めて森林限界を超えた山に登るようになると、その微妙な、それでいて決定的な違いに気がついた。
命が稀なのだ。
標高が高いがゆえに、樹木が高く育つことが出来ず、風を遮るものがないがゆえに潅木さえ少ない。せいぜい、這い松と小さな高山植物だけが命を育むことが認められる世界では、虫や鳥でさえ姿が少ない。
虫取りが大好きだった私は生物の気配に敏感だ。だから森林限界を超えると、その生物の気配が激減することに不思議な違和感と恐れを感じた。
なんとなくだが、人が本来居るべきでない世界。それが森林限界を超えた高山の世界なのだと思う。他の命から隔絶された孤立感を感じる世界でもあり、私はここで初めて世界と隔絶した清々しい孤独を知った。
命乏しき世界だからこそ、命の大切さがひしひしと身に迫ってきた。登山道という名の踏み跡の傍らに弱々しく咲くチングルマなどの高山植物は、決して踏み潰せない。これほど厳しい世界で、ほんの僅かな隙間に根を下ろし、夏の短い期間のうちに花を咲かせて受粉を待つ高山植物に、生物の逞しさと厳しさを教えてもらった。
子供の頃から野原を駆け回りながらも、足元で踏み潰される植物のことなんか考えたこともなかった。しかし、森林限界から上の生命の希薄な世界を知ってしまうと、下界に降りても今までと同じようには振舞えない。
古来より人生に迷い、苦しみ、救済の道を求めて多くの人たちが、山に登り修行を積んだと言われる。美しくも厳しい自然が、忘れていた感動を呼び起こし、生きる糧を与えてくれたのだろうか。
高校生の時に、キリスト教の教会から離れた私のとっては、山は心の修行の場でもあった。私は山のなかで、厳しい自然に翻弄されながら、己の弱さと努力して生き延びることの大切さを知った。自己の苦しみを我慢して、他人に奉仕することの崇高さを教わった。
どんなかたちであれ、自己を厳しい場に置くことによって、心を磨いて心の目を開くことは大切だと思う。
表題の漫画は、仏陀ことゴータマ・シッダルーダの生誕から解脱までの生涯を描いたものだ。手塚治虫の優しい視線が、お釈迦様の生涯を分りやすく教えてくれる。仏陀もまた厳しい自然のなかに身を置き、美しい自然に感動する一方で、自然の厳しさに耐え忍び、心身を鍛えている。
あまり有名な作品ではないかもしれないが、私は「ブラック・ジャック」「火の鳥」に並ぶ手塚漫画の傑作だと考えています。ただ、かなりの長編なので気軽には読めないのが難点。でも、もし機会があるようでしたら是非とも一読して欲しいと思います。