西洋による近代化は世界を幸せにしたのか?
民主主義、資本主義、人権思想の三点が、西洋近代化を支える三本柱だ。現在の地球において、人類の中心的勢力が欧米であることは、誰もが認めざる得ない現実だ。
強大な軍事力に裏づけされた欧米に追いつき、対抗するためには、近代化を果たす必要がある。そのためには西洋式近代化を上手に取り込む必要がある。
そのことは世界の果ての、アジアの小国である日本が証明してのけた。日本は植民化されることなく、また日本の独自性を失うことなく近代化を成し遂げてみせた。
なれば、自分たちにも出来るはずだ。そう考えたのがトルコであり、ペルシャであった。なかでもペルシャのパーレビ国王は、イランの近代化を大々的に推進させた。欧米の支援を受けて、国内の近代化に乗り出し、イスラム社会の改革に乗り出した。
だが、民衆は納得できなかった。千年以上にわたる自分たちの文化、慣習を否定してまで西欧化は受け入れる必要があるのか。なにより、その西洋化を受け入れたことにより、自分たちは幸せになれるのか。
その答えはすぐに出た。国際石油メジャーの支配を受け入れた結果、石油輸出大国となったが、その富みは一部の権力者たちに独占され、多くの国民は貧困に喘いだ。
軍隊は強大な力を手に入れ、金さえあれば西欧の優秀な家電製品を享受できた。でも、時間を切り売りする西欧式の資本主義経済には馴染めず、これまた一部の金持ちと、多数の貧困者との敷居を高くしただけだった。
だからこそ、古くも懐かしいイスラム思想を人々は恋焦がれた。やはり西欧思想ではダメだったとの思いが、イランのイスラム革命を引き起こした。パーレビ国王は追放されて、ホメイニ師によるイスラム国家へ復古した。
これこそが始まりだった。
その後、欧米は必死でイスラム社会の懐柔に勤めたが、イスラエル問題が重石になって、どうしても強圧的な手法に転じざる得なかった。
皮肉にも、欧米の世界支配を受け入れた国ほど、独裁的で、非民主的な国にならざる得なかった。そのような強権的な国家でなければ、西欧思想に反感を抱く国民を統治できなかったからだ。
イスラム原理主義を掲げるアルカイーダの登場は、歴史の必然であり、当然の流れでもあった。若年の頃より西洋式の教育を受け、西洋社会の豊かさを知っている世代から、熱狂的なイスラム原理主義者が産まれた。
オサマ・ビン・ラディンの登場は、西洋式の近代化の限界を示したものであり、単なるテロとして片付けていい問題ではない。
私はテロを、武力による政治意思の表明行為だと考えている。テロリストであるビン・ラディンは、先月アメリカのテロ行為により殺された。
目には目を、テロにはテロをもって、アメリカは報いた。
アメリカのメディアは、盛んに勝利宣言をしていたが、果たしてそうなのか?数年前、フランシス・フクヤマは、民主主義が歴史の最終段階であると高らかに宣言したが、実際はそうではない。
平和的な手段による西欧式の近代化が限界を露呈し、武力による強硬な反発を生み出したのが実態ではないか。世界最強の軍事力をもって、当分の間はアメリカが世界を主導する。この現実は変わりはない。
だが、その主導が強行であればあるほど、それに対する潜在的な不満は深く、濃く沈殿する。欧米、とりわけアメリカが世界を主導しよとすればするほど、西欧化に反発する国民を強圧的に抑える国々の協力を必要とする。
更に皮肉なことに、このような強圧的支配をする国ほど、経済的成長の可能性を秘めている。その代表がシナであり、決して価値観を共有することがない国であるが、アメリカはシナの協力を必要とする。シナが民主主義とは程遠い国であったとしてもだ。
一方、チェニジアに始まったイスラム諸国の民衆運動は、イスラムの独裁者たちを追いやる一方で、新たな反米の機運を広めつつある。
アメリカはイスラエルのためにも、また自国の石油戦略のためにも、サウジアラビアを反米国家にさせるわけにはいかない。それゆえ、サウジ政府が如何に自国民を強圧的に弾圧しようと、それを非難できない。間違っても、サウジに西洋化を求めることが出来ない。
第二、第三のビン・ラディンは続々と現われる。アメリカは果て無き戦いを受け入れざる得ない。そう遠くない将来、アメリカは軍事的従属国である日本に、この戦いに参戦することを求めてくると私は考えています。
いや、既に兵站の分野での協力は既成事実化されている。シナやロシア、コリアという敵対的国家に囲まれた日本には、アメリカのみが頼みの綱。おそらく断れないでしょう。
姑息に国連などを使った迂回的軍事手段の行使で、お茶を濁すつもりなようですが、いつまでもその手が使えるか疑問です。
ビン・ラディンの死は、決して他人事ではなく、迫り来る危機への警鐘であることに気がつくべきではないでしょうかね。
民主主義、資本主義、人権思想の三点が、西洋近代化を支える三本柱だ。現在の地球において、人類の中心的勢力が欧米であることは、誰もが認めざる得ない現実だ。
強大な軍事力に裏づけされた欧米に追いつき、対抗するためには、近代化を果たす必要がある。そのためには西洋式近代化を上手に取り込む必要がある。
そのことは世界の果ての、アジアの小国である日本が証明してのけた。日本は植民化されることなく、また日本の独自性を失うことなく近代化を成し遂げてみせた。
なれば、自分たちにも出来るはずだ。そう考えたのがトルコであり、ペルシャであった。なかでもペルシャのパーレビ国王は、イランの近代化を大々的に推進させた。欧米の支援を受けて、国内の近代化に乗り出し、イスラム社会の改革に乗り出した。
だが、民衆は納得できなかった。千年以上にわたる自分たちの文化、慣習を否定してまで西欧化は受け入れる必要があるのか。なにより、その西洋化を受け入れたことにより、自分たちは幸せになれるのか。
その答えはすぐに出た。国際石油メジャーの支配を受け入れた結果、石油輸出大国となったが、その富みは一部の権力者たちに独占され、多くの国民は貧困に喘いだ。
軍隊は強大な力を手に入れ、金さえあれば西欧の優秀な家電製品を享受できた。でも、時間を切り売りする西欧式の資本主義経済には馴染めず、これまた一部の金持ちと、多数の貧困者との敷居を高くしただけだった。
だからこそ、古くも懐かしいイスラム思想を人々は恋焦がれた。やはり西欧思想ではダメだったとの思いが、イランのイスラム革命を引き起こした。パーレビ国王は追放されて、ホメイニ師によるイスラム国家へ復古した。
これこそが始まりだった。
その後、欧米は必死でイスラム社会の懐柔に勤めたが、イスラエル問題が重石になって、どうしても強圧的な手法に転じざる得なかった。
皮肉にも、欧米の世界支配を受け入れた国ほど、独裁的で、非民主的な国にならざる得なかった。そのような強権的な国家でなければ、西欧思想に反感を抱く国民を統治できなかったからだ。
イスラム原理主義を掲げるアルカイーダの登場は、歴史の必然であり、当然の流れでもあった。若年の頃より西洋式の教育を受け、西洋社会の豊かさを知っている世代から、熱狂的なイスラム原理主義者が産まれた。
オサマ・ビン・ラディンの登場は、西洋式の近代化の限界を示したものであり、単なるテロとして片付けていい問題ではない。
私はテロを、武力による政治意思の表明行為だと考えている。テロリストであるビン・ラディンは、先月アメリカのテロ行為により殺された。
目には目を、テロにはテロをもって、アメリカは報いた。
アメリカのメディアは、盛んに勝利宣言をしていたが、果たしてそうなのか?数年前、フランシス・フクヤマは、民主主義が歴史の最終段階であると高らかに宣言したが、実際はそうではない。
平和的な手段による西欧式の近代化が限界を露呈し、武力による強硬な反発を生み出したのが実態ではないか。世界最強の軍事力をもって、当分の間はアメリカが世界を主導する。この現実は変わりはない。
だが、その主導が強行であればあるほど、それに対する潜在的な不満は深く、濃く沈殿する。欧米、とりわけアメリカが世界を主導しよとすればするほど、西欧化に反発する国民を強圧的に抑える国々の協力を必要とする。
更に皮肉なことに、このような強圧的支配をする国ほど、経済的成長の可能性を秘めている。その代表がシナであり、決して価値観を共有することがない国であるが、アメリカはシナの協力を必要とする。シナが民主主義とは程遠い国であったとしてもだ。
一方、チェニジアに始まったイスラム諸国の民衆運動は、イスラムの独裁者たちを追いやる一方で、新たな反米の機運を広めつつある。
アメリカはイスラエルのためにも、また自国の石油戦略のためにも、サウジアラビアを反米国家にさせるわけにはいかない。それゆえ、サウジ政府が如何に自国民を強圧的に弾圧しようと、それを非難できない。間違っても、サウジに西洋化を求めることが出来ない。
第二、第三のビン・ラディンは続々と現われる。アメリカは果て無き戦いを受け入れざる得ない。そう遠くない将来、アメリカは軍事的従属国である日本に、この戦いに参戦することを求めてくると私は考えています。
いや、既に兵站の分野での協力は既成事実化されている。シナやロシア、コリアという敵対的国家に囲まれた日本には、アメリカのみが頼みの綱。おそらく断れないでしょう。
姑息に国連などを使った迂回的軍事手段の行使で、お茶を濁すつもりなようですが、いつまでもその手が使えるか疑問です。
ビン・ラディンの死は、決して他人事ではなく、迫り来る危機への警鐘であることに気がつくべきではないでしょうかね。