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巻機山の宿・雲天

2010-02-28 18:00:50 | 国内旅行と山歩き
 日本百名山の一つ新潟県・巻機山、この登山口のある清水にある山の宿「雲天」の世話になった人は大勢居るにに違いない。 僕たちも米子沢や割引沢の沢コースから、一般的な井戸尾根コースや白毛門からの尾根道縦走とコースや季節を変えてなんど訪れた事だろう。 そして下山後は清水の中央付近にあった山の宿「雲天」の座敷に上がり込んで蕎麦をすすり、ビールを飲む。 その時に面倒を見てくれた宿の父ちゃん・母ちゃんが今では少し下った場所に陣取って相変わらず「雲天」を営業している。 今日の午前中は津南雪祭りの宿を出た後、急に思い立って、というか・・・雪深い清水への道路も雪が消えていて簡単に入れると踏んで訪れてみたのです。

 まずはのバス停終点迄行って、旧雲天跡地で雪壁の写真をパチリ。 それから今営業中の場所に下っておそるおそる訪ねてみた。 玄関の戸を開けて声を掛けるとすぐの囲炉裏のある部屋から母ちゃんが立ち上がって顔をだした。

カカ: 「お前さん方、見た顔ではあるが、誰であったかな?」
僕達: 「以前よくお世話になった○△会の者です」
カカ: 「おー、そうであったか、まあ良く来た。 上がらっしゃい」

座敷に上がると、群馬県の高崎から来たと言う、数人の20代の男女の若者が丹前姿などで囲炉裏の廻りでくつろいでいた。
その客人達にも挨拶し、母ちゃんにも「久しぶりに顔見たくなったものだから、やってきました」とご挨拶。
カカ:「まあ、お茶でも飲ましゃい」 と言って、お茶と分厚く切った大根の漬物を勧めてくれる。
そうこうしている内に、父ちゃんも囲炉裏端へ入ってきた。 今年は80歳になるとか。
カカ: 「父ちゃんも癌で何度か手術したが、こうして生きている」
カカ: 「俺たちは百歳まで二人で、この宿をやっていかなきゃならないすけ、父ちゃんには”癌なんかで、簡単に死んでもらっては困る”と言って有る」 などと毒舌と言うか元気の良さと言うか、語り口は以前のままでありました。


若い頃の父ちゃんの熊撃ちの話し、雲天が清水を離れて営業を始めてからの、清水のあれやこれ。 話しは尽きないのだけれど、千円ポッキリ渋滞が始まる前に東京に戻りたい僕達はお暇して帰り道に着こうとしました。

 宿の母ちゃんは玄関先まで送ってくれて話しはまだまだ続きます。

カカ : 「幾つになったネ?」
僕  : 「66になりました」
カカ : 「まだ働いているかね?」
僕  : 「イヤ、一年前に・・・」
カカ : 「都会の人はそのくらい迄、働けばいいだろう」 
カカ : 「コッチの方の田舎では、働かなくなると、すぐにダメになるすけ、俺は百まで働くつもりだよ」
カカ : 「あんた方も百まで生きるんだよ!!、 また来て下さい、元気でね!」
 この前60歳の定年後に訪れた時には「まだまだ身体が動く内は働かないといけない」と説教されましたが、今回は「もう十分働いたようだから、遊んでも良いよ」と神様に許してもらった気分になりました。
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