rock_et_nothing

アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

食にツキのない一日

2018-11-11 22:51:55 | 食べ物たち
用事を足しに、一日外に出かけていた。
天気は爽やか、木々も色付き始め、ドライブにはこの上ない。
けれども、食には恵まれなかった。
何かと物入りで激しい金欠のため、食事は最低限度、おなかを満たす覚悟ではいた。
だから、お昼はスーパーに出店しているベーカリーのパンを買い、食べることにした。
大好物のパン・オ・ショコラ、一口かじると何の抵抗も感じない。
これはどういうことかと断面を見ると、見事なまでのデニッシュ生地の巨大な空間が、そこに広がっている。
驚きとともに、これほどの空間を確保できる技に感心したくらいだ。
しかし、サービス価格の100円なので仕方がないと諦めもついた。
片やもうひとつのクロワッサンサンドは268円、本体の半分ほどの切れ込みに、薄いハムと薄いチーズをふんわりと折り挿んであり、これにはいささか残念間が否めない。
つまりどちらもエアリーな食べ物で、私は空気でおなかを満たしたらしい。
さて、夕食は、おなかが減ると頭痛が起きてしまう家人にあわせ、早めでしかも店を物色している余裕はなく、30年以上も続いている某チェーン店に入った。
かつて2度ほどこのチェーン店で食事をしたが、私にはそのたびごとに失望感しか残らなかったので、10年ぶりの挑戦だ。
ああ、しかし悪い予感は裏切られることなく、おそらくこれが最後の利用となるだろう。
たぬきうどんの揚げ玉は、細かく粉砕されていて、うどんの上に広がったその光景はまるで、とてもココには形容できない状態。
味は、どうにか普通だと思うけれど、最初の見た目は食欲をゼロ以下に急降下させるものだった。
家人も元小さい人も、もったいないから頑張って完食はしたけれど、それぞれ注文したものは、言わずもがなのものだった。
食は生きていくうえで切り離せないものだけれど、生命維持だけではなく楽しみ味わうものだろう。
ただここの店では、とりあえずのカロリー補給といった面持ちで食事をする場所なのだと思われた。
今、特に地方都市では、手ごろに美味しい食事を提供できる店がかなりの勢いで淘汰されている。
自動車を停められる駐車場を完備して、どこでもわかりやすい商品を提供できるチェーン店が、そういう店を追いやっているともいえるけれど、消費者が知っているところならば安心と、食への好奇心をある意味なくしてしまっていることもあるだろう。
所謂メディアにのってここが美味しいとうたわれたり、新作メニュー特集など組まれたりすると、ついそれに流され、身近にある地味だけれどもよい店が、見向きもされなくなっているのではないか。
こうくどくど書き連ねている未練がましい私ではあるが、あまりの残念さがまだ癒えないせいなのである。