この事件は許しがたい。しかしながら,この事件は『なつぞら』のような綺麗事で終わらない,過酷なアニメ制作現場を証左するものになる予感がする。
僕はアニメ制作の現場に居たことはもちろんない。だが,『ガンダム』『手塚治虫』に携わった人々の伝記を読む限り,けして綺麗事では語れない過酷な現場の姿はいまもって進行中だろう。これは想像に難くない。
手書きであろうとデジタルであろうと「先取特権」が「生き馬の目を抜く」世界でのサバイバル術である以上,アニメもまたつねに「パクリ,パクラレ」成長してきたものだ。したがって,犯人の「パクリやがって」は実像をわかっていないセリフであり,お門違いである。
しかし,NHKのいう「テロのような無差別攻撃」とは違う。明らかに犯人は「京都アニメ」に対して恨みがあり,攻撃を続けてきたことがわかっている。一般人を標的にしているのではないから「無差別テロ」ではない。
この問題は,『なつぞら』に対する僕の違和感に通じるものがある。具体的には次のとおりだ。
- 『なつぞら』では,過酷な現場が描かれていない。誰ひとりとして仕事のし過ぎで倒れていない。
- 『なつぞら』主人公の周りは「いい人」ばかり。
- 主人公が輝きすぎている(笑)。
3.については個人的な感覚でしかないが,1.については「サラリーマンである自分でさえ」と思うのである。実際,自分は「仕事のしすぎ(と思われる)」ことで病気になったのが,入社3年めが最初であった。十二指腸潰瘍である。異動先の現部署では1ヶ月もしないうちに腱鞘炎で,治療法を確立するのに6年。いや,その前に甲状腺腫瘍でも入院しているし,盲腸もオマケにある。
こんな程度の病気は,普通の社会人なら誰しも経験しているはず。ところが『なつぞら』は健康的な人ばかり。安彦良和だって富野由悠季だって手塚治虫だって「死にそうになるまで」仕事をしていた時期があるというのに,である。
犯人の「パクリやがって」は私怨でしかない。だから犯人を擁護などしない。勘違いも甚だしいのは犯人である。しかしながら,これでアニメ制作現場のブラックさが浮き彫りになればと思う。
日本の経済も法律も「人が死なない限り変わらない」ので,ご不幸にあわれた方々のご冥福をお祈りするとともに,アニメ制作現場の改善をなにより期待したい。まあ,犯人は死刑しかないが。