泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
なんとなく分かっていた。
シグマの延び延びになっている相談はサブカル研究会のことだ。
で、その相談が延び延びになっているのは、ハワイからやってきたお祖母ちゃんの相手をしていたこともあるんだろうが、俺に相談しても満足な答えが出てこないと予想しているからだ。
なんせ、俺はまだ『君の名を』をクリアーしていない。それも分かっているから切り出さないんだ。一見不愛想なΣ顔だけど、あれでなかなか気配りの奴なんだ。
春休みに入ってしまうと学校で会うこともなくなる。休み中に、わざわざ連絡して人と会うのはハードルが高いだろう。学校なら、昼休みの学食に居れば100パー会えるしな。とにかくやっつけないと……。
カチャリ
二年ぶりに部屋の鍵を掛ける。
二年前もやったな、正確には鍵を掛けさせられたんだけどな。
高校受験が終わった直後に風邪をひいてひっくり返ちまった。
38度の熱がやっと7度台に下がった日に、小菊が友だちを呼んで女子会をやることになった。
「あんたが熱出す前から決まってたことなんだからね」
そう言って小菊は俺が部屋から出てくるのを許さなかった。
「トイレ以外は出ねえよ!」
きっぱり言ったけど聞くもんじゃねえ。
「無駄に部屋の多い家だから間違って入っちゃうことってあるでしょ」
「だったら『兄貴の部屋につき入るべからず』とか札掛けときゃいいじゃん」
「そんな恥ずかしいもの掛けられるか! どんな家かと思われるわよ。だいいち、そんなもん掛けたら、あんたが居ること丸わかりじゃん。それに、入るなって言われたら、人間は逆に興味もっちゃうもんでしょ『小菊の兄貴って?』とか『どんな兄貴?』とか! いい、ぜったい姿見せないでよね。見せたら殺す!」
そもそも部屋にこもるということが不自然だ。二年前は風邪って、いちおうの納得はしたけどな。
いまの俺はピンピンしてる。
俺は人の気配が好きな人間で、みんなと一緒のリビングに居ることが多い。
松ネエが来てからは店で過ごすことも多くなったしな。
それが数日の間、部屋に鍵まで掛けてエロゲに没頭しようというんだ、それ相当の理由がいる……。
「えと、俺……今日から小説とか書くから」
そういう触れ込みで、俺の巣ごもりが始まった。
始まってしまった……。
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校二年
- 百地美子 (シグマ) 高校一年
- 妻鹿小菊 中三 オメガの妹
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校二年 雄一の数少ない友だち
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任