われながら奇襲戦法がはまりました。まさかと思って....。これがバス釣りの醍醐味なんですかね。
詳細後日。感動多数。
「バスブーム」,といわれるものがたしかにあった。1995年頃,キムタクと糸井重里のTV番組がきっかけとなって,水郷でも爆発的に人が増えた。
しかし,その当時から今江プロが予告していた通り,最悪の結果を招いた地域もある。北浦ドック閉鎖などは今でも続いているしね。
だが,このバスブーム以前,タックルとしてのベイトリールはどうだったのだろうかと,いまだ所持している1990年のカタログを撮影してみた。
Bantam BeastMaster BBM-V。
このリールは当時琵琶湖仙人とよばれた佐々木プロのお気に入り,だったと記憶している。だが,興味をもったころ,たったの1年後の1991年には店頭になかった。
そこで情熱ある友人は雑誌の個人売買で購入していた。
しかし,それは憧れていたものとは違った。この当時のシマノはマグネットコントロールだったのだが,その磁石が2個足りない。さらには飛ばない。「5ボールでこれかよ」,という話になった。
そこで「グリス抜き」(灯油の中でグリグリ回す荒業)を行った。オズマも分解の難しそうなリールは当時このような荒療治をしていた。
そしてベアリングにCRC-666を注入。
甦ったかにみえた。しかし,今度は回転制御がほとんどできない。キャスコンを締めても・マグを最大にしてもバックラッシュする。
結局,そこから1年以上かけて,潮来釣り具を通してマグネットを追加し,ようやく普通の釣りに使えるようになった。だが,すでに時代はSVS間近。もう初代スコーピオンがデビューしていた。
そんな友人のリールはいまでも眠っているのだろうか。
次は,シマノとダイワの一騎打ち,といえるものだろうか。
シマノは,スピードマスターのマイナーチェンジ。
Bantam SuperSpeedMaster。
ストッパーは普通だし,回転がイマイチだった。
ダイワはこの当時すでにインフィニットストッパー採用。
圧倒的性能はこちらにあったように思う。
価格帯がほぼ同じであったシマノ・スーパースピードマスター2000とダイワ・TD-1Hiであったが,友人を見る限り圧倒的にダイワ支持だった。まだ覚えているが,マグでも性能がよければピッチングなぞ容易にできたものだ。
だが,シマノがこのまま黙っているわけはなかった。
それが「スコーピオン・プロジェクト」。まず,リールを代えた。初代スコーピオンの発売。そして,ロッド・BSRシリーズの徹底的な見直し。「遅い釣りと速い釣り」で商品展開し,92年発売のメタニウムXTがとどめを刺した,といえよう。
ここからは両者拮抗の戦いだったと思うが,とにかくシマノユーザーが目立って増えた記憶がある。オズマは最初からシマノだった(自転車で知っていたから)が,メタニウムXT以降,確実に状況は変わっていったと思う。
でも,時代の徒花となった「スコーピオン・エアロ」なども多い。いま売ると,かえっていいようなものもあるのだが....。
さて。いまは中古市場があるのでこれらのリールをさがすことも可能だ。しかし。シマノの2つは,クラッチもハンドルも相当癖があるので,現代の感覚で望むとおかしなことになるだろう.....。