前日は5時間しか眠っていない。それにもかかわらず、また4時間眠っただけで目が覚めてしまった。午前2時。
外がほの明るい。釣られるように小屋から出てみれば、中天より少し西の空におぼろ月が見える。そう言えば、誰かが「スーパームーン」という言葉を口にしていた。
長い一日が終わり、別れ際ある人から「お元気で」と言われた。別な人からは年齢を問われ、元気だと褒められた。周囲からは自分と異なる別な評価が下されているのが分かる。とにかく、誰から見ても老人なのである。
映画か何かで「年寄扱いをするな」と吠える老人を見たことがあるが、それも分かる気がする。本人は、老齢を殆ど意識していないのだ。これを呟いている者もそうで、困ると言えばそうだが、身体に格別な不自由を感じていないのは何を措いても幸いだと言える。
昨日、名の知れた明るい性格の男優が亡くなった。確か76歳、同じ年齢である。そういう年齢であり、自分の身にも起こる可能性があることを承知しているべきだが、いまだ死は現実味をおびない。8月の終わり、親しかった友人の一周忌を済ませ、来月もある。それでもだ。
もっと言えば、若いころの方が死は今よりも現実的だったような気がする。このあたりのことを言い出すとややこしくなるが、実際そうだった。
歳を取ったら逆に、それに対する感度とでもいうものが大分鈍ってくるのは、物忘れがひどくなるように、脳のどこかにそういう仕掛けでもあるのだろうか。
こんな真夜中、不思議な時間が過ぎていく。ビール1本、生のウイスキー少々を飲んだ。自分だけしか存在しない意識の中で、時の方も付き合ってくれているのか、その経過がいつもよりかゆっくりと過ぎていく。異次元にいるような気分だ。
目が覚めれば、趣の一層深い曇天の秋が待っていてくれるだろう。
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本日はこの辺で。