てすさび日誌

哀しき宮仕えを早期リタイアし、“サンデー毎日”のomorinが生活の一コマや雑感を認めた日誌です(2005/4/20~)

一姫二太郎

2006-10-17 16:25:13 | ファミリー
 すこぶる私事ではなはだ恐縮だが、2歳半になる可愛い孫娘の写メールと共に待望の吉報が届いた。しかも二重の喜び。
 二男の嫁の6ヶ月検診日だった。妊娠21週目(妊娠中期)ながら22週相当でやや大きめ。何よりも嬉しいことには性別が分かり、どうやら男の子らしい。文字通りの「一姫二太郎」となる。妊娠初期につわりがひどかった分、現在は至って順調でこの上ない。

 「一姫二太郎」とは言うまでもなく、子を持つには、最初は育てやすい女の子で、次は男の子がよいという言い伝えである。この言葉には跡継ぎの男の子を望んだ両親に女の子が生まれた時、がっかりした両親を慰める意味もあったといわれている。

 ところが意味を勘違いしやすい慣用句やことわざに挙げられるのがこれ。『一人の娘と二人の息子がいること』と誤解している人がよくある。少子化の時代に3人の子供なんて羨ましいのだが…。
 もっとひどいのは、「一姫二太郎三なすび」という人もいるようだが、単に「一富士二鷹三茄子」と混同しただけで、そのような言葉は存在しない。

 正しい意味での「一姫二太郎」は、子育ての理想とするところで喜ばしい限りだが、少子化が懸念される中で、この言葉もやがては死語となってしまうのかと危惧する。
 来年の2月22日頃は、私どもにとってラッキー7、7番目となる孫の誕生予定日だ。子育ては大変だけれど「親も育てる」そんな気がする。神様からの至上の贈り物に乾杯!

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お国自慢

2006-10-16 10:39:53 | ビジネスと社会
 今日の山陽新聞「滴一滴」で、40余年前に日本で初めて点字ブロックを考案した、岡山の発明家三宅精一さんの先駆的な偉業を紹介していた。
 尻馬に付いて、お国自慢をひとつ。私の独断と偏見をもって得た、ネット情報からの受売りなので詳細は割愛するが、わが岡山が発進源のモノ(コト)を中心に大小取混ぜて順不同でご紹介する。ヒトについては、山陽新聞の特集にあるので省略。

○国際医療ボランティアAMDA(本部・岡山市)
○千古の時を経た備前焼(日本の六大古窯の一つ)
○桃太郎伝説
○生誕百周年の木下大サーカス(故・元社長木下光宜氏は高校柔道部の2年先輩)
○国産ジーンズ(倉敷市児島)
○温室マスカット(岡山市津高)
○清水白桃(岡山市一宮)
○カラオケボックス
○青汁(家内の親友の叔父遠藤仁郎博士が昭和18年に製法を考案)
○山田耕作編曲による中国地方の子守唄(井原市高屋)
○畳表の原料になるイグサ(倉敷市)
○浄土宗の宗祖法然
○臨済宗の開祖栄西
○金光教(浅口市金光町)
○黒住教(岡山市)
○日本で最初の海水浴場(倉敷市沙美海岸=岡山で最初の人工海浜)
○100円ショップダイソー(発祥の地は広島だが、私の親友Kが岡山に誘致)
○幻の酒米・雄町(おまち)米(岡山市雄町=わが隣町)
○世界で初めて空を飛んだ表具師浮田幸吉(1785年、岡山市京橋)
○日本最初の西洋美術中心の私立美術館大原美術館(倉敷市中央)
○企業では中国銀行、ベネッセ、イーオン 、林原、カバヤ食品、紳士服はるやま、OG技研… 
○日本でのストローの始まり(明治34年頃、浅口市寄島町=麦わら帽子の生産が有名だが、同原料からストローを発明)

 いずれも岡山を発祥の地として日本全国、世界へと情報発進して普及・発展したものばかりだ。偉大な先人たち先見の明と傾けた情熱に敬意を表する。
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野菜作りあれこれ

2006-10-15 09:44:41 | 農事
 昨日半日で一気呵成に仕上げた畑は準備万端。今日は夕方から冬野菜の種を播こう。白茎畑菜、葉だいこん、大葉春菊、ほうれん草、青首大根、絹さや豌豆、アラスカ豌豆の種を用意した。

 ほうれん草などは、これから播き時を少しづつずらして、来年の5月中旬まで収穫できればと考えている。
 9月初旬に、植えつけた馬鈴薯と播いたネギは、倅宅の畑で順調に育っている。

   
   準備万端の畑。稲刈りは10月28日の予定

 この間からカイワレ作りにはまっている。庭のプランターに次いで、並行して食卓で水栽培してみた。播種して1週間でご覧の通り、食べごろを迎えた。

 カイワレを使ったレシピは何でもあり。吸いものに入れてよし、洋風・和風・中華料理いずれの上置きにもOK。御浸しにしても美味いが、熱に弱く、加熱するとビタミンCが流失するので肉料理や魚料理の付け合せに使うかサラダがベストのようだ。

 種を播くだけ、簡単手軽に出来るのが魅力だが、こうして日々ぐんぐん成長する様を間近で愛でながら楽しむ。これなら一挙両全だ。

   
   食べごろの食卓のカイワレ
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スローライフ

2006-10-14 20:12:21 | 暮らしと生活
 「私どもの来し方は、いささか駆け足の人生ではありましたが、これからは少し歩調をゆるめ、そろりと進んで参りたい…」と、長男の結婚披露宴の挨拶で誓ったはず。私が47歳の時だった。

 あれから11年になるが、一向に歩調をゆるめていない。48歳でじいさんになり(これは自分のせいではない)、55歳で定年を待たず退社と急ぎ足でここまで来た。

 そもそも私は22歳で結婚したのだが、この年の3月、4月には「卒業・結婚・入社」の人生三大イベントを一遍にこなした。と言うことでスタートが他人様よりやや早かったことにもよるが、加えて生来のせっかちが影響しているのかも知れない。
 現役時代にも「(廊下ですれ違いざまに)omotannさんはいつも駆け足ですね!」と言われたこともある。歩く姿も急ぎ足だったようだ。

 昔「狭い日本 そんなに急いで何処へ行く!」という交通安全のキャッチコピーがあった。セカセカと生きても一生、のんびり生きても一生。同じ一生なら生き急ぎせず、も少しの~んびり生きてもいいのでは、と改めて思う。
 と言いつつも、今日も昼から畑仕事に精を出した。冬野菜を播種するのは11月末まで間に合うので、2~3日に分けてやればいいものを、半日で片付けてしまった。
 のんびり!の~んびり!

…………………………………………………………………………………………
<反省>
8月5日の小欄で「スローライフの勧め」を書いたばかりでした。2カ月経ちましたが進歩のあとがありません。
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ワタリガニは空振り

2006-10-13 20:46:01 | グルメと料理
 瀬戸内海でカニといえばワタリガニ(ガザミ)のことをいう。これから冬にかけてが旬である。秋の味覚の代表で絶品。
 今日はそのワタリガニを求めて、岡山県西部に位置する浅口市寄島町を目指した。寄島町は古くから漁業の町として栄え、今でも海の幸に恵まれワタリガニは、町の魚ともなっている。

 かつて仕事で通い慣れた道なので、倉敷市からずっと海岸線を走った。途中、ブログ仲間のmariさんがお住まいはこの辺のはずと思いを馳せながら…。
 ほどなくして寄島の港には着いたものの、いくら見渡してもカニを売っていそうな所は見当たらない。何度か来たことのある寿司屋とか小料理屋はあるのだが、漁協には人気もあまりない。この辺りには道の駅のようなものもない。
 認識不足だったが下津井漁港と同じで、水揚げされた魚は市場へ直行し、小売はされてないようだ。

 因みに帰宅してからネット検索したら、「よりしま海と魚の祭典」は毎年12月第1日曜日に開催される。このイベントでは、町特産の海産物を割安で販売するほか、一般客が参加できるワタリガニ、スズキ、チヌなどのミニ競り市、ダイナミックなマグロの解体実演など活気あふれる催しだそう。

 帰り道には聖僧良寛が修行した寺「円通寺」を中心にした円通寺公園がある。これまでいつも素通りだったが、せっかくのチャンスなので立ち寄った。園内の写真はこちら。 傍には国民宿舎「良寛荘」があり、共に高台なので玉島市街が一望できる。遠くは瀬戸内海を隔てて四国が見渡せる。これだけでも来た甲斐があったというもの。

 しかし、一度起きた虫はなかなか収まらず、倉敷のショッピングモールに立ち寄り、
ワタリガニならぬロシア産冷凍ズワイガニと北海道の生サンマを求めて帰路に着いた。

   -玉島の風景-
   
   良寛像と円通寺本堂
   
   瀬戸内海を一望
   
   瀬戸内海でも有数の良港
   
   釣り糸を垂れる人
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