ライトノベルベスト
スーザンの代役で、地区予選は無事に最優秀。我が校としては十五年ぶりの地区優勝だった。
ささやかに、祝勝会をカラオケでやった。
女の子ばっかのクラブなので、唄う曲は、KポップやAKB48の曲になり、ボクはタンバリンを叩いたり、ソフトドリンクのオーダー係に徹した。
スーザンは、この三ヶ月足らずで、新しい日本語によく慣れた。立派な「ら」抜きの言葉になったし、自分のことをときどき「ボク」と言ったりする。もっとも「ボク」の半分は、いまどき一人称に「ボク」を使うボクへの当てこすりではあるけど。スーザンの美意識では、男の一人称は「オレ」または「自分」であった。
しかし、スーザンの歌のレパートリーも大したものだ。AKB48の曲なんか、ほとんど覚えてしまっていた。
中央大会でも、出来は上々だった。
最優秀の枠は三つあるので、地方大会への出場は間違いない!
演ったほうも、観ていた観客もそう思っていた。部長のキョンキョンなどは顧問に念を押していた。
「地方大会は日曜にしてくださいね。土曜は、わたし法事があるんで!」
「ああ、法事は大事だよね」
スーザンが白雪姫の衣装のまま、神妙に言ったので、みんな笑ってしまった。しかし、その笑顔は講評会で凍り付いてしまった。
「芝居の作りが、なんだか悪い意味で高校生離れしてるんですよね。高校生としての思考回路じゃないというか、作品に血が通っていないというか……あ、そうそう。白雪姫をやった、ええと……主水鈴さん(洒落でつけたスーザンの芸名)役としてコミュニケーションはとれていたけど、作りすぎてますね、白雪姫はブロンドじゃないし、外人らしくメイクのしすぎ。動きも無理に外人らしくしすぎて、ボクも時々アメリカには行くけど、いまどきアメリカにもあんな子はいませんね。それに……」
審査員のこの言葉にスーザンは切れてしまった。
「わたしはアメリカ人です! それも、いまどきの現役バリバリの高校生よ! チャキチャキのシアトルの女子高生よ!」
「まあ、そうムキにならずに」
「ここでムキにならなきゃ、どこでムキになるのよ! それだけのゴタク並べて、アメリカ人の前でヘラヘラしないでほしいわよね!」
「あのね、キミ……」
そのあと、スーザンは舞台に上がり、審査員に噛みつかんばかりに英語でまくしたてた。アメリカに時々行っている審査員は、一言も返せなかった。史上で一番怖い白雪姫だただろう。
「そんなこともあったわね」
渡り廊下から降りてきたスーザンがしみじみと言った。
「止めんの大変だったんだから」
「ごめんね」
「もういいよ」
ボクは、傷の残っている右手を、そっとポケットに突っこんだ。でも、スーザンは目ざとく、それを見つけて、ボクの右手を引っぱり出した。
「傷になっちゃったね」
「ハハ、男の勲章だよ」
「傷にキスしてみようか。カエルだって王子さまにもどれたんだし。ボクがやったら、傷も治って、キミはいい男になれるかもよ」
「その、ボクってのはよせよ。日本語の一人称として間違ってる」
「ボクは、ボク少女。いいじゃん。この半年で見つけた新しい日本だよ。キミも含めてね」
「よく、そういう劇的な台詞が言えるよ。他の奴が聞いたら誤解するぜ」
「だって、ボクはアメリカ人なのよ。普通にこういう表現はするわよ。ただ日本語だってことだけじゃん……あ!」
スーザンが有らぬ方角を指差した。驚いてその方角を見ているうちに手の甲にキスされてしまった。
「あ、あのなあ……」
「リップクリームしか付けてないから」
「そういうことじゃなくて」
「……じゃなくて?」
気の早いウグイスが鳴いた。少し間が抜けた感じになった。
「シアトルには、いつ帰んの?」
「明日の飛行機」
「早いんだな……」
「見送りになんか来なくっていいからね……ここでの半年は、ちゃんと単位として認められるから。秋までは遊んで暮らせる。もちろん、大学いくまではバイトはやらなきゃならないけどね」
アメリカの学校は夏に終わって、秋に始まるんだ。
「ねえ、GIVE ME FIVE!(ギブ ミー ファイブ!)OK?」
ボクは勘違いした。卒業に当たって、女の子が男の子の制服の何番目かのボタンをもらう習慣と。で、ボクたちの学校の制服は、第五ボタンまである。なんか違うなあという気持ちはあったけど、ボクは返事した。
「いいよ」
「じゃ、ワン、ツー、スリーで!」
で、ボクたちは数を数えた。そして……。
「えい!」
ブチっという音と、ブチュって音が同時にした。
ボクは、てっきり第五ボタンだと思って、ボタンを引きちぎった。スーザンは、なぜか右手を挙げてジャンプし、勢い余って、ボクの方に倒れかかってきた。危ないと思ってボクは彼女を受け止めた。でも勢いは止められず、ボクとスーザンの顔はくっついてしまった。クチビルという一点で……。
「キミね、GIVE ME FIVEってのはハイタッチのことなのよ! ああ、こんなシュチュエーションでファーストキスだなんて。もう、サイテー!」
それから、一年。ボクもスーザンも、お互いの国で大学生になった。
で、ボクはシアトル行きの飛行機の中にいる。手には彼女からの手紙と写真。写真は少し大人びた彼女のバストアップ。胸にはボクの第五ボタンがついている。スーザンはヘブンのロックを、同じ名前の母校の生活とともにパスしたみたいだった。
シアトルについたら、スーズって呼べそうな気がする。しかしボクの心って、窓から見える雲のよう。青空の中の雲はヘブン(天国)を連想させるが、実際はそんなもんじゃない。
前の四列目の座席で乗客が呟いた。
「あれって、積乱雲。外目にはきれいだけど、中は嵐みたいで、飛行機も飛べないんだぜ」
同席の女性が軽くおののいた。
ボクの心は、もっとおののいている……。