
Photo by Ume氏
曇り空のせいだろう、鳥の声がいつもよりもよく聞こえる。ただ、今朝のホトトギスはあまり上手に歌えない。きれいな声だが、あの台詞「トウキョウトッキョ・・・」が短縮してしまい、本来のよく知っている鳴き声になっていない。
こんな山の中で、石坂浩二が朗読するロッド・マッケンの詩「海」を、聞いている。日本語訳は岩谷時子、1969年に確か東芝から出た。アニタ・カーの曲に波の音が効果音として入り、若かったころの石坂の声が流れる・・・。
切ないまでの懐かしさが、波の音とともに甦ってくる。もう、過ぎた時を懐かしむことなどなかったはずなのに、美しくもなければ、楽しくもなかった20代が、思いもかけなかった色彩に化粧(けはい)され、凝縮され、胸に迫ってくる。感情が、波の音に、曲に翻弄される。
あのころ、アメリカの気取った若者は、ロッド・マッケンの詩集をブック・バンドで束ね、持ち歩くことが流行ったと聞いた。ベトナム戦争という無謀の中で、多数の若者が死に、それよりもはるかに多くのベトナム人が、むごく殺された時代と重なっていたはずなのに、当時のアメリカは光って見えた。
反戦が叫ばれ、平和が恋われ、思想よりも激情が学生運動の混乱と暴走に拍車をかけ、やがて呆気なく過ぎ去っていった。懐かしくもなければ、思い出したくもない、空疎で偽で、暗く汚れ、思い出せば今でも羞恥が薄汚れた沁みのように残り、虚妄や倒錯が残響のように聞こえてくる時代であったはずなのにだ。
赤羽の場末の喫茶店で、営業を終えた暗い店内に流れるこの曲を、初めて聞いた。その後しばらく、海も、波の音も、そして恋も、みんなこの曲の虚構が代わりになって、やるせない時間を慰めてくれた。
止まれ、いつの間にか鳥の声はしなくなったが、ここから見える尻尾を振りながら草を食む牛の姿が、そのあまり熱心とも思えないのんびりとした動作で、遠い時間や、久しく見たことのない海からようやく、牧場管理人の今に戻してくれた。
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