蒲郡の竹島に八百富神社が祀られているのです。
海岸の上を 竹島まで橋で歩くことができるので 軽い散歩に出かけることもあります。
今日は雨で本格的に散歩するのは辛いので ここに。
すると 一応 神様を敬って 神社に礼拝すると 何故か涙が流れてきました。
とめどもなく 海にむかう間中 涙が流れてきました。
どうやら 海からのメッセージだったのかもしれません。
どうかしてたのか 帰りは全く流れなかったのですが
海に向かううちじゅう泣いちゃってました。
私の叔父は未だ戦場であったソナムから 遺骨が帰ることがありません。
叔父の父である祖父は 大学で医学を学んだ叔父を 大切に思っていたのにもかかわらず
戦死ならず 餓死でその命を失ったそうです。多くの人がそうだったようなのですが。
目の黒いうちは国旗を掲揚すべからずと 祖父は祝日にたびたび言っていました。
でも 祖父の診察室の引き出しには 黒塗りの玉と国旗がしまわれていたのです。
国を大切に思うが それゆえに その政治の成したことに怒っていた。
ということなのでしょう。
いまだ 帰らぬ人が日本中にいて その責任は国に 政治家にあったはず
わずかとはいえ指導者や司令官も あんな戦争でも生き残っていて
深い心の傷をかかえて いきていたと思うのですが 検証も
反省のうえの学習もなく 聞いたことも見たこともない歴史の空白となっています。
話しできないほどに 残念なことばかりですから 無理もありません。
元気よく話ができる人は 処遇がまだましだったかもしれないと おもっています。
当時 戦局の悪化に 苦渋の決断であったとあったとしても
勝つ国と負ける国 どちらかなのだから 早く負けを認めれば
あそこまでの時局にならなかったはず
ところが 負けないと決めていた。
どこか 似ていないだろうか そうおもうのです。
決めるときに 決めると そう決めて議会を運営したら
あの当時と同じではないだろうか。
押しとうせば 感謝されるようになるなどと 今までの政治を冒涜する発言に
驚きます 詭弁です。
法はできうる限り 安定性のあるものを据え
法にのっとって 現実をいきるのであって その後の熟慮と対策が
日米安保を 自衛隊の存続を支えるのであって 何故軍備にここにきてするのか
理解できません。
踏みとどまるべき時に立派に踏みとどまれば それは立派な総理大臣なのに。
安部ノミクスで得た票を すりかえて 自衛隊は国連の軍隊にしてしまう。
その後の検証を 話し合えないほど辛く 戦後の検証をきちんとしていなかったために
いまだ アメリカと武器を持って脅せば抑止力になるなどと
時代錯誤の政治家が総理大臣になってしまいました。
残念極まりない。
戦争に参加できない小さな国で 申し訳ないが 平和な時は身を呈して
災害救援しますので お願いしますで どこが悪い。
ふつふつと帰り道 考え込んでいました。
神社様はどうすればよいのかと お返事下さらないけれど 過去の うかばれない命の犠牲が
訴えてくるようでした。
海岸の上を 竹島まで橋で歩くことができるので 軽い散歩に出かけることもあります。
今日は雨で本格的に散歩するのは辛いので ここに。
すると 一応 神様を敬って 神社に礼拝すると 何故か涙が流れてきました。
とめどもなく 海にむかう間中 涙が流れてきました。
どうやら 海からのメッセージだったのかもしれません。
どうかしてたのか 帰りは全く流れなかったのですが
海に向かううちじゅう泣いちゃってました。
私の叔父は未だ戦場であったソナムから 遺骨が帰ることがありません。
叔父の父である祖父は 大学で医学を学んだ叔父を 大切に思っていたのにもかかわらず
戦死ならず 餓死でその命を失ったそうです。多くの人がそうだったようなのですが。
目の黒いうちは国旗を掲揚すべからずと 祖父は祝日にたびたび言っていました。
でも 祖父の診察室の引き出しには 黒塗りの玉と国旗がしまわれていたのです。
国を大切に思うが それゆえに その政治の成したことに怒っていた。
ということなのでしょう。
いまだ 帰らぬ人が日本中にいて その責任は国に 政治家にあったはず
わずかとはいえ指導者や司令官も あんな戦争でも生き残っていて
深い心の傷をかかえて いきていたと思うのですが 検証も
反省のうえの学習もなく 聞いたことも見たこともない歴史の空白となっています。
話しできないほどに 残念なことばかりですから 無理もありません。
元気よく話ができる人は 処遇がまだましだったかもしれないと おもっています。
当時 戦局の悪化に 苦渋の決断であったとあったとしても
勝つ国と負ける国 どちらかなのだから 早く負けを認めれば
あそこまでの時局にならなかったはず
ところが 負けないと決めていた。
どこか 似ていないだろうか そうおもうのです。
決めるときに 決めると そう決めて議会を運営したら
あの当時と同じではないだろうか。
押しとうせば 感謝されるようになるなどと 今までの政治を冒涜する発言に
驚きます 詭弁です。
法はできうる限り 安定性のあるものを据え
法にのっとって 現実をいきるのであって その後の熟慮と対策が
日米安保を 自衛隊の存続を支えるのであって 何故軍備にここにきてするのか
理解できません。
踏みとどまるべき時に立派に踏みとどまれば それは立派な総理大臣なのに。
安部ノミクスで得た票を すりかえて 自衛隊は国連の軍隊にしてしまう。
その後の検証を 話し合えないほど辛く 戦後の検証をきちんとしていなかったために
いまだ アメリカと武器を持って脅せば抑止力になるなどと
時代錯誤の政治家が総理大臣になってしまいました。
残念極まりない。
戦争に参加できない小さな国で 申し訳ないが 平和な時は身を呈して
災害救援しますので お願いしますで どこが悪い。
ふつふつと帰り道 考え込んでいました。
神社様はどうすればよいのかと お返事下さらないけれど 過去の うかばれない命の犠牲が
訴えてくるようでした。