Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

多面的な日本を旅行するとは

2010-04-16 | 
本日のバート・デュルクハイム日本週間は第二夜日本旅行観光紹介であった。この講演会も結構集まっていた。有料のものとして46人越えは十分であろう。冒頭だけ聞いていたが、さて評判は如何だったのだろうか?

ハイキング仲間が来ることになっていたので挨拶だけして来た。京都の四季の写真を一枚一枚みて説明していると色々な事に気がつく。彼女はカイザースラウテルンの日本庭園での茶会にも積極的に来てくれるので、この週間のプログラムを何度か体験すればかなりの日本通になるに違いない。

土曜日の弓道の体験会でも顔を合わせそうである。かなり通向きのプログラムもあるが、本物に触れる機会もあるので、女性の芸者趣味を通り越して、そこで何に気がつくか楽しみである。

芸術でも何でもそうだが、やはり本物や一流の人の行なうものを体験しなければ確信も出来ないであろう。そして本物こそ最も無駄が省けていて、容易にその本質が理解出来るということも往々にしてあるのだ。
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信販カードで押し売りする醸造所

2010-04-15 | 雑感
おかしな夢を見た。最後の落ちとというか、寂というかの盛り上がりの状況が大変不思議であった。

自宅の居間のような所でワインの試飲をしたいと話すのだが、人手がないからと渋々対応されるのである。それでもお客さんを連れてきていているので、無理にでも準備をしろという。

ワインのリストやらを探し出して、その埃のかぶったような紙を持ち出して、他のものに渡してと、まったく受け入れ態勢が出来ていないのである。

そうこうしている内に、これまら自宅の応接間のようなところで一緒に来ていた仲間に対して、何人かがかりで殆ど強制押し売りのような試飲が始まっているのである。

要するにつまらないワインに講釈をつけて結構な価格で売ろうとしている。そこで、こちらも急いで試飲を始めるのだが、遅れてはじめたので、此方が講釈をつけて一緒に来た仲間にそれについて語り始める頃には、売り手の方は注文を取り始める。

もちろんつまらないワインを高額で売りつけようとしているから、同行者達にコメントしようと思うのだが、売り手の方はその時間を与えずに売買契約を成立させて仕舞いたいようだ。

そこで急いで、土壌の話やら地所の詳しい区画などに話の矛先を向けて、時間稼ぎしようとするのだが、売り手は大変好い加減な回答でかわそうとする。すると此方も黙っては居れないので事情通として反論するのだが、埒が明かない。

いよいよ支払いである。流石に売り手は後ろめたい商売をしているだけのことがある、クレジットカードも銀行支払いカードも受けるような体裁を取りながら、マルイの信販カードしか受付ないと言うのである。これでは如何にもならないと思いながら魘されて眼が覚めた。



参照:
最近聞いてるCDと、極辛口ワインと。 (Weiβwein Blog)
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ボールを処理するのは一体誰

2010-04-14 | 雑感
大した仕事も出来ていないのになんとなく忙しかった。種を捲いたというか人に振ったことの反応が帰ってくるとそれを処理するだけでもやはり仕事になる。

もちろん自分がそれを全部やれないほどの仕事がそこで動いているのだが、的確に判断して一つ一つ先へ進めていかないといけない。マネージメントの常識ではあるが。

なにか日本政府は合衆国に対してボールを投げたとか投げ返したとか発言しているようだが、結局自分で解決しなければいけない問題にボールもなにもないだろう。

ヘッセン州のニーベルンゲンシュトラーセにある町でまたもう一度の茶会開催が決まった。二週間ぐらいしか時間はないが、まあ、なんとかなるでしょう。
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危なっかしいステンレスタンクの搬入

2010-04-13 | ワイン
ステンレスタンクが宙に舞っている。雨の中での作業は大変だろう。昨日は開催式中に雹が降った。山は雪になったようだ。今日は一日中ヒーター全開である。

ステンレスタンク、結構な買物である。嘗ては飛び込み用のような深いコンクリートの潜水槽で醸造しいていたのだが、流石に頭の痛くなるようなワインしか出来ないので投資に踏み切ったのだろう。

しかし、葡萄の木の手入れや手間のかけ方を見ていると、どれ程の意味があるのか大変疑問である。ステンレスタンクは金さえあれば設置でき、醸造所を新築してまでやろうとする割りに、外回りの投資が全く出来ていないようにしか思えない。

一挙に何もかも出来ないのだろうが、人件費の大きな人の動かし方の方が、こうした一回きりの箱もの投資よりも遥かに時間が掛かり苦労が大きい。そのあたりの姿勢が、やはり農協のワイン作りでは十分に明確で無いのは、指針とする自己基準がないからであろう。

折角の投資であるから成功してもらいたいとは思うが、自己資金率が十分に大きく無い限り、やはり結構危ないようにしか感じない。
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ワインところで日本週間開催式

2010-04-12 | 生活
本日はバート・デュルクハイムの日本週間の開催式があった。四月三十日まで続く。ジャパンファーンデーション後援の日本の四季の写真展を横軸に幾つかの催しが縦軸としてプログラムに組み込まれている。

当然のことながら地元の市長ルッツ氏とフランクフルト総領事重枝氏は欠かせない。前者の挨拶では、流石に世界最大のワイン祭りヴルスト・マルクトが東京でも開かれることが最後の落ちとなる。後者のそれは、嘗てハイデルベルクに留学中にワインの摘み取りを一週間手伝ったというお話が素晴らしい盛り上げで、この土地柄のつぼを押さえている。

日本庭園のスライドを使った庭園の説明はそれなりに関心深かったが、元々現地を知らない人には内容が難し過ぎたようだった。

飲みものはウングシュタインの農協から二種のワインの提供があって、半辛口のリースリングとメルローが皆に振舞われた。大したことではないが、無料の催物でこうして振舞われると、寄付金も受け取り易い。

ウングシュタインのワインの地所についてはここで改めて紹介するまでもないが、そのローマ人の選定眼と現在にも通じる豊かな地所に関してはより多くの人に知って貰う価値がある。

その後ミシュランガイドに2000年に選ばれた店に久しぶりに打上げの食事へと出かけた。今まで何回か利用しているが、日曜の混雑の終わったあとの時間帯で大変満足出来た。一つにはお呼ばれでシャンペンなどが振舞われたこともあるだろうか。狩人風子牛肉はなかなかよい胡椒味を出していて立派であった。

そのような店であるから思わぬ人に出会った。まさに死んだ筈だよお富さんである。まさかと思った人に出会ったのであった。



参照:
ワイン祭り『ヴルストマルクト』(Wurstmarkt) ゴールデンウィークにいかがですか? (ワイン好きが集まるブログ)
世界最大のワイン祭り『ヴルストマルクト』が日本初上陸。4月28日から 5月9日・六本木。 (ワイン男爵)
ワイン祭り概論-レジュメ 2005-05-28 | 生活
ワイングラスを皆で傾けて 2005-09-24 | 歴史・時事
グランクリュ解禁の秋の旅 2009-09-13 | 暦
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これで結構真剣勝負なのですよ

2010-04-11 | 試飲百景
木曜日にワインを追加注文して来た。二週間前に試飲して送ったものが気に入られたとかで追加注文となったのである。しかし、そのようなリストにも載せていない良いワインが今でも売れ残っていると思うのが端から間違いである。

月末までと私自身が確かめてあったが危ないと思いながら回収した2009年産ソーヴィニオン・ブランである。2007年まではメーヴェンピックに下ろしていたので、その存在すら知らなかったが、偶々通っていたので親切に奨めて貰ったのであった。それから毎年欠かさずに購入している。もし一年でも欠けたら夏が寂しくて仕方ないだろう。

なるほどリースリングと違って飲み慣れていないと、その価値観も全く異なるのでその価格と価値に関して判断するのは難しいが、だからこそ売り子は頑張って英語でその夏の楽しみ方までを教えて呉れていたのだった ― まあ、それも私の教育の賜物か?

試飲買い付けは、玄人ならもちろんであるが愛好家にとってもこのように結構真剣勝負なのである。市場原理が働いて一本十ユーロと大変高くなったがその生産量と相俟って一向に人気の落ちるどころか大量に購入する人が増えて来ている。強気の商売をされるとこちらも負けていられないで必至に手に入れようとする。そうした樽出しでありながら殆どアングラ市場があるからこそ、そのようなものを入手出来無い殆どの人のために大きな市場で商売できる商品にも波及効果として値がついてくるのである。

さて今年は甘みが酸に勝っていたソービニオン・ブランは夏の食事を楽しみながら改めて講評するとして、素晴らしい2009年産のリースリングについて逸早く報告しておこう。

二週間前の試飲ではゲオルク・モスバッハー醸造所には辛口はリッター瓶と新規獲得した地所ヴァッヘンハイマー・ケーニヒスヴィンゲルトしかなかった。そして今回とれとれのつまり瓶詰めしてまだ箱詰めされていない状態のリースリング二種を試飲出来た。

一つはフォルスト・シュティフトであり、一つはダイデスハイマー・モイズヘーレであった。特に後者は、砥石の汁のような粉っぽいミナラル質と強烈な酸のアンバランスが通人向けの味となっていて、通常の愛好家には敷居の高い地所からの本格的辛口リースリングである。だから私自身この地所のワインを自らの蔵に貯めたことすらないのである。そして2009年のこのリースリングの馴染み易さは一体どうしたことなのか?!

その原因については自分なりに考えている。一つは今年の特徴である酸の質感である。それは細かく、昨年度2008年のそれのような押し付けがまさとは対極にある引っ込み思案の酸の質が効を奏して最初のアタックを柔らかくしている。つまり本来の細やか過ぎるほどのミネラル風味の良いお膳立てになっているのだ。その反面、一種のカテキンのような苦味があるのだが、それが今年は酸と相俟ってウーロン茶のように非常に気持ち良いこなれたものとなっている。アルコールが12.5%があるとは全く感じられずに簡単に一本開けても全く酔わない、残らない。考えられないほど素晴らしい。少なくともこのように新鮮なうちは酸とバランスをとっている限りはとても素晴らしい。そして、このリースリングにおける酸はまるで「ひっそりと隠れる破傷風菌のように」分からないぐらいにとても長く後を引いている。

例えばそれを先日購入して満足したケーニックスヴィンゲルトと比較すると、その酸の伸びが異なるので、どうしても短いほうに苦味を感じる結果となっている。殆ど同じ価格となると間違いなくダイデスハイマーの方を選ぶだろう。

今年の傾向をここから更に占うと、この十年間で最も繊細なリースリングとなりそうで、酸・ミネラル・苦味・糖が綺麗にバランスをとると途轍もないビロードのような上質のワインである。不明な要素は、この酸の将来的な変化であって、現時点では2007年産の中抜けしたようなそれよりも遥かに上質なものとなっている。ここまで書くと、通人ならばどこの地所のどのリースリングが期待出来るか想像出来るだろう。

先ずは、今年は九ユーロの辛口リースリングは熾烈な競争である。そのなかでゲオルク・モスバッハーのそれはすくなくとも一年以内の消費に関しては全く他の名門醸造所に引けを取らないどころかCPで上回っている。

婿様が挨拶に来たので聞いてみた。

「昨年のハーネンビュールはちょっと違ったけど、特別な酵母とかなにかした?」

「そんなことはない。葡萄が違うだけなんだ」と仰る。そこに嘘はないとみた。「あれは斜面上部で冷たい風に洗われるから」との説明である。

「2009年度も味見したから間違いないね」と褒めておいたが、結局はああした小さな区画でそのテロアールを出すリースリングの醸造に専念する内に、その出し方が非常にシャープになってきたことが窺えた。

職人の腕の上げ方は、試行錯誤の内に己が認めることでそれがまた次ぎへの探求となる職人気質のそれでしかない。その意味から、2007年・2008年・2009年は試行錯誤にとても恵まれた三年であったに違いない。同じく挨拶に来た先代も満足そうである。

繰り返すようだが、ここ数年のドイツワインの進展は目覚しいものがある。当然ながらその基本にはVDPの協会の基本姿勢の確立と一度決まったレギュレーションの中で詰めて行く合理的な仕事振りがその背景にある事はいうまでも無い。そして2009年産は天然酵母醸造へも弾みがつきそうで、口やかましい客として、そうしたフィードバックが品質向上・市場拡大への一助となれればと思っている。



参照:
十時には飲んで、金曜日の一日 2010-04-03 | 試飲百景
定まった天の配剤の絶妙 2009-03-24 | 試飲百景
手に負えない大馬鹿野郎達 2009-05-17 | 試飲百景
夏時間の始まりに総括する 2009-03-30 | 試飲百景
評価本とはちと土壌が違う 2009-07-14 | 試飲百景
長夏の陽射しに期待する 2008-08-29 | 暦
古典に取り付く島を求め 2007-10-23 | 文学・思想
岩との戦い酸との戦い 2009-05-29 | 試飲百景
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全身の疲れに身の回りのこと

2010-04-10 | 雑感
短かった今週は身の回りのことに追われた。最終日はパンを取りに行くついでに一時間五キロほど歩けた。腹筋も足の筋も疲れているが、関節や腕の筋などが病めるのではないので心地よい疲れである。それでも全身が疲れているので精神的には今一つ冴えない。

昼前になって、バーデン・バーデンのプロムナードの近くに住む仕事上の友人から引っ越ししたとメールが入っていたので、久しぶりに電話を掛けた。引越しした距離は一キロにも満たないが今度は一軒家を借りたようだ。確かに前のアパートメントでは上階の子供がやかましいとか初めの条件とは異なると苦情していた。

また彼は、ギリシャに別荘を持っていたのだが、それは売却したという。十年ほど保持していただろうか。問題は隣近所の問題で、ギリシャ人が越して来てから問題となったようだ。既に飽きが来たことも事実だろう。自家用飛行機で一直線に飛ぶ訳でもなければ、車とフェリーで行くのは遠い。

購買希望者は英国などからもかなり居たようだが、結局ギリシャ人に売却出来て目出度しということである。その金で新居の内装工事などをしたと言うから、それはそれで良いのだろう。南ヨーロッパの全てを探し回っての選択であったようだが、どこでも同じような難しさはあるだろう。文化的に違い過ぎる面もあったろう。言葉も殆ど通じないことも大きい。だからフランスはどうかと勧誘しておいた。最近はドイツ人にはブリターニュが人気で、やはり彼も昨年の春に訪れたようだ。そんなこんなで、フランス語勉強の動機付けなどをしている。
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吃驚仰天リオハで復活祭

2010-04-09 | ワイン
復活祭は赤ワインを飲んだ。三本も立て続けに空けたのは初めてである。実は珍しく体が冷えた感じが強かったからである。今まで経験した事のなかったような血管が収縮する感じの血の道症である。一本目のオェールベルクは、2005年産で少々頭にきたので、翌日も残っていたのだが更に運動後にステーキをやりながらリオハを開けようと思った。

実は1997年産でお土産に貰ってからも十年ほど経っていたので、既に飲み頃を逃したと放って置いたのだ。丁度ダイエットを始めてBSE騒動から牛肉を押さえていた時期だったので、この如何にも牛に合いそうなこのスペインの赤ワインを開け損なっていたのだ。既に2004年には飲み頃から外されていた。

それでもリオハとしてはその辺りのスーパー売りとはちょっと違うと感じていたので大切に寝かしておいた。さて、開けてみて驚きであった。先ずは、リオハがこれほど繊細な赤ワインとは思わなかった。仕事帰りに空港で薦められて買ってきて呉れたようだが、本人も ― 彼はここでも登場したフォン・バッサーマン・ヨルダン醸造所のキーゼルベルクの良さを我々に再確認させてくれた張本人である ― タンニンが良く効いている血の滴るワインと了解していた。

それがどうだろう。寝かせすぎたのかタンニンはすっかり落ちているのだが、それに代わる綺麗な酸があって、薬草の繊細な香りが最高級シェリーの味の上に拡がるのである。澱も十分にあったが、それ以上にシェリー樽で熟成させたウイスキー的な透明感は凄かった。

ヴァロリアと呼ばれる屋号にもなっている地所は一ヘクタールしかないので、全部で25ヘクタール十三万本要するに平均39ヘクトリッターの収穫量となるなかでも、アルコール12.5%として十分に価値があった。

もちろん葡萄の品種はテムプラニッロを中心にキュヴェーとなっているのだが、謂わば土臭いボルドーのそれに比べてミネラル感の細やかさが、またブルゴーニュのピノノワールの難しさに比べて味の細やかさが利点になっている。立派なつくり方さえしていれば、両方のトップワインにも匹敵する以上のポピュラリティーがあるのでは無いかと思われる。是非旅行の節には探してみたいワインである。

前日のシュペートブルグンダーを肉にぶっかけて、この素晴らしいワインを飲んで、早速贈答してくれた本人に電話を掛けた。ワイン選びなどは、それも知らない土地の知らないワインを空港で試飲もなしに選ぶのは至難の技であるが、なんとなく感が働くのであろう。伊達にドイツの醸造所で試飲をしていない腕には感服した。それも情報通となると1997年などは普通ならば選び難いのだが、そうした情報に飢えていないから余計に良いものが手に入ったと言うこともあるかもしれない。

明くる日は、サンテミリオンの1998年産を飲んだが、開けて直ぐにはやはり広がって来ないので、それなりの準備をする必要がある。明くる日になって拡がったのを楽しんだが、リオハも明くる日になっても少しも崩れていなかった。ボディー感は細身でコンパクトなスペイン女性を想像させるが、なんと素晴らしい赤ワインであったことか。



参照:
試飲百景-深い香りの中で 2005-03-02 | 試飲百景
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二月・三月の秘密練習の成果

2010-04-08 | アウトドーア・環境
今年初めて外で攀じった。土もじめじめしていて壁もなんとなく湿気が多い。気温は摂氏二十度を越えていたが、岩肌がからっとするのにはまだ暫らく掛かりそうだ。

そのような按配で少し足元が不如意で自信を持てなかったが、四回以上60ユーロ以上室内壁に投資した分の価値は感じられた。ざっくり言うと昨年の最後の時点よりも粘りも馬力もあって、状態は良いかも知れ無い。要するに、今年も秋まで怪我無く続ければ ― 腕や関節の具合も、昨年から一ランク以上は上達するのが見えている。あとは、どこまで動機付けしていけるかである。

その一つに良いライヴァル関係があるが、昨年もパートナーを組んだミヒャエルが偶々来ていて声を掛けた。今年も彼とは秋にはザイルを組む筈であるが、もう少し一緒に練習することは無しに静かな対抗意識を燃やし続けて秘密練習を繰り返すべきか、ちょいちょいお手合わせするべきかと考えている。おそらく先方も色々と考えているだろう。

双方とも十分に練習できて来たるべき時に再会する形が最も動機付けにもなるが、さてどうだろうか?夏を迎えた頃までは、こちらももう少し秘密練習を繰り返したいと思っているのも事実である。

室内で登っていたお蔭でなにか手に力が入るようになったのは、十五年以上振りで、筋力が再びついてくる兆しだろうか?

しかし、五時から八時までのそれは室内以上に足にまで堪えたのは言うまでも無い。それは距離だけでなく、手掛かりを掴む力の違いなどだろう。



参照:
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災い転じてプレートを発見する

2010-04-07 | アウトドーア・環境
昨日の行軍については昨日触れた。高度差や距離に関しては嘗て走って下りてきた場所なので大したことはないのだが、下りに色気を出して間違って一つ先の谷ジンセンタールに下りて仕舞ったのが厳しかった。お蔭で裏山の土地感がまたひとつついたのだが、足も豆が出来そうになり結構つらいものがあった。

その過ちというか災いが転じて福となったのが、次に述べる地質学的な発見である。発見といってもディノザウルスを発見したのでもなければ、学術論文を発表するまでのことも無く、ただ断層の説明がなされているプレートを発見しただけだった。いつも近くまで行きながら全く気がつかなかったプレートで、まさに大発見であった。

断層が出ていそうな按配は谷を下りてくるときに気がついたが、案の定その通りで、雑食砂岩と黄土層との断層であった。説明を読むと、二百六十年前から一万一千六百年前までの氷河期に繰り返された寒期と暖期(現在よりも温度が高い!)の乾(寒)期にラインが涸れてその底にあった石灰など含んだ砂や塵がハイデルベルク方面の東風に乗って雑食砂岩に拭きつけて、層になったのがこの黄土層という。因みにダイデスハイムではこの層は八メートルに及んでいる。

そして寒暖の繰り返しが黄土層の色の変った層となっている。そして、その雑食砂岩層との縁、つまりプファルツの森の特にハールトの麓では侵食などによってその縁がきざぎざとフラクタル状態 ― それだけに谷の出口から出口へと戻ってくると途轍もなく長い道のりになるのだ ― になっていて、複雑で変化に飛んだ土壌となっている。

三十キロメートルに及ぶ各地盤の変動がそこに影響して、ライン底側は今も常に年に一ミリメートル!ほども沈下して行っている。つまり、この断層に観られるのは落ちて行く黄土層と雑食砂岩層との断層なのである。写真で見るように計器が付けられているのは、実際にこの箇所でも今でも断層が広がって行っているかどうかの計測が目的である。

そして更に面白いのが、その雑食砂岩側も例えば南ワイン街道やそのクライミングのメッカである地域の赤色と黄土色から白色のミッテルハールトのそれの相違について触れていて、その原因をライン底の地殻の割れ目から拭きあがった熱い水分の激しい化学作用であるとしている。それによって、ミッテルハールトでは、砂の中に含まれる酸化鉄の赤味が漂白されたのだとしている。

さて、ここまで書くとミッテルハールトのリースリングを多少なりとも親しんでいる向きには大変な情報の発見がある筈だ。まさにこの点が「私の研究課題」であるが、この断層があるのは丁度ダイデスハイムのヘアゴットザッカーの谷筋の上辺なのである。その通りである。ヘアゴットザッカーとエルスターを分ける川筋とウンゲホイヤーまでの間こそはとても興味深い土壌が点在するのである。石灰のハーネンビューエル、玄武岩の影響を受ける地所などかなりの広がった地域が一箇所の地所となっているが、今後ドイツワインのテロワールの顕著化に従って細分化が進むような感じがする。

また、砂岩における赤色の酸化鉄の問題は南ワイン街道におけるカスターニエンブッシュなどのロートリーゲンデス土壌を考える場合に大変参考になり、石灰土壌が堰き止められて溜まったゾンネンシャインの地所なども上の説明からその成り立ちが良く分かってくる。

追伸:日本では、緑家さんとラブワインさんがリースリングとピノノワールを中心に仮称「ミネラル研究会」を発足させようとする動きがあるようだ。私も特別会員にして頂きたいと思っているが、ミネラル研究会と呼ぶと何かおかしな石を高額で売りつける新興宗教の外郭団体に集まる歯石を貯めた胆石持ちの集まりのように聞こえるから面白い。
参照:
筆舌に尽くし難い夜 (新・緑家のリースリング日記)
土壌の地質学的考察 2006-05-09 | アウトドーア・環境
プァルツの真の文化遺産 2008-01-13 | ワイン
地質学的説明のルート解説 2009-03-05 | アウトドーア・環境
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満ちる生まれ変わる喜びの日

2010-04-06 | 
本日は朝から裏山に登り、予定以上の15KM越えを三時間少しで歩いた。朝は寒いほどであったが、天気は大変良くなり、暖かくなった。食事後昼寝をして、夕方になっても依然疲れが残っている。祝日中フランス語の勉強が出来ていないのが予定外で遺憾である。

それにしても昨日の復活祭第一日は素晴らしかった。嘗てはスキー場で迎えたことも多く、スキー学校に通っていたこともあった。それでも午前中の曇天と雨がちな天気ながら、今年の復活祭ほど理由も無く喜ばしく感じた年はなかった。

曇天で、肌寒い中を薄着で、パンを取りに行くついでに、いつものコースを五キロほど歩いた。森を進むと、風が吹いて、必ずしも、晴れやかなのではないが、綺麗に植林された森の足元の小さな緑が活き活きとして、どこまでも構成された世界が広がっていた。

青い空も覗かす、雲の動きは、決して淀む事は無く、なにがしらの進展を実感させてくれるものであった。

パン屋へ向う車の中では、宗教学を修めた宗教家が、一神教の世界での復活祭の儀式としての素晴らしい意味を力説していた。端的に言えば、ヴァイタリティー漲る新たに生まれ変わる喜びでしかないのである。生まれた時の第一声の気持ちの呼び起こしにも通じるものであろう。恐らく、陰暦の正月にはそうした共通の気持ちが生まれるのだろうが、立派に構成された復活祭のその気分には代え難い。

パン屋で、兎の何とかと書いてあるのを見つけて、「兎はどこにいる?」と尋ねたのだが、残念ながら既に売り切れていた。代わりに奨めてくれたのが、「兎の卵」を温める巣であった。

参照:
愛と食と生と職の説法 2007-04-10 | 暦
イタリア人より始末が悪い 2006-09-06 | 料理
危険な子ウサギ 2006-10-24 | 料理
デューラーの兎とボイスの兎 2004-12-03 | 文化一般
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全脳をもって対話(自問)するとは?

2010-04-05 | 
承前)バロックのアフェッティ(感情の表出)と方法に言及している。その前に、もう一度ルネッサンス音楽とバロック音楽と呼ばれるものの相違を、復讐しておくのも良かろう。ヘルヴェッヘ氏は、ルネッサンス音楽の神による成就で平衡した世界を挙げるが、もう少し音楽的に即ち音響物理的にそれを考えておくと都合の良い視点が確立出来るだろう。

物理といっても具体的にピタゴラスの音率などに拘ってはいけない。寧ろ、共鳴や倍音の音波の音響的な自然の摂理だけを頭に描けば良いのである。つまり、共鳴するものとしないものを考えて、既にルネッサンス期に生じていた長短の描き分けがバロック期に楽器の発展に伴い調性が確立したと捉えれば十分で、その他の律動などの要素はそこに付き纏う。

重要な例としてヴァイオリン属の楽器が17世紀に有名なクレモナなどで確立されていること ― 当然の事ながら具体的な楽器を挙げれば正弦波を思い浮かべる者もおらず、その楽器特有の基本振動を思い浮かべるだろう、同時に管楽器の発展、そしてオルガンにペダルが付け加えられていく過程などを挙げて置けば十分であろう。特に弦楽器の確立は、その演奏法と相俟って、調性感の確立そのものであって、更にスコルダーテなどの各弦の調性を変える事で全ての可能性が汲まなく試されたことでも分かる。また弦楽器の演奏は、運弓のフレージングによるリズムパタンやアーティキュレーションに深く影響を及ぼすことも明白である ― これに関しては今年になって安売りを注文したジョバンニ・フォンタナなどの曲が入っているCDでも確認できる。

それは、ヘルヴェッヘ氏がマタイ受難曲について触れると、「バッハの音楽の表現力を支える素晴らしく描き分けされていた、マッテゾンが描くそのものの調性感のお陰」となる。要するに、それはロマン派時代に呼ばれたような不協和音の増加とかの問題ではなくて、その後の平均率化する楽器の変遷に対しての当時の調性感の純粋性であったと読み変えても良いだろう。

それは、合唱のコラールながら調性の変化のみで、もちろん謳われる歌詞は変るが、その音楽の内容が変っていく移り行きの妙でもあり、それを進める挟まれるレチィタティーヴォの見事さでもある。そうした配慮があってこそ、指揮者として福音家が語る「弟子達はちりちりに逃げて行った」の言葉を受けて、次ぎの第一部の最終曲のテンポを早くすべきであると確信できることが素晴らしい。

これに関しては偶々目前の新聞で最初の十二拍子の二重コーラスのテンポによってクイケンとシャイーの新録音の聞き比べをして、メンデルスゾーンの編曲や現代楽器や古楽器などの演奏実践の研究と共にその演奏時間を比べる「一見科学的」な方法をビューニック女史は採っている。しかし、正直なところ快活であろうが跳ねていようが、独奏者で合唱を節約しようが、こうした「音楽的」な対峙の仕方はそのもの多感主義・ロマン主義から解放されていない聴態度でしかないことは述べた通りである。

それ以上にこの指揮者が素晴らしいのは、バッハの時代の世界と我々の住んでいる世界は全く違うわけであるから、― たとえそれをバッハ先生の講演会としても ― この大作曲家がその修辞法を駆使して描くそれの意味について確信できない部分もあると述べる正直さであろうか。

当然の事ながら作曲家が赤インキで書きこんだ部分への言及もするが、そうした図示で示唆している部分だけでなく、当時の平均的な聴衆にも理解し難いものも含めて、楽譜を見て音楽を実践する優秀な者ならばそれを伝えられるかも知れないがと自問している。

音楽的な詳細は、楽譜を眺めながらその綴り方を追って行くだけで、なるほどと思わせる例示の枚挙には暇がないが、それはこうした大曲の場合殊更、全体と部分、そして部分の運び方を細かく叙述法として見ていくことで、はじめて創作家の意図が見えてくる、言い換えるとそのように筆運びをさせる意図が、これまた重要なピカンデリの詩作の創造と共に浮かび上がってくるに違いない。

そしてそこで意図される事の本質は、プロテスタンティズムの本質である「対話」にある訳だが、例えばそれをルターの友人でもあったクラナッハの造形の意図する初期のそれと比較するとき、我々はその進展と深まりを感じないわけにはいかない。

その意味から、こうした音楽作品は全身を耳にして聞きこんでも、テキストに顔を付けて追っていてもなにも分からない。まさに「全脳をもって対話する芸術作品」なのである。

最初の質問と予想に戻れば、なるほど2002年の演奏会では諸事情から対話がスペクタクルになされたが、そこにトーマス教会のオルガンなどの史実に纏わる利があったとしても、それは本質的なことではないと確信できた。(終わり)



参照:
橋本絹代著、「やわらかなバッハ」について (私的CD評)
バッハ・コレギウム・ジャパン バッハ:「マタイ受難曲」(4/3) (ETUDE)
18 世紀啓蒙主義受難曲 2007-03-22 | 音
大バッハを凌駕して踏襲 2006-02-22 | 音
楽のないマルコ受難曲評 I (14.1-14.11) 2005-03-22 | 暦
保存資料の感情移入する名技性 2010-01-19 | 雑感
若手女教授の老人へのマカーブル 2010-03-19 | 音
いつまでも懲りない受難の人達 2010-03-28 | 生活
改革に釣合う平板な色気 2008-01-18 | マスメディア批評
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我々が被った受難の二百年

2010-04-04 | 
かなり老けたおばさんが相席をことわりにやって来た。お婆さんと表さずおばさんといったのは、その顔付きの鋭さと自我の強さを感じたからである。その後ろの席にはFAZ執筆のドイツで有名な年配の音楽評論家のおばさんの顔も窺える。

暫らくプログラムを覗きこんでいると、巾着袋を置いて飲みも飲み物を取りに行くと、「見ていてね」と頼まれた。そうこうしていると、受難曲の話となった。要するに、「ヘルヴェッヘの演奏実践はどう思うか?」ということになり、「2002年の演奏での二種類の異質な管弦楽や合唱団のそれはそれなりに効果を挙げていたが、本日はおそらく均質なものになるだろう」と予想を申し上げた。もちろん彼女の言後には、そのときの違和感があり、バート・ホムブルクでの教会での自らも歌えるような体験を対抗軸として語っていた。この対話はお互いに本質的な受難曲オラトリオへの姿勢を意識している事を示しているに他ならなかった。

それならば大バッハのマタイ受難曲への再三手を入れた取り組みは何だったのか?一体、ルターの教会とこれら受難曲との繋がりは何だったのか?我々が、大バッハの芸術として受け止めているそれは一体何なのか?と次々へと疑問が湧き起こるであろう。

奇しくも今回購入したバッハシリーズからの豪勢な装丁のCDには、それが当日の演奏会の音楽監督であるヘルヴェック氏によって詳しく触れられている。その基本的な考え方は、このBLOGにおいてバッハを語る時の私の立場と全く違わないだけでなく、同様の例示が述べられている。そしてその具体例として、音楽と詞の繰り返された学問上の論争が挙げられている。

つまり1606年のブルマイスター論文と1784年のシューバルトのその期間になされた、数学者マラン・メルセンヌの「宇宙のハーモニー」(1626)、アタナシウス・キルヒャーの「宇宙のムズリギア」(1650)、ヨハン・マッテゾンの「楽士長の御手本」(1739)、クヴァンツの「フルート奏法の指導試案」(1752)が修めたことである。それら貴重な議論がシュヴァイツァーやアンドレ・ピローは愚か二十世紀初頭のフィリップ・スピッタの「バッハとシュッツにおける受難曲」にすら全く活かされておらず、あまりにも叙述法の議論を無視した多感様式・ロココ様式からロマン派を経た、メンデルスゾーンやブラームスによるバッハへの視点から解放されるのは、アントン・ヴェーベルンなどのセマンティックな解釈を待たなければならなかったことで、音楽学上もそれに準じている事を示している。

要するに、ポリフォニー音楽がモノディーヘと進み通奏低音などのベースによってそれが恰も絵画のように(背景との)パースぺクティヴを持ち得たのは、トリエント会議においてそれまでのゴシック様式の厳しい多声音楽が、ジョスカン・デ・プレなどの活き活きとした音楽として人々を惹き付ける効果が要請されたためだとする。そうした社会的背景には、宗教改革によって危機感を募らせ ― そこに先に挙げたスペインのハプスブルク家やイエズス会の反動的な運動があり ―、それは音楽芸術ではラッソーなどに代表されるが、逆説的にプロテスタント陣営においてもシュッツやブクステーデを通して大きくバッハにもその影響を与えるとするのは先の記事で私見を述べた通りである。この指導的な音楽家が知識人でもある事はこれを読めば明らかだ。

更にその議論を、18世紀の知識人でもあったバッハが当時の重要な教養であったキセロやクインティリアヌスの叙述術を研究していた事実からその本題に入って行く。しかしその前提としてこの指揮者は、「バロック芸術は、後の二百年間に及ぶエポックとは異なって、あくまでも客観的な感情表現であって、主観的な感性とかなにかを表現するのではなく、そうした感覚的な表現によって聴者を挑発して、覚醒する客観性を意図している」と定義している。(続く)



参照:
復古調の嘆き節の野暮ったさ 2010-03-30 | 文化一般
保存資料の感情移入する名技性 2010-01-19 | 雑感
目の鱗を落とす下手褒め 2008-10-07 | マスメディア批評
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十時には飲んで、金曜日の一日

2010-04-03 | 試飲百景
朝九時半にダイデスハイムで待ち合わせた。いつもの様に駅前でお迎えである。しかし平日でフランクフルトからノイシュタットへの直行便があるので、週末より明らかに都合が良いようだ。

先ずは、フォンブール醸造所を訪ねる。今年はフライング気味に早めに行って、未だリッターリースリングしか購入していない。そこで、初めてグーツリースリングからモイズヘーレまで七種類の2009年産を一挙に試飲する。

先ず何よりも気がつくのは、2008年産と異なり、通常の開き方をしている事で、ヘアゴットザッカーよりもキーゼルベルクの方が早く出来上がっている。それでも2007年産のように特別に若い感じはなくて、どれも飲める程度に開いて来ている。グーツヴァインが8Gの残糖にアルコール11%しかない事がある意味特徴として表れているかもしれない。要するに開花時期のバラツキがこうした所に出ている反面、どれもこれも酸が肌理細かなので万人に奨められるリースリングとなっている。その典型が、砥石のようなミネラル質と強い酸でマニアックなモイズヘーレが「買える高級リースリング」となっている事で、今年からBIOワインに認定されているこの醸造所としては大成功だろう。

古い年度では、2008年産のウンゲホイヤーとペッヒシュタインの葡萄が混ざった収穫量を50hlまで落としているキュヴェーのF・Pブールも悪くはなかった。そしてウンゲホイヤーグランクリュが残糖感はあるものの既に飲めるようになっている。

急いで、次ぎのフォン・バッサーマン醸造所へと急行する。そこでは、改めて2008年と2009年産のキーゼルベルクを比較試飲して、ライタープファードの進展を確かめ、更に2007年産のホーヘンモルゲンを試飲する。やはり最後のグランクリュはステンレス熟成であろうがなんだろうが大したものである。2008年産のゴールトムスカテラーのアイスヴァインが2007年産よりも収穫量が少なくハーフサイズ瓶で六ユーロも高い事を知り、尚且つその酸の質から当然かと納得する。

さて次が本日のお目当てのゲオルク・モスバッハー醸造所である。土曜日が午前中しか開いていないのでなかなか落ち着いて試飲出来ないため、お客さんに態々平日にお越し頂いたのである。2009年産ではヴァッヘンハイマー・オルツヴァイン、ケーニクスヴィンゲルトそしてソヴィニオン・ブランを試飲する。特記しなければいけないのは、二つ目の地所で今年最初の発売となったリースリングである。一昨年までは、モーゼルのローゼンが貸借しているヴァッヘンハイムのL・ヴォルフ醸造所が所有していた地所で、昨年各醸造所に売り叩いた地所の一つである。出来は流石のもので、同じ葡萄から遜色の無いワインを造る腕は流石と感心させられた。以前は単体でまともな商品としては売られていなかったからだ。ローゼンが手を出しても、品質だけで無く商売上も決して良くならない好例であろう。

他にイエズイーテンガルテンも譲り受けたと言うから高級路線へと進んでいるこの醸造所としては大変エポックメーキングな獲得であろう。そこの葡萄は植え替えられたのでグランクリュが出来上がるのは数年掛かるだろう。それでも上のアップルフォート味などを見れば、新たな地所からのこの醸造所自慢の果実味溢れる新商品には期待を寄せずにはいられない。そのような立派さに2008年産のハーネンビュールやラインヘーヘがあり、双方とも高級リースリングとして立派に通じる商品である。

昼食を挟んだあと、今回試飲して購入に踏み切ったのが、一般的に獣臭さのエグミがある2007年産のシュペートブルグンダーで、カカオ風味などの味わいと深みを出させるのは流石というほかないのである。お婿さんの出身はピノノワールで有名なカイザースシュトュールである。

そして、とりにはビュルクリン・ヴォルフ醸造所で2008年産のウンゲホイヤーをはじめて試飲する。半分は天然酵母で醸造されたようで一昨年暮れには発酵が止まっていたようである。そのような理由で瓶詰めが大幅に遅れていた。なるほどまろやかさが、酸を包みこんでいるが、独特のミネラル成分が調和を放つ飲みごろになるにはまだまだ期間がかかりそうである。昨年の暮れに「驚くべき現象」を示していたカルクオーフェンも通常の新鮮なグランクリュに戻っており、五月に銀座で開かれるというワイン会に間違いないものを推薦するのは容易では無い。2005年のウンゲホイヤーもまだまだ角が取れておらず、このワインのミネラル成分の強さを改めて感じる。そこで奨められたのが意外な、2008年産のペッヒシュタインで、本来ならば長く寝かさなければ旨さが出ないこのワインが、その2008年の独特の酸の相俟って、新鮮さで十分に楽しめるのである。これには驚く。更に、2009年産は葡萄の状態が良い事から多くが天然酵母醸造となっていると聞いて、これまた五月の解禁が楽しみとなってきた。

四月の終わりに試飲会を開催する予定なので、是非ともその機会にはプリミエーとして2009年産を出して貰うように交渉しなければいけない。いずれにしても銀座で紹介して貰うリースリングとして、とれとれのケーニクスヴィンゲルトと、このペッヒシュタインは外せないだろう。



参照:
自転車操業中の聖週間のお慰み 2010-03-29 | 料理
今が素晴らしければそれで良い 2009-12-26 | ワイン
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ブルゴーニュ風味付けのアイロン

2010-04-02 | 雑感
今や世界で最もその家庭電化商品が注目されているのブルゴーニュの企業SEBグループの商品を購入した。火曜日に使用中のアイロンが燃えたからである。プラスチック部が溶け出した。理由は判らないが、十五年ほど使っているので断熱材が駄目になったのだろうか?

この度壊れたAEG社の商品PERFECT4040は、調べると40マルク以下だったような感じだが、マルクがそのもの二倍のユーロになった物価上昇からすれば至極普通である。カルクで目詰まりすることも全くなかったので新品同様で気持ち良く使えていた。但し、ワイシャツなどの白い部分に汚れが付くようになっていて、ステンレス面がテカテカニなって来ていて、先々月ぐらいに態々アイロン磨き紙を購入して掃除したばかりであった。やはり寿命が来ていたと考えても良いだろう。

その点今回購入したTファル社のFV 4570は色々な工夫がなされていて、特にアイロン面は丁寧なコーティングが売り物になっている。実際ワイシャツに糊付け部分をアイロン掛けすると綺麗に仕上がる。更に今まで持っていなかった蒸気拭き機能 ― 実際は付いていたのだが初めから今回のもののように激しく吹き出さなかった ― があるので早速試してすた。蒸気を掛けてスーツの皺が伸びたのでこれは大変助かる。

但し、そのデザインから腰が張り出していて、使用するアイロン台のアイロン置き場所が使い辛くなった。良く見ると、そこでゴムの緩衝体が汚れを付け、滑走面が傷む可能性があるので、無理してそこを使わないで、コルクの貼ってあるランチョンマットを裏返しにそこに固定して新たな置き場とした。

これで一応問題なく使える状態となったが、上の腰の張りが大きいために、アイロンを立てる時に普通以上に手首を返す必要がある。特に今日は昨日のクライミングの疲れがあって手首が廻り難い。おそらく女性の方が柔らかいので問題がないのであろう。女性の意見を聞いてみよう。

総じて、典型的なフランス商品で発想やデザインは良いが、ドイツ製の機能性やきれいな仕上がりとは大きく異なる。これで結構傷みながらどれぐらい使えるかが興味深い。すくなくとも十五年はもたないような気がする。送料込みで41,98ユーロが心理的に何年で償却するだろう?それ以上に、アイロン掛けがより快適なものになるかどうかも重要な観点であろう。
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