大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト・「GIVE ME FIVE!・3」

2021-06-19 06:59:46 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『GIVE ME FIVE!・3』 

 

 

 スーザンの代役で、地区予選は無事に最優秀。我が校としては十五年ぶりの地区優勝だった。

 ささやかに、祝勝会をカラオケでやった。

 女の子ばっかのクラブなので、唄う曲は、KポップやAKB48の曲になり、ボクはタンバリンを叩いたり、ソフトドリンクのオーダー係に徹した。

 スーザンは、この三ヶ月足らずで、新しい日本語によく慣れた。立派な「ら」抜きの言葉になったし、自分のことをときどき「ボク」と言ったりする。もっとも「ボク」の半分は、いまどき一人称に「ボク」を使うボクへの当てこすりではあるけど。スーザンの美意識では、男の一人称は「オレ」または「自分」であった。

 しかし、スーザンの歌のレパートリーも大したものだ。AKB48の曲なんか、ほとんど覚えてしまっていた。

 中央大会でも、出来は上々だった。

 最優秀の枠は三つあるので、地方大会への出場は間違いない!

 演ったほうも、観ていた観客もそう思っていた。部長のキョンキョンなどは顧問に念を押していた。

「地方大会は日曜にしてくださいね。土曜は、わたし法事があるんで!」

「ああ、法事は大事だよね」

 スーザンが白雪姫の衣装のまま、神妙に言ったので、みんな笑ってしまった。しかし、その笑顔は講評会で凍り付いてしまった。

「芝居の作りが、なんだか悪い意味で高校生離れしてるんですよね。高校生としての思考回路じゃないというか、作品に血が通っていないというか……あ、そうそう。白雪姫をやった、ええと……主水鈴さん(洒落でつけたスーザンの芸名)役としてコミュニケーションはとれていたけど、作りすぎてますね、白雪姫はブロンドじゃないし、外人らしくメイクのしすぎ。動きも無理に外人らしくしすぎて、ボクも時々アメリカには行くけど、いまどきアメリカにもあんな子はいませんね。それに……」

 審査員のこの言葉にスーザンは切れてしまった。

「わたしはアメリカ人です! それも、いまどきの現役バリバリの高校生よ! チャキチャキのシアトルの女子高生よ!」

「まあ、そうムキにならずに」

「ここでムキにならなきゃ、どこでムキになるのよ! それだけのゴタク並べて、アメリカ人の前でヘラヘラしないでほしいわよね!」

「あのね、キミ……」

 そのあと、スーザンは舞台に上がり、審査員に噛みつかんばかりに英語でまくしたてた。アメリカに時々行っている審査員は、一言も返せなかった。史上で一番怖い白雪姫だただろう。


「そんなこともあったわね」

 渡り廊下から降りてきたスーザンがしみじみと言った。

「止めんの大変だったんだから」

「ごめんね」

「もういいよ」

 ボクは、傷の残っている右手を、そっとポケットに突っこんだ。でも、スーザンは目ざとく、それを見つけて、ボクの右手を引っぱり出した。

「傷になっちゃったね」

「ハハ、男の勲章だよ」

「傷にキスしてみようか。カエルだって王子さまにもどれたんだし。ボクがやったら、傷も治って、キミはいい男になれるかもよ」

「その、ボクってのはよせよ。日本語の一人称として間違ってる」

「ボクは、ボク少女。いいじゃん。この半年で見つけた新しい日本だよ。キミも含めてね」

「よく、そういう劇的な台詞が言えるよ。他の奴が聞いたら誤解するぜ」

「だって、ボクはアメリカ人なのよ。普通にこういう表現はするわよ。ただ日本語だってことだけじゃん……あ!」

 スーザンが有らぬ方角を指差した。驚いてその方角を見ているうちに手の甲にキスされてしまった。

「あ、あのなあ……」

「リップクリームしか付けてないから」

「そういうことじゃなくて」

「……じゃなくて?」
 
 気の早いウグイスが鳴いた。少し間が抜けた感じになった。

「シアトルには、いつ帰んの?」

「明日の飛行機」

「早いんだな……」

「見送りになんか来なくっていいからね……ここでの半年は、ちゃんと単位として認められるから。秋までは遊んで暮らせる。もちろん、大学いくまではバイトはやらなきゃならないけどね」

 アメリカの学校は夏に終わって、秋に始まるんだ。

「ねえ、GIVE ME FIVE!(ギブ ミー ファイブ!)OK?」

 ボクは勘違いした。卒業に当たって、女の子が男の子の制服の何番目かのボタンをもらう習慣と。で、ボクたちの学校の制服は、第五ボタンまである。なんか違うなあという気持ちはあったけど、ボクは返事した。

「いいよ」

「じゃ、ワン、ツー、スリーで!」

 で、ボクたちは数を数えた。そして……。

「えい!」

 ブチっという音と、ブチュって音が同時にした。

 ボクは、てっきり第五ボタンだと思って、ボタンを引きちぎった。スーザンは、なぜか右手を挙げてジャンプし、勢い余って、ボクの方に倒れかかってきた。危ないと思ってボクは彼女を受け止めた。でも勢いは止められず、ボクとスーザンの顔はくっついてしまった。クチビルという一点で……。

「キミね、GIVE ME FIVEってのはハイタッチのことなのよ! ああ、こんなシュチュエーションでファーストキスだなんて。もう、サイテー!」

 それから、一年。ボクもスーザンも、お互いの国で大学生になった。

 で、ボクはシアトル行きの飛行機の中にいる。手には彼女からの手紙と写真。写真は少し大人びた彼女のバストアップ。胸にはボクの第五ボタンがついている。スーザンはヘブンのロックを、同じ名前の母校の生活とともにパスしたみたいだった。

 シアトルについたら、スーズって呼べそうな気がする。しかしボクの心って、窓から見える雲のよう。青空の中の雲はヘブン(天国)を連想させるが、実際はそんなもんじゃない。

 前の四列目の座席で乗客が呟いた。

「あれって、積乱雲。外目にはきれいだけど、中は嵐みたいで、飛行機も飛べないんだぜ」

 同席の女性が軽くおののいた。

 ボクの心は、もっとおののいている……。


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