新年早々,標題についてオズマ的考察を行ってみよう。
私は本来アメリカ人だから,日本の教育問題には興味がなかった。
しかし,ヒューマ・ホシのような男,俺のライバルになるような男がその後ほとんど出てこないのはなぜだ
ちなみに,オズマ的には,
ライバルとは「互いに認め合い切磋琢磨するもの」である。馴れ合いの関係などではけっしてない。
そういうわけで,オズマとしてはさびしいのだ
。そう,ライバルが出現しないことに。それに最近は利己主義(オズマの故郷米国が本家かもしれないが
)が跋扈し,もう本当に教育問題を無視できなくなった。
そこで,文部科学省のHPを観て,資料にざっと目を通した。PDFの書式設定がめちゃくちゃで印刷するのに一苦労したが
。
唖然とした
。
この日本は,母国語より英語を優先するらしい。まったくばかげている。
だいたい,英語で授業をするなんて,オズマが大リーグボール右1号を打つのと同じくらい不可能だ
机上の空論だ。
だいたい,いま,高校現場で,なぜリスニング教材の商品などが使われているのだ
それは,先生も教えることができないからではないか。聞くことでさえも。話すことになったらもっと大変だ。
また,理科・数学は,この国では系統だって教えることをしないことになっているらしい。
もうこれは,米国の小役人以下だ。
いや,完全に「俺が変えたのだ」という自己満足で,現場の教師および生徒を困らせるだけのものだ。
なぜなら,きちんとした私学は,こうした一連の教育指導要領などハナから無視して,独自のカリキュラムにして,すぐれた教育実績(
大学合格実績などという短絡的なものではなく,「批判的精神」などを宿らせるためのもの)を上げていることで証明されるだろう。
しかもだ。
「理科・数学は先行実施をする」という。具体的な教材は,何でも文部科学省の役人共がつくるらしい。学者でもなく教育者でもなく,現場に立つでもない彼らがつくるというのだ。これでは,戦前の教育と同じである。いや,もっとわるいだろう。
なぜなら,いまの課程に一貫した「教育再生」の精神がないからである。数学のメッタギリはいまに始まったことではないが,行列を捨てて,また複素数平面を復活させることなど,まさしく方針がぶれている
。
とにかく一番いいのは,教科書検定制度を止めることだ。そうすれば,なにより自由な教科書ができる。選ぶのは教師であり生徒であるからして問題がない。入試との格差は昔からあるので,そこまでを教科書に役割分担させる必要もない。
この方策で一番いいのは,役人共の仕事を減らすことができることだ。彼らは「残業のための残業をする」ことが“居酒屋タクシー問題”で露見したが,まさに国家の一大事なのであるから,役人の小競り合いに国民を巻き込まないようにしてほしい。
まだ注文はある。
国会議員,とくに
参議院議員の最低知的レベル保証制度の導入が必要だ。
具体的には,大学入試センター試験で平均7割得点できない議員はそこで失格,また,センター試験受験を最低条件とすることが必要だろう。
なぜなら,タレント議員など,あまりにも不勉強な者が多すぎる。もちろん,オズマも不勉強だが,
彼らは「国民の代議士」なのである。そう,できない国民に代わって国政を行いますよ,という人間なのである。だからして,この程度の学力保証がないとオズマは日本にまだまだ居残ってしまいそうだ。
新年そうそうヒートアップしてしまった
。
オズマはこの業界に非常に詳しくなってしまった。黒人社会で生きてきた俺は,こうした社会にも馴染めるのだ。
サンキュー,ボス。