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Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2007年09月

2007-09-30 | Weblog-Index



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下馬評に至難な金科玉条

2007-09-30 | 文化一般
カタリーナ・ヴァーグナーの出馬で、様々な下馬評が流れている。11月の理事会では、全25票中、連邦政府が五票、バイエルン政府が五票保持しており、計十評はエーファ・ヴァグナーに決定している。その他、父親であるヴィーラントの血筋と叔母さんのフリーデリント血筋の双方から少なくとも二票が加算されて十二票が対抗馬の基礎票と書かれている。

一方カタリーナの属するヴォルフガンクの血筋は、同じく叔母さんのヴェラーナの血筋の票を計算できるのか、市や圏の支持を得ているのかは現時点では分からないと言われる。

先日の新聞記事では、同じく票を保持しているドイツ・ヴァーグナー友の会が、支持非支持で分断していると言うから、これも取り纏まっているとは言えない。

そのような理由で、指揮者ティーレマンだけではもの足りないとして、カタリーナ独自のトロイカ体制に第三の馬が用意されていて、カラヤンの下でベルリンの支配人を務めたあとマンハイムの劇場支配人となったクラウス・シュルツなどの名が挙がっている。

氏のインタヴュー番組は夏にラジオで流れていたが、近所に住む若者としてのバイロイトでの稀に見る体験を語っていた。特にクナッパーツブッシュの前世紀風の芸術家像は何にも況して、その後のカラヤンらとの仕事を通して余計に大きなものとなったと述懐していた。

まさに、音楽祭を運営するに当たって強い味方には違いない。それでもビューニンク女史は、最も理想的なのは、膨大なアドレス帳をもつエーファが組織を司り、斬新な発想のニケが芸術的推進力となり、先日もTV番組に出て大衆紙を賑すカタリーナが広報塔となればと、そして芸術は多数決ではなくて、誰もが不可能で有り得ないと考えることを思いつくことではないかと括っている。

この毛利元就のような発想は、実はヴォルフガンクの自叙伝にヒットラーの女友達である母親の意思として書いてある。それは、母親が大家となり二人の息子と交わした劇場の貸借契約書に、息子二人に同等の権利を与えながらお互いの欠点を補って、客観的な運営をして先祖と後継者に最も良い結果を招くような配慮をすると言う金科玉条としての意思である。



参照:
Wolfgang Wagner „Lebens-Akte“ – Vom Ende zum Anfang (S.179 ff)
オーラを創造する子供達 [ 文化一般 ] / 2007-09-24
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