プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

斎藤幸夫

2023-10-14 12:33:19 | 日記
1965年
新聞で東京オリオンズのライン・アップを見て気がつくのは、近頃、ゴールデンボーイの山崎に代わってショートに斎藤というあまり馴染みでない名前が並んでいることである。殊にこの斎藤選手、左右の動きも敏速だしタマさばきも軽く守備のうまさは定評つきだったが、打力がやや迫力に欠けるというので控えのそのまた控え選手といった立場で一軍とファームを往復していた選手。ところが八月に入って遊撃の位置をまかされるや好守好打、打率も・261を打ち、なかなかいい線をいっている。東京は吉祥寺生まれ、桐朋学園という進学率のいい高校から早大入り、二年で中退してオリオンズ入りした、いわば無名の選手。体も1㍍73と小柄だし、温和な顔立ちをしているが、二年間の下積み生活で鍛えてきただけになみなみならぬバイタリティと根性の持主とみている。この目下、金の卵の代役をつとめている斎藤選手が契約金ゼロのテスト生で入団したというから世の中は皮肉なもの。中途退学した理由と言うのは父を小さいときに亡くし母一人に育てられましたので経済上の事情もあり、当時野球部内でゴタゴタしていて楽しい空気ではなく、いっそのことプロの世界でやってみようという決心でオリオンズのテストを受けてみたわけです」38年の秋の入団だからことしは3年目、22歳の油ののりつつあるところである。今シーズン、前半はファームの田丸コーチが下でみっちり打法を仕込まれたのが、大いにプラスになったという。体力のあまりない斎藤選手としては体重をうまく利用した、シャープなバッティングを身につけつつあり、これが打率上昇の一因となった。遊撃手といえば、すぐ吉田、広岡ときてしまうが、彼はあくまで誰というより個性のある自分なりの選手でありたい、と芯のある事をいう。座右の銘はわが歩む道はこの道の他なし。趣味といっても薄給の身でこれといったものはなく、テレビで歌謡曲を聴く事。好きなのは女心のバーブ佐竹。目下、立川市錦町にある自宅で母と弟の四人暮らし。ただいまの望みは価値ある選手になって給料を上げてもらうこと以外にない。

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石橋貢

2023-10-14 10:59:01 | 日記
1992年
石橋さんは、神奈川大から、昭和54年ドラフト外で大洋に入団。昭和63年5月28日の阪神戦では1試合3ホーマーという快挙も演じている。平成2年、須藤監督が就任してから出番に恵まれず、その年のオフ、ヤクルトへ移籍。しかし、昨年も一軍の出場はわずか1試合だけだった。引退後、現在は、横浜の「株式会社石材センター」に勤務する石橋さんだが、就職したいきさつがおもしろい。「うちの社長と大学の野球部の監督が知り合いで、石を扱う仕事ならウエートトレーニングになると思い去年のオフからバイトしていたんです。そうしたら野球を辞めることになって、そのまま居着いたというわけです」会社は、社名からもわかるように墓石をはじめ石材の販売、それに、道路や公園などの工事も請け負っている。「仕事の内容は工事部ということで、現場で職人さんの手助けと監督をしています」そのため、起床は午前5時40分。7時過ぎには会社に出て、工事が始まる8時前には現場に到着する毎日だという。「職人さんより遅かったら示しがつきませんからね。早寝早起きです」昨年の年棒は、1100万円。現在は「月給にして3分の1ぐらい」とか。夫人との間に男の子が1人。「生活は大変ですけど、いまの職場でしっかり社会勉強もして、将来は自分でなにかやりたいと思っています」

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幡野和男

2023-10-14 10:45:22 | 日記
1974年
法政二高の主将だった幡野和男氏(中堅手)は、阪神に入団した。一軍半的な存在で、三年目にケガで見切りをつけざる得なくなった。当時二十歳。退団して、タクシー会社の事務員になった。五万円の給料が二万円に下がったが、しようがないと諦めた。その後、義兄に子供服の卸商を始めるから手伝わないかと誘われた。現在では、そのキコ・フラワー株式会社(社員五十八人)の取締役営業部長の地位についている。「創業時代、同業者から叩かれても、私は絶対負けるかと思ったものですが、野球で培った精神ですね。夏になると、やはり思い出しますよ。あの栄光の場にいた経験は大きいと思います」

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高井準一

2023-10-14 10:33:17 | 日記
1974年
高井準一氏(二塁手)は中退して近鉄に入った。だが、田丸監督に徹底的に仕込まれたライト打ちがかえってアダとなり、二年間で退団。旅行代理店に一年、専売公社に四年間勤めた後、実兄が工場長を務める林精鋼に落ち着いた。スポーツのコーチも買って出ている。「野球の損得抜きの考え方は、会社でも役立っていますね。でも、今は野球とは縁なきサラリーマンですよ。柴田とか奈良とか根岸とか、今でも野球をやっている連中とは付き合っていません。会えば思い出すでしょう。つらいんです」

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中井悦雄

2023-10-13 22:05:30 | 日記
1971年
西鉄中井悦雄投手(28)は六日、福岡市天神の球団事務所を訪れ「給料を下げられてまで野球をすることはない。サラリーマンになって出直す」と退団を申し入れた。球団も中井投手の意向をくんで、慰留せず、同投手は自由契約選手となった。

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西川克弘

2023-10-13 21:35:33 | 日記
1964年
練習二日目、白石監督が始めてユニホームを着た。「やっぱりこれが一番いい」と野手組、バッテリー組の間を行ったりきたり。新鋭西川投手がもうカーブ、シュートをまぜて約70球投げた。西川は「六、七分の力」といっていたがつめかけた約百人あまりのファンはこの西川のそばから離れず、じっと静視。西川株は日ごとに上がる一方だ。

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山本義司

2023-10-13 21:35:33 | 日記
1965年
8時30分の男とはリリーフの神様・宮田(巨人)のことだが、パ・リーグにも9時5分の男と異名を取るリリーフ投手がいる。東映の山本義司投手がそれだ。東映の試合が9時近くとなると山本がブルペンに姿をあらわし、9時5分ごろ水原監督が山本に登板を命じて、ゲームを締めくくるというわけ。「山本のカーブは、スピードを殺さず曲がる。コントロールが抜群だから、リリーフにはもってこいだ」山本は30年大阪商高から東映入り。サウスポーの条件をフルに生かし、もっぱらリリーフに使われていた。多田コーチは山本の存在を高く買う。「球威という点で、彼は一流とはいえないかも知れない。だが過去11年間に、ボークを一つも記録していないのは、彼の観察力と注意力がすぐれているのを証明する。特殊兵器として使えば、まだまだ働ける」山本が、宮田を意識しているのはもちろんだ。リリーフ投手として最も大切なのは何か、山本は闘志を燃やして言う。「まず相手を初めから食う度胸、つぎにカーブのコントロールを整えること。三つ目はいつでも登板してもいいようにブルペンから敵のバッターを観察すること、ぼくの体力では完投するのは無理、巨人の宮田のようにリリーフに徹して、東映の切り札と言われたいですね」南海には大きく水をあけられたが、東映後半戦の立役者として山本は活躍するだろう。

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笹原恵通郎

2023-10-13 21:22:24 | 日記
1954年
大生相互の四番打者で四十試合にちょうど三割の打率をあげている。始めは桐生クラブにいたが、一年で解散になったため、大生相互に入社。大生相互として後楽園にもしばしば顔を見せ、力強いフォームはまったく頼もしい限りだ。彼の得意のボールは低いのが好きで、小細工抜きに大きくブルンブルンと振り回している。体格五尺七寸五分、十九貫と立派で、大打者としての素質は十分に持っている。守備は少々大雑把なきらいはあるが、動きはいいから、これからの練習次第である。

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山中賢次

2023-10-12 22:18:33 | 日記
1982年
鳴門商の山中賢次投手(17)が阪急に6位指名された。知らせを受けたのは午後四時前。山中は佐藤部長、浦田監督とともに校長室で「指名されたことはうれしいけど、プロ入りする気はなかったので…」ととまどった表情。夏の徳島大会後、阪急を含む8球団から氏名のあいさつがあったが、その後「まだまだプロでやっていく自信がない」と社会人入りを希望。すでに電電四国(松山市)入社が内定しており「これから部長、家族らと相談して決める」と慎重な構え。佐藤部長は「本人の意思に任せます」と話していた。山中投手は上分中時代はソフトボールの投手、鳴門商に入ってから野球をはじめ、183㌢、75㌔の恵まれた体格、強じんな足腰のバネで早くから期待されていた。二年の県秋季大会決勝で池田を2-0、四国大会でも帝京第五(愛媛)に完封勝ちし、選抜大会出場の原動力となった。下手投げ特有の浮き上がる球と切れのよいカーブ、落ちるシュートが武器。また四番打者としてパンチ力は十分で、打撃面でも素晴らしいものを持っている。浦田監督は「体力的にもバランスがとれ、将来が楽しみな好素材。努力次第でまだまだ伸びる」という。

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田頭光男

2023-10-12 22:04:47 | 日記
1955年 

昔は捕手だったそうだが、投球にスピードもあり、なかなかタフなようである。自然に投げた球がスライドするらしいが、さして威力あると思われない。それよりもフォームを安定させ、力の配合に意をそそぐべきだろう。
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山崎剛

2023-10-12 22:04:47 | 日記
1979年
ドラフト外PL学園・山崎剛投手(18)=180㌢、76㌔、右投げ右打ち=の入団内定を発表した。同投手は無名ながら、近大付属中学校時代は軟式の近畿大会優勝投手。柔らかいからだから投げおろす将来性豊かな本格派投手。

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橋本政雄

2023-10-12 21:57:57 | 日記
1955年
昨夏甲子園大会で、中京中山(現中日)と対戦して、完敗を喫したので、その仇討をプロ野球日本選手権でもやろうと、大した決意、斗志で西鉄へ入団したという。真向上段から投げ込む速球と、ブレーキの大きいドロップはよい。性質は素直。また水戸っ子らしい頑張り屋である。頭脳の方も、三百八十人中主席を競ったほどのきれ味を持っている。他に特徴といえば、トンカツなら三、四枚ペロリといった大食だ。

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小林勝巳

2023-10-12 21:44:57 | 日記
1955年
北関東の雄、大生相互銀行のピッチャーだったが、同チームが解散してからは、殆ど練習らしきものをしなかったらしく、入団当時は太り過ぎていた。キャンプで一番シボられ、一貫五百匁痩せた。現在は五尺四寸、二十一貫だ。スナップスローのピッチャーで、意識して投げるスライダーがよい。球が軽いのが難点だ。

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金城鉄治

2023-10-12 21:26:59 | 日記
1983年
今春の沖縄キャンプ中に入団の決まった金城鉄治投手。初登板は5月28日の対近鉄11回戦(広島)だった。8対5と3点リードされた9回表に登板した金城は、エラーがらみで2失点はあったものの自責点は0。「負けのゲームだったし、テストのつもりで使ってみた。まあ、初登板にしてはよく投げた」と阿南二軍監督。球種は速球と落差の大きなカーブ。「コントロールに難があるし2、3年は体作りが先」というように一軍に目を向けるのは、先のことになりそうだ。練習だけで日々を送るよりは少しでも試合を経験させて、励みにしてほしい、というのが首脳陣の考えである。「伊藤、田中健ら、このところ1イニングずつだけど投げさせてみたんだが、みんなよく投げる」(阿南監督)。ルーキー、高校出の投手たちの今後の成長が楽しみである。

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井洋雄

2023-10-12 21:04:39 | 日記
1962年
広島をクビになった井洋雄投手が、濃人中日監督に拾われた。日鉄二瀬のエースだった彼が、なぜ陽の目も見ずカープから出されたか、これは手先で投げるフォームをなおされたからだ。ところがこれが失敗、カープの指導は理論上は間違ってなかったが、井の個性が死んでしまった。そこで濃人監督は、井のフォームをドラゴンズ入りと同時に元の小さなものに変えさせた。球は生き生きとして来、強い彼のリストがよみがえった。レギュラー・バッティングでも大活躍だが、今シーズン、井の変則投球がどれだけのものをいうか。同時に個性が大事か、理論が大事かの解答を見せるモデル・ケースとして興味深い。

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