重い肩の荷だった。それを愈々降ろす日が来て、緊張していた。手を焼いていた2頭の残留牛の捕縛という最後の山場、最終処置は午後になると思っていたら畜産課長から電話が入り、朝一番で上がってくるという。できれば雨の降りだす前に済ませようという腹だろうが、生憎雨はそれまで待ってくれそうになかった。
10時半ごろだったと思う、課長と一番若い職員のS君が到着した。ただし、トラックの手配は4日でないと無理だと言う。いつもながら、どうもちぐはぐで思うようにならないが否も諾もない、それでもやるしかなかった。着る物を変えると、別人が来たと牛たちが警戒しそうだったから、雨合羽は着ないことにした。
課長とS君の姿を見れば当然に牛は暴れ、25番は逃げるに決まっていた。二人を小高い丘の牛から見えない所で軽トラから下し、坂を上りいつもの場所から合図の警笛を鳴らした。それで2頭は揃って待っているはずで、ぬかるんだ湿地を横切り、牛の見える沢まで来た。改めて負わされた責任の重さを感じつつ、さらに先へ進んだ。
ただ、25番は綱を掛けられても、それほど暴れないかも知れないという期待もあった。そうであれば、首に掛かった輪を小さくするために慌てて綱を引っ張るのは、相手を興奮させるだけで、止めた方が良いと思っていた。たっぷりと餌を与え、食べることに集中している幸福の間に綱を掛ける、そのことはすでに頭の中で何度となく練習してきた。
踏みつけられた綱の輪の傍には老牛がいた。まずこれを動かすために別の場所に配合飼料を置き、老牛を誘導した。そして輪を調整し、その中に餌を置いてから25番を呼んだ。老牛に遠慮して控えていた若い牛はすぐ来た。そして何の疑いもなく夢中で餌を食べ始めた。その様子を見て、さらに一呼吸して、輪になった綱を牛の頭に被せるように掛けた。何と、向かって右側の角に輪の一部が引っ掛かってしまった。「アレ何だ?」というように、25番が頭を起こした。即座に、引っ掛かった輪を角の向こうに持って行き、少しだけ綱を絞った。そして離れた。
それで、役目は終わった。後は現場を離れ待機している二人に知らせ、主綱を掛けさせ、27番にもさらに新たに確実な綱を加え、2頭がもつれ合わない距離で、それぞれを近くの木に縛り付けるだけだ。やはり最初、2頭の牛は暴れたようだったが、それでも、慎重で丁寧な課長の仕事は時間を要し少し苛立ったが、無事に終わった。
ロープを掛けてから一端車に戻り、上衣を脱ぎ、帽子も取り、マスクまでして別人のようにして現場に戻ったのは、信頼してくれていた2頭の牛たちに対し、裏切ったことをできたら教えたくなかったからだった。びしょ濡れのカシミヤのセーターには大きな穴が開いていた。
本日はこの辺で。