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きょうの天気は文句の言いようがない快晴だ。牛たちもようやく晴天の下、待ち焦がれた塩にありつけ、少しは落ち着きを取り戻したかと思っていた。ところが遂に、本日第1牧区にて、ホルス1頭が脱柵した。草が少なくなっていたから気にはなっていた。
もっとたくさんの牛がいたころのことだが、下牧を3日後に控えて1頭のホルスが死んだ。体型も小さく、他の牛の群れとも上手くいってないようだったから、注意はしていた。それが、元気な姿を確認した翌朝、藪の傍で小さくなって死んでいた。生まれてまだ1年も経っていない。親牛から離され、何も分からずに山の中に連れてこられて、自身が何であるかも識らないまま他の牛の後に付き従い、心細い思いで過ごした日々だったろう。
下牧が迫ってくると、この牛のことを思い出す。残り1歩というところまで来て、というその時の無念な思い、それと、横たわったまま動かない姿。しかしこの頃は、この牛に対して少し違った考えも持つようになった。なったが、それをここで呟くことはできない。牛守としての立場がある。とにかく、家畜としての役目は果たせなかったことだけは確かだ。
部屋に帰ってきた途端、外でバイクの音がして止まった。そして「すいません」という声がした。出ていくと若い男が「Lost」とだけ言った。後から3台のバイクが続いてきた。どうも東洋人もいれば西洋人もいる。二人乗りのうち一人は女性だった。とうとうこの山道は、外人たちにまで知られるようになったのかと驚いた。東京に帰りたいということ、悪路で苦労したということ、国はフランス、オーストラリアということは分かった。ほとんど会話らしい会話にならなかったはずだが、別れ際、「よくオレたちの言うことが分かったな」と言われ、答えに窮して「牛が教えてくれるのよ」と返した。そしたら、その男はきょとんとして、それから横のオーストラリア人の男女が笑ってくれた。
秋風が旅に出ろと言ってませんか。小屋もキャンプ場も充分に余裕があります。FAXでも予約や問い合わせに対応できます。ご利用ください。入笠牧場の営業案内は「入笠牧場の山小屋&キャンプ場(1)」
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