ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

21世紀の日本とインド

2020-09-23 12:48:00 | 社会・政治・一般

インドは21世紀中にはシナを抜いて人口第一位となる可能性を秘めた大国である。冷戦中もアメリカとソ連との間を揺れつつも、一定の距離を取りつづけてきた。私はフランス、シナに匹敵する自己中国家だと思っている。

厄介な国ではあるせいか、日本はこれまであまり親密になることはなかった。しかし、安倍・前首相とモディ首相は11回も会談を重ね、互いに私邸を訪問する間柄である。

率直に言ってインドは、シナ以上に厄介な面を持つ国である。国内に多数の少数民族を抱え、多国語の世界であり、日本の常識が通用しない国である。これまであまり親密ではないと書いたが、実は戦前は今よりも密な関係にあった。

インドのイギリスからの独立運動の影の支援者が日本であったことは、あまり知られていない。インドのチャンドラ・ボース将軍との交流や、中村屋のインドカレーの普及など、忘れ去られている関係は確かにあった。証拠はないが、戦後に欧米は日本を敢えてインドから切り離したような印象さえある。

だが、それでも地道にコツコツと、日本とインドは少しずつ関係を増していった。今やインドの道を走る乗用車の4割はスズキ製である。豊富な人材力を誇るインドは教育水準も高く、欧米のIT企業がコールセンターなどをインドに配置していることは有名だ。

ただし問題もある。今も色濃く残るカースト制度や、地方を牛耳る藩王の存在など欧米基準のグローバルスタンダードは通用しない。また未だ経済発展が途上であるためか、環境問題への取り組みも遅れがちである。

そのせいで、世界でも屈指の公害大国になる可能性は濃厚だ。事実、十分に浄化されていない工場排煙のせいで、呼吸器系疾患の増加が問題視されている。工場からの産業排水で河川は汚れ、危険な産業廃棄物が各地で放置されている。

急激に経済発展をしたシナが現在直面している問題は、そう遠くない将来、インドも直撃することは、ほぼ確定的である。インドに進出している日本企業も、決して無関係とは言えないだろう。それでも、インドとの関係の進展は、21世紀の日本の重要目標である。

インドは地政学的にも重要な位置を占める。中東の原油はすべてインド洋を経由して日本に運ばれる。そして中東とも渡り合える大国であるからして、将来の海路安全確保には欠かせない国である。それゆえアメリカも無関心ではいられないが、なかなかきっかけを掴めずにいた。

安倍首相がインドと親密な関係を築いたが故に、インド、オーストラリア、日本、アメリカによるシナ包囲網が完成したことをアメリカは決して忘れないだろう。

アメリカにとっては、インドやイランとのパイプを維持している日本は極めて有意義な存在となっている。この安倍首相の築いた外交戦略は、21世紀の日本を見据える上で貴重な財産となると、私は確信しているのです。

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しぶそばの閉店

2020-09-18 12:53:00 | 日記

銀座線の終点、渋谷駅で降りて井の頭線に向かう途中にその店はあった。

私が大学生の頃は、井の頭線の渋谷駅改札近くにあった「二葉」という蕎麦屋さんが、駅の改築工事に伴いJR渋谷駅の井之頭改札の脇に移転した。

店名はいつのまにか「しぶそば」となっていたが、あまり気にならなかった。この蕎麦屋さん、食券もなく、注文すると口頭で厨房とやりとりして蕎麦が運ばれてくる。その手際は見事で、あの混雑していた店内で、間違うことなく注文を配膳していた。

ただ、私はここの蕎麦は、さほど美味いとは思っていなかったが、不満はない。あの値段、あの素早いサービスなら妥当だと思っていたからだ。

そして、私が一番好きだったのは、実は蕎麦ではなくオニギリだった。駅の階段を降りると、小さなショーウィンドウに並ぶオニギリの美味しそうな光景に何度足を留めたか分からないほどだ。

若い頃は小腹が減ったからと自分に言い訳して、ここでオニギリを買っていたものだ。最近は食べ過ぎを気にするお年頃なので、我慢、我慢と自分に言い聞かせて通り過ぎていた。

その「しぶそば」も遂に閉店となってしまった。新型コロナの影響ではなく、渋谷駅の大規模改修工事に伴う閉店である。閉店間際には「しぶそば」を惜しむファンの長い行列が出来たほどである。

渋谷駅は数年前から、東横線の地下移設、井の頭線の改札移動など乗継路線の改悪を伴う大規模リニューアル工事の最中である。東急東横店など駅ビルの取り壊しと再建築を伴うため、多くの老舗が姿を消している。

「しぶそば」は常にお客で賑わう人気店であるが、今のところ移転先は未定であるそうだ。出来たらまた駅のなかに戻って欲しいけど、新しく出来たビルなどを看ると、お洒落な店が多く「しぶそば」の居場所はないように思えてならない。

流行を追う意向は分かるが、これからの日本は高齢化社会でもある。理想は金を十分に持った若い客を惹きつけたいのだろうけど、あまり金を持たない若者や中高年も多い。「しぶそば」は後者にとっての憩いのオアシスであったはずだ。

渋谷駅周辺の再開発は、お洒落で活発な街を目指している雰囲気がある。だが、社会の一部の層だけにターゲットを絞る戦略は、日本ではあまり受入られないと思う。

渋谷は戦後、大きく発展した雑多な街だ。ただ東急や西武がしのぎを削ったせいで、あまり計画性のない発展の仕方をしてしまったのは事実だ。私なんぞは、それが魅力だと思っていたが、どうも画一的にしたい御意向が上の方にはあるらしい。

元々、企業主体で大きくなった街なので、ここいらで政府が大きく口を挟みたがっていると聞いている。武士の商法ではないが、役人主導の商売って、大概が上手くいかないことを思うと、いささか心配である。

渋谷が若者の街であったのは、若者に迎合した企業ファッション(パルコや109など)が主導していたのは過去のこと。現在の渋谷の若者たちは、大人たちの都合とは別の基準でお洒落を楽しみ、渋谷を華やかにしてきた。

現時点で云うなら、今の渋谷はとても遊びづらい街ですよ。いくら工事中とはいえ、これは酷いと思います。「しぶそば」の閉店は、その象徴であるような気がするのですよ。

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真田軍記 井上靖

2020-09-17 13:06:00 | 

口コミでしか情報がない世界で生きていくことの厳しさを痛感した。

それは情報で溢れる現代に生きる私には、想像も出来ない過酷な世界なのだろう。私たちは知っている。真田家のうち、長男の信之は徳川方について幕末まで生き残り、父・昌幸と二男・信繁(幸村)は豊臣側について滅んだことを。

真田家に従っていた土豪や農民たちは、どちらに付いたかによって、はやり大きな影響を受けている。ある者はなにも考えずに信之側に付き、ある者はしがらみから昌幸についていった。

時代の変化に判断を誤ったと誹謗するのは容易い。しかし、小さな村の農民やその村から徴兵された雑兵たちに、どれだけの選択権があったというのか。その非情さ、無常さは過酷に過ぎるほどである。

井上靖は、歴史上に名を知られていない武将や無名の農民兵を取り上げて、時代の変化に流され、その激流の中で必死で生きようとしてきた人々の人生を描きだしてみせたのが表題の作品である。

農民兵の立場から戦国時代を描き出す手法は、ありきたりの平凡なものになり勝ちだが、それぞれに個性ある生き方があったのだと分からせる手法はさすがの一言。

戦場で武名を挙げて一旗揚げるのは、あの時代の一つのサクセス・ストーリーなのだと思う。でも私なんぞは、土地にしがみ付いて平々凡々たる人生で終わることを望むのだろうなァ。

たしか、私の先祖は上州あたりの水のみ百姓であったはず。父方は武州の庄屋さんであったようですが、母方は幕末に江戸に出てきて、町民として暮らしていたようです。それはそれでドラマがあったのでしょうが、きっと平凡で、ありきたりのものだと思います。

でも、それでも今日まで子孫が生き延びているので、結果的に勝者の側であったのでしょうね。きっと、それは偶然の産物だと思いますけどね。

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靖国参拝に思うこと

2020-09-16 12:30:00 | 社会・政治・一般

今更の話ではあるが、日本人って今でも怨霊を恐れているのだと痛感した。

いや、なにがって靖国神社である。毎年終戦(敗戦だろ!)の日になると、政治家の靖国参拝が問題視される。まァ問題視しているのは、国内の左巻きと、一部の国だけだが。

私がこの問題に冷淡なせいもあり、あまり気にしていなかったが、改めて思った。政治家が靖国参拝をするのは、太平洋戦争で亡くなった兵士たちの霊が怨霊化するのを恐れてではないかと。

私もそんな馬鹿なと思わないでもないが、もし太平洋戦争の戦死者たる兵士たちが怨霊と化したら、その憎しみは政府を直撃するだろう。ましてアメリカ様に逆らったが故に憎しみを買い、戦犯として葬られた方の霊ともなれば、大怨霊と化して災いを為すに違いない。

恨みを抱いて死んだと思われる者の魂を慰めるためにこそ神社は存在する。外来の仏教も儒教も、キリスト教もこの怨霊たちを癒すことは出来なかった。だからこそ神社及び神道は生き残ったのではないかと思う。

そう考えないと、神社が現代まで残っており、それなりに栄えていえる事実を説明できない。神道という宗教は原始的なものであり、仏教やキリスト教などと比べると、組織として、あるいは知識体系の完成度も格段に落ちる。

にもかかわらず滅びることなく現在も生き残っているのは、神社という怨霊慰撫の装置を必要とする人たちがいるからこそであろう。先進国であり、アジアで唯一西欧生まれの近代思想を受容した日本で、今も神社が存在することは、その意味で奇跡に近い。

そう考えると、日本国内で靖国参拝に反対している方々が、共産主義や社会主義の洗礼を受けたかつての左派の人たちであることも納得できる。あれは神を否定した思想なので、拒否するのも当然なのだろう。

ちなみに日本とは少し違うが、やはり先祖崇拝の思想を今も持つシナ人は、靖国神社の意味(戦死者の鎮魂)を説明すると納得する。ただし、過去を都合よく塗り替えるのが得意なコリアは、恨みを抱いて死んだ者を慰撫する思想がないので、靖国神社の意味を理解できないらしい。

また日本の側にも、怨霊を恐れておるからこそ靖国参拝をしているなどとは口に出来ない理性と知性を売りにしている見栄っ張りが多いので、何時まで経ってもぅ靖国問題は終わらない。

私自身は、特段霊の存在とか怨霊とかの存在を気にしていない。でも、それを本当に恐れている人たちがいることは否定しないし、その人たちの思いを踏みにじる理由もない。だから靖国参拝を許容している。

お化けとか、幽霊とかいうものは、それが存在すると信じている人の心には絶対的なものである。それが分るので否定しない。ところでA級戦犯を靖国から分けろとか主張している方々は、A級戦犯が大怨霊と化すなんて、当然に信じていない無神論者であろうと思う。

実はある方に、面と向かってそう言ったら、下を向いて黙り込んでしまった。どっちなんだ?

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ひき肉の茄子炒め

2020-09-15 12:03:00 | 健康・病気・薬・食事

帰宅する途上の電車のなかで考えるのは、夕食の献立のことばかり。

通勤の電車内では本を読んでいることが多い。だが、行きの電車では次第にその日の仕事の組み立てが脳裏に広がっていくので、目的の駅では読書は止めている。

同様に帰りの電車でも、終着駅に近づくに従い、冷蔵庫の中味を思い出しながら、今宵の夕餉をどうするかを悩み始める。駅を降り、目の前のスーパーに入ると、目にも鮮やかな紫色の茄子が私の目を引く。

決めた、今夜の献立は茄子がメインだ。さて、なにを作ろうか。そうだ豚肉のひき肉と合わせたパスタを作ろう。そうなると副菜の野菜は・・・とあれこれ考え、値段(この夏、野菜が高い!)も気にしつつ籠に放り入れる。

豚のひき肉を買い、その他もろもろ買い物を済ませて帰宅する。お湯を沸かし、野菜を刻みながら、パスタ入れを手に取り唖然とする。

パスタの量が少なすぎる。

しまった、買い足すの忘れてた。ここしばらくパスタを作ってなかったので、まったく失念していたのだ。

ここで悩む。既にシャワーを浴びてさっぱりしているので、正直外に出たくない。そこで乾物入れを覗くと、あるではないか素麺が。そこで急遽、ひき肉と茄子の味付けを麺つゆに変更だ。

率直に言って出来上がったソーメンと茄子のひき肉炒めは、少々微妙な味わいであった。ソーメンだと麺が細すぎて、上手くひき肉に絡まないのが微妙な原因んである。

まァ空腹を満たせたので、一応は満足したけど、多分二度は作らない気がする。

深夜まで営業しているスーパーも近くにあるが、この暑さで外出したくなかったから仕方ないよね。

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