今から二十数年前のことだ。
当時、長期の病気療養中であった私は、少し精神的におかしくなっていた。もっともそのことを自覚しつつも、特段心療内科へ通うようなことはせず、一人悶え苦しんでいただけだ。
生きているけど、生きている実感の乏しい毎日。ただ薬を飲むために食事をとり、一日の大半を寝て過ごす。自分が生きていることは分かるが、将来がまるで見えない絶望に、生きている価値を見いだせない毎日。
そんなある日、コンビニの雑誌コーナーで手に取った雑誌に掲載されている漫画に圧唐ウれた。それは主人公ガッツの初めての親友であり、ライバルでもあった鷹の団のリーダー・グリフィスの変わり果てた姿であった。
王の娘と密会していたことが露呈し、嫉妬に狂った王の命令により凄惨な拷問を受け続けたグリフィスの姿に衝撃を受けるガッツ。その場面を読みながら、私は魂の奥底で奇妙な共感を覚えていた。
舌を切られ、手足の腱を切断され、皮膚をはぎ取られた生きる屍と化したグリフィスの姿に、病み衰えた我が身を対比させていた私は、この漫画から目を離せなくなった。
その後、グリフィスは長年の仲間である鷹の団を生贄に差し出して異形の魔物として復活する。贄となりながらも生き延びたガッツの復讐の物語、それが希代のダークファンタジーである「ベルセルク」である。
あまりに凄まじいこの作品は、日本のみならず世界でも高い評価を受けている。特にヨーロッパにおける評価は極めて高い。舞台が中世ヨーロッパと似た世界観なので、共感できるのであろう。
ちなみに私が一番好きなのは「ロスト・チルドレン」の章です。使徒との凄惨な戦いの後の清々しい朝に、もう逃げ出すのではなく、留まって生きることを決断する少女ジルの健気な姿は、今も鮮烈に記憶に残っています。
登場する魔物たちの強大さ、残虐な戦いとは別に、普通の人間の普遍的な生き方にも敬意を払う作者の健全さがあるからこそ、この壮絶な漫画は強い印象を残すのだと思うのです。
ただ近年、連載の中断、休載が多いことが気になっていた。でも、作者が亡くなるなんて予想していなかった。まだ50代ですから、早過ぎる死としか言いようがありません。
私はその長い闘病生活のなかで、この漫画が完結するまでは、なんとしても生き延びたいと決意していたのです。それだけに、作者の訃報はあまりに痛い。我が身を引き裂かれるような辛さがあります。
この壮大なダークファンタジーは、このまま未完のままで終わってしまうのか。
おそらく白泉社のヤング・アニマル編集部は今も悩んでいるでしょう。看板漫画でもありますし、読者の要望も相当にあるでしょう。
しかし、あの壮大なストーリーと緻密な絵柄を描ける後継の漫画家はいるのか?
高校の友人であった森恒二(ホーリーランド)か、同級生でアシスタントでもあった技来静也(拳闘暗黒伝セスタス)あたりが候補に挙がりそうですが、いずれにしても、いや、誰にしてもあの物語を引き継ぐのはキツイと思う。
読者としては、誰が引き継いでも納得できない気がするけど、物語の続きは知りたい読みたいという二律背反の悩み(苦笑)。
でも今は、謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。よくぞ、あの物語を描いてくれましたとの感謝を込めてね。