雨の日の昼下がり、何気なくレコード棚を眺めていて、グレン・グールドの「ゴールドベルク変奏曲」に目が留まりました。グールドが22歳の頃の1955年録音盤です。その後グールドは50歳で亡くなる前年の1981年にも同じ曲を録音しています。
26年の歳月を経て、私たちはまったく異なる「ゴールドベルク変奏曲」を楽しむことができます。グールドの生き様がそのまま演奏に反映されているように私には思えます。
2枚組のレコードのもう1枚には、当時CBSのディレクターだったジョン・マックルーア(M)の取材を受けたグレン・グールド(G)の生の声が録音されています。題して「演奏芸術における感覚の拡張と発展について」。時折、グールドのピアノが入りますが、A面B面ともに英語で淡々と対話は進みます。
バッハの「ゴールドベルク変奏曲」で華々しく登場した若きグールドが、10年後にコンサート演奏を辞め、当時としては先端技術であるレコード録音およびラジオ、テレビなどの放送媒体のみを音楽活動の場としたことはよく知られています。
G「マーラーの第8番は、コンサートホールよりも、家庭で本格的に、しかも、しっとりとした気分で、しずかに、心をこめて聴いた方が、はるかに圧倒的な効果を創ることができるにちがいない」
M「君はコンサートのステージからレコーディングやテレビという電子的なメディアへ自発的に切り替えた」「多くの批評家は、この種の行為を、良心的に認めがたいことだという」
G「彼らは何かたくさんのごまかしが行われていると感じるんです。もちろん、レコーディングというものは、きわめて綿密に継ぎ合わされているテープの断片を集めたものからできているんですからね。①指のミスなど不正確なものを取り除くこと②もっと重要なことは、集めた個々のテープを組み合わせて一つの統一したものにまとめあげること」
コンサート会場に行かなくても家庭でレコードやラジオ、テレビを楽しむ時代がぼんやり見えてきた黎明期のお話です。今日では、当たり前のように、高度なデジタル技術を駆使した素晴らしいCDやデジタル音源が街に溢れています。音楽の楽しみはいろいろあっていい。私も来週末は、久しぶりにシンフォニーホールに出かけてきます。
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そうそう、昨日、NPOの帰りにジュンク堂書店に立ち寄った際、発行されたばかりの文春文庫「精選女性随筆集『須賀敦子』」(川上弘美選)に出会いました。
真新しい帯には、イタリアを愛し稀有な人生を歩んだ彼女の、魂の旅路を辿る名随筆とあり、漫画家文筆家のヤマザキマリさんの「あらゆる感情と丁寧に接し、言葉という品格をまとわせる。そんな須賀敦子の、深く、しなやかな知性がここに象られている」という言葉が記されていました。ヤマザキマリさんと言えば、今年5月に読んだ漫画「プリニウス」の作家でもあります。
三部構成になっていますが、いずれも「ミラノの霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」「ヴェネツィアの宿」「トリエステの坂道」「ユルスナールの靴」などの須賀さんの作品の中から選りすぐりの章が散りばめられています。帰りの満員電車の中で、優先座席に座って須賀敦子の世界を彷徨うお爺さんとなりました。
グレン・グールド、須賀敦子、南方熊楠、鶴見和子、空海、村上春樹、塩野七生、トーマス・マン.....。私の本棚に並ぶお歴々を見ると、何やら破茶滅茶な読書歴が浮かんできます(笑)。