良くも悪くもバブルの申し子であった。
20世紀末、日本列島は気が付いたら紙幣が舞い散るバブル景気に浮かれていた。
その原因は2つある。一つはそれまで不当に安く抑えられていた円のドル換算が、市場の実態に合わせたものになったことだ。これは輸出振興のために円ドル為替レートを政策的にコントロールしていた日米当局が、遂に我慢の限界を超えてしまったためである。
アメリカは以前から円が不当に安すぎると不満を抱いていたが、冷戦の最重要拠点としての日本列島の地位を認めていたために我慢していたが、自動車と鉄鋼の対米黒字輸出に耐えかねてのプラザ合意の結果でもある。
結果、日本は大蔵省とその代弁者のマスコミ様のいうところの円高不況に陥るどころか、史上空前の円高好況に沸く。円高は輸出にはマイナス効果が大きいが、輸入にはプラスに働く。
輸入した物資サービスを全て輸出に充てるなら、プラスマイナス0だが、既に高度成長を達成した日本国内での消費需要が多く、結果的に安く輸入された原油、食料などがその需要を十二分に満たした。
だが、その円高差益によりもたらされた膨大な利益は、原油や鉄鉱石などの産業用資材や、食料品だけでは物足りず、結果的に株式市場と不動産市場に空前の大好況をもたらした。
余談になるが、この時大幅な規制緩和を推進し、新たな市場開拓をしておけばバブルによる異常な好況は防げたと思うが、霞が関にその知恵はなく、永田町は金に酔い痴れるだけだったことが、後の長期不況の要因となる。
そんなバブル景気ではあったが、間違いなくこの時代になり、日本人はそれまでの貧しいながらも抑制された生活から解放され、うたかたの豊かさを享受することになる。
それまで高値の花であった高級車、高級酒、ブランド衣服、ブランド宝飾品などが、円高を足がかりに日本市場へなだれ込んできた。同時に、この頃から急速に高級レストランが持て囃されるようになった。
懐石料理や寿司、フグ、海鮮などの和食はもちろん、フレンチ、イタリアン、中華の高額なレストランに庶民が足を運ぶようになった。大トロやトラフグ、キャビアと目が飛び出るような高額な食材が、日本全国に広まった。
美食ブームが俄かに巻き起こり、半端な知識をひけらかす自称グルメが雨後の竹の子の如く増殖した。当然に勘違い、マナー違反などの迷惑行為も増えてしまった。
「お客様は神様」とはあくまでお世辞であって、店からすれば良い客筋、好ましからぬ客筋は確かに存在する。知らないだけなら一時の恥じだが、学ばず愚かさを繰り返す自称グルメに辟易した料理人、飲食店オーナーも少なくなかった。
そんな時代背景に大ヒットしたのが表題の漫画であった。
もっとも私はバブル景気の最盛期を闘病で潰しているので、グルメブームとは無縁であった。そんな私にその一端を教えてくれた漫画でもあった。でも途中から読むのを止めている。
多分、主人公の山岡が同僚の栗田と結婚した頃だと思う。その頃から嫌な敵役であった海原雄山が、妙にイイ人めいた雰囲気を醸し出したのが嫌だったからだと思う。
やはり悪役は憎まれ役であって欲しいし、それがないと旨味の無い料理に思えてしまう。そう、私は美食を至高のものと考える傲慢不遜な海原が好きだった。
もっとも私自身は食べること、料理をすることは好きだが、別に粗食でも構わないし、美味しい食事よりも楽しい食事を重んじている。だからグルメとは程遠い。まぁ銀座で働いているので、そこそこ美味しいものは食べているが、それが至高の喜びだとは考えていない。
だからこの漫画も偶に読む程度で十分だと思っている。実際、美味しいものは、偶に食べるからこそ美味しい。毎日美食三昧では舌は肥えても、知性は鈍化するとさえ思っている。
つまりあまり熱心な読者ではない。そんな私でも最終話は読みたいと思っていた。多分、山岡と海原の和解になるだろうと思っていた。あんまりネタバレはしたくないので、ここは予想に留めておく。
まぁ最後まで読み切ってみて、名作ではあると思うが、傑作の枠には入れたくない。原作者の雁屋氏の偏見が途中から妙に鼻に付くからだ。でも、日本全国に美食ブームを引き起こした功績は認めたい。
この作品がきっかけで、本当に美味しい料理とは何かを問うようになった人は少なくないと思うからである。グルメとは縁遠い私だが、世間の評判とかグルメ本に頼るのではなく、自分の目で見て、匂いを嗅ぎ、舌で味わい、歯ごたえを楽しむことで、食事はいくらでも楽しくなる。
また、その逆も然りであろう。その意味で、全国に俄かグルメを生み出した罪はあれども、本当の美食への入り口として、この作品の功績は大だと私は評価しています。