ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

さぶ 山本周五郎

2010-07-05 12:26:00 | 
要らない人間なんて、いないんだ。

たしかにトロい奴はいる。簡単な作業でもまごまごし、足手まとい以外の何者でもないと吐き捨てたくなる。はっきりと役立たずだと切り捨てたい。

でもね、あいつがいることで救われている連中も沢山いる。ただ黙っているから分らないだけだ。そのことは、トロい奴がいなくなって初めて分る。

あいつをバカにしていた連中も、ほんの少し賢いだけで、あいつがいなくなったら、実は案外と仕事ができない、使えないことが分ってしまった。

それだけではない。あいつは、どんなにバカにされても、罵倒されても笑顔を忘れなかった。あいつがいることで、職場の皆が妙な一体感さえ持てた。いなくなったら、人間関係がギスギスして、空気が重く張り詰めている。

あのバカさえ居れば、こんな雰囲気の悪さは味わえずに済んだはずだった。遅まきながら、ようやく皆、そのことに気がついた。あの和やかな雰囲気のありがたみに比べれば、あいつのトロさなんて安いものだった。

なにが能力主義だ、リストラだ!自分は人より頭がいいと思い込んでいる奴らばかりが残っただけじゃないか。人より汗をかき、手を汚し、やりたくない仕事をやっていた奴がいなくなったら、残ったのは嫌な奴ばかりじゃないか。

世の中に、要らない人間なんていないんだ。そのことを教えてくれたのが表題の作品だ。大衆作家、山本周五郎の代表作でもある。

白状すると、十代の頃読んだ時はさして感銘を受けなかった。さぶって主人公なのかさえ疑問に思っていた。でも、今なら分る。山本周五郎の人間観察眼の鋭さと、優しさが。器の大きな人だと、つくづく思う。

人間、理屈だけじゃない。頭の良さも大事だけれど、頭の悪さだって必要なんだ。人生は割り切れないから、端数を切り捨ててはいけないってことが、ようやく分ってきた。
コメント (4)
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