取っ組み合いは、案外と楽しい。
それを教えてくれたのがプロレスだった。まぁ、子供だとプロレスごっこになるのだが、飽きもせずに良くやったものだ。砂場が多かったが、高飛び用のマットの上なんて最高の遊び場だった。
今だから分るが、プロレスごっこの場合、殴り合いがないが故に精神的なストレスが少ない。これがボクシングごっこになるとダメだ。いくら手加減をしても殴られる痛みは耐え切れない。どうしても気持ちの上でしこりが残る。
ところがプロレスごっこだと、技の掛け合い、力の出し合いになる。もちろん関節を決められる痛みや、投げられる痛みはあるが、これは受身で対処できる。複雑な関節の取りっこだって、技をかけ、技を抜ける楽しみがあった。
これは人間だけの楽しみではない。犬だって猫だって、子供の頃はよく取っ組み合っている。じゃれていると言った方が適切だと思うが、単なる遊びではない。身体を鍛えることにもなるし、仲間内での力関係を決める下地にもなる。
しかし、大人になってもこの取っ組み合いの楽しさが忘れられない男がいた。それがパット・オコーナーだ。リングネームは「マットの魔術師」。
私が初めて見たのは、多分立川市民体育館でのプロレス巡業だ。前座で若手の試合中、リングサイドで盛んに大声を上げていた白人男性がいた。私はてっきりコーチだと思っていたが、その彼がメインイベントに出場したので驚いた。
対戦相手は、うろ覚えだがロッキー羽田だったと思う。日本人はなれした長身の相撲上がりのプロレスラーだった。オコーナーよりも一回り大きかったと思う。
だが、試合では一回り小柄なオコーナーが羽田を翻弄した。正面から組み合って力比べの場面だった。羽田の力が勝り、オコーナーを押し潰すかにみえた。
ところが、オコーナーがちょっと身体を揺すった次の瞬間、羽田の身体が宙を舞った。マットの上に飛ばされた羽田が起き上がって首をひねっている。いったい何が起きたのか?
例によって席には座らず、リングサイド近くの通路に座って観ていた私もさっぱり分らなかった。だが、今なら分る。あれは柔道でいうところの隅落とし。いわゆる空気投げという奴だろう。たしか合気道にも似たような技があったと思う。
要するに相手の力を利用して、ほんの少しバランスを崩させて、相手を放り投げてしまう高等技だ。柔道でも高段者でなければ使えない難しい技の一つだ。これをプロレスのリングで観たのは、このとき一度きりだ。もっとも、私の目にはオコーナーのニコニコ顔のほうが印象が強かった。
そう、彼は珍しく戦っている最中に笑顔をみせるプロレスラーだった。決して厭味でなく、本当に楽しそうにレスリングをしていたのが伝わってくる笑顔だった。
私が知る限りでも、最高のテクニシャンの一人だった。そのレスリングは決して派手ではなかったが、この人にしか出来ない試合振りだった。まさにマットの魔術師の名が相応しかった。
後年、彼のインタビューを読むと、レスリングが好きで好きでたまらないと笑顔で語っている。既に老年の域に達しているようだが、馬場の招待でコーチ兼レスラーとして日本に来たときも、実に楽しそうだった。
私は彼を思い出すと、なんとなく口元が優しく緩む。そんな名レスラーでしたね。
それを教えてくれたのがプロレスだった。まぁ、子供だとプロレスごっこになるのだが、飽きもせずに良くやったものだ。砂場が多かったが、高飛び用のマットの上なんて最高の遊び場だった。
今だから分るが、プロレスごっこの場合、殴り合いがないが故に精神的なストレスが少ない。これがボクシングごっこになるとダメだ。いくら手加減をしても殴られる痛みは耐え切れない。どうしても気持ちの上でしこりが残る。
ところがプロレスごっこだと、技の掛け合い、力の出し合いになる。もちろん関節を決められる痛みや、投げられる痛みはあるが、これは受身で対処できる。複雑な関節の取りっこだって、技をかけ、技を抜ける楽しみがあった。
これは人間だけの楽しみではない。犬だって猫だって、子供の頃はよく取っ組み合っている。じゃれていると言った方が適切だと思うが、単なる遊びではない。身体を鍛えることにもなるし、仲間内での力関係を決める下地にもなる。
しかし、大人になってもこの取っ組み合いの楽しさが忘れられない男がいた。それがパット・オコーナーだ。リングネームは「マットの魔術師」。
私が初めて見たのは、多分立川市民体育館でのプロレス巡業だ。前座で若手の試合中、リングサイドで盛んに大声を上げていた白人男性がいた。私はてっきりコーチだと思っていたが、その彼がメインイベントに出場したので驚いた。
対戦相手は、うろ覚えだがロッキー羽田だったと思う。日本人はなれした長身の相撲上がりのプロレスラーだった。オコーナーよりも一回り大きかったと思う。
だが、試合では一回り小柄なオコーナーが羽田を翻弄した。正面から組み合って力比べの場面だった。羽田の力が勝り、オコーナーを押し潰すかにみえた。
ところが、オコーナーがちょっと身体を揺すった次の瞬間、羽田の身体が宙を舞った。マットの上に飛ばされた羽田が起き上がって首をひねっている。いったい何が起きたのか?
例によって席には座らず、リングサイド近くの通路に座って観ていた私もさっぱり分らなかった。だが、今なら分る。あれは柔道でいうところの隅落とし。いわゆる空気投げという奴だろう。たしか合気道にも似たような技があったと思う。
要するに相手の力を利用して、ほんの少しバランスを崩させて、相手を放り投げてしまう高等技だ。柔道でも高段者でなければ使えない難しい技の一つだ。これをプロレスのリングで観たのは、このとき一度きりだ。もっとも、私の目にはオコーナーのニコニコ顔のほうが印象が強かった。
そう、彼は珍しく戦っている最中に笑顔をみせるプロレスラーだった。決して厭味でなく、本当に楽しそうにレスリングをしていたのが伝わってくる笑顔だった。
私が知る限りでも、最高のテクニシャンの一人だった。そのレスリングは決して派手ではなかったが、この人にしか出来ない試合振りだった。まさにマットの魔術師の名が相応しかった。
後年、彼のインタビューを読むと、レスリングが好きで好きでたまらないと笑顔で語っている。既に老年の域に達しているようだが、馬場の招待でコーチ兼レスラーとして日本に来たときも、実に楽しそうだった。
私は彼を思い出すと、なんとなく口元が優しく緩む。そんな名レスラーでしたね。
