心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

節分の日

2008-02-03 13:41:58 | Weblog
 きょうは節分の日です。広辞苑第5版で「節分」を調べてみました。「季節の移り変る時、すなわち立春・立夏・立秋・立冬の前日の称」「特に立春の前日の称。この日の夕暮、柊ひいらぎの枝に鰯いわしの頭を刺したものを戸口に立て、鬼打豆と称して炒いった大豆をまく習慣がある」。そういえば、昔、母親が玄関口でそんなことをしていた記憶があります。意味も判らず目に見えないものに対する恐怖心が育った頃です。別の説明では、「狂言の一。節分の夜に蓬莱の鬼が来て、小歌をうたい女を口説く。女は妻になると偽って、隠れ笠・隠れ蓑・打出の小槌をとり、”鬼は外、福は内”と豆をまくので鬼は逃げ去る」。これも面白い説明です。その豆を歳の数だけ食べる習慣もありました。でも、この歳になると、そんなに食べられません。
 ともあれ、季節の区切りでもあるので、今日は午前中、近くのお不動さんで行われた「節分祭(追儺豆まき式)」に出かけてきました。雪が雨に変わり肌寒いなか、大勢の人々が集まり、報道陣も詰めかけていました。政財界、人気タレントの方々から豆(落花生)をいただくのです。なんの用意もせず、デジカメを下げて行った私は、飛んできた10粒の豆をいただきました。
 ところで、話は変わりますが、きのうは3週間ぶりに京都に出かけました。在阪経済団体主催のお勉強会でした。今回は、同業他社ではなく異業種の会合に参加したわけです。同じ事象を違う視点から眺める方々との気持ち良いディスカッションは、ほんとうに楽しいものです。少し気取った会合の場より、その後の懇親会でお酒も入って、さらにパワーアップします。こういう「場」を、私はいつも大切にしています。
 帰途、ほろ酔い気分で四条河原町通りを歩きました。お買いもの帰りの家族づれ、若い恋人どうし、学生のグループ、着飾った女性たち、呼び込みのおじさん、それぞれの空間が雑踏のなかで蠢いています。30数年前と同じ風景です。違うのは、通りを走る市電がないこと。そんなことをぼんやり思いながら歩いていたら、音楽館清水屋の店先。学生の頃、よく行ったお店です。もちろん、当時はLPレコードがずらり並んでいました。今はCDとDVDに代わっています。ふらり店の奥にいくと、ドイツ・グラモフォンLP名盤100選(重量200gレコード)と題して、限定プレス版が置いてありました。枚数はさほど多くはなかったのですが、そのなかに「アルゲリッチ・ピアノ・リサイタル」をみつけました。半世紀前の1960年7月4日録音です。
 きょうは、このLPを聴きながら、過去と現在を行ったり来たりしながら、とりとめのないブログ更新でありました。 
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