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最後の終業式といったら笑われるかもしれない。
だって、まだ二学期の終わりで、わたしは、まだ一年生。
最後という意味は二つ。一つは担任の樹里先生が産休に入るので担任を降りる。だから最後の終業式。
もう一つは……最後に言います。
樹里先生は、若いけどお母さんみたいな先生。一年から持ち上がりでラッキーと思ったら、突然の妊娠宣言。
わたしは知っていたけど、みんなと同じように驚く真似をしておいた。
「みんなも知ってると思うけど、あたしは独身です。いろいろ悩んだけど、あたしは一人で赤ちゃん産んでがんばります。反発する人もいるかもしれないけど、こういう女の生き方もあるんだって理解してくれると嬉しいです」
爆弾発言だった。中には泣き出す子もいる。
「先生……」
「なに?」
「あの……おめでとうございます!」
「ありがとう、樹里とは同じ名前だし、正直すごく親近感あった。樹里って、肝心なとこで自己主張しない子だから、ちょっと心配はしてたんだ。女だって、もっと自由に生きていい、言っていい……なんて、途中で担任投げ出すやつが言っちゃダメか!?」
「先生、強引だから」
「ハハ、性分だからね」
「体育祭のエントリー、もめたじゃないですか。だれもリレーのアンカーやりたがらなくて。で、先生、自分で全部決めちゃった」
「カッタルイのやでしょ。あたしが決めたら、文句はあたしのとこにしかこない……でもさ、あのとき、なんで自分でアンカーやるって言いに来たの?」
「ああ……あれ」
「あのとき別のことで相談あったんじゃないの。あの十秒ほどの沈黙で、あたし思っちゃったんだけど」
「あ……圧倒されただけです。先生目力あるから」
「ハハ、そっか。でもさ、あの時言うんだったら、ホームルームの時に言ってくれても、よかったじゃん」
「ま、いいじゃないですか、けっきょくリレーでは優勝できたんだから」
「だよね。樹里は、基本的にはできる子なんだよ。いろんなことに可能性がある。そういうとこ大事にしな」
けっきょく肝心なことは言えなかった。
――お母さん――
そう一言言えば、わたしの願いは叶う。
樹里先生は、難産になる。出産前に樹里先生は、お医者さんから聞かれた。
「母体が危なくなったときは、母体の方を優先します。それでいいですね」
樹里先生は、しばらく考え、涙を流しながら頷いた。
で、予想通りの難産になり、母子どちらかの選択になった。ご両親の希望。それに本人の選択もあった。
「母体を生かします」
その一言で、赤ちゃんは闇に葬られた。母体から取り出された時には息が無かったので、赤ちゃんは人間の扱いもされずに焼却された。
神さまが、憐れんでくださった。
「あの人の生徒として、仮に世の中に存在しなさい。クリスマスイブの十二時までに、あの人に『お母さん』と一言言えば、実在になり、本当の親子になれるようにしてあげよう。多少の混乱はあるだろうけど、そのことは、わたしに任せなさい。だいじょうぶ、チャンスは三回あげるからね」
神さまの言葉に従って、わたしは樹里先生の生徒になった。そして、運命のクリスマスイブ。
今度で三回目。以前の二回は言えずじまいだった。そして三回目。これで言えなければ、もうわたしにはチャンスが無い。もとのカオスに戻るだけだ。
わたしは、先生の家の前で、日付が変わるまで待った。クリスマスイブの終業式の夜。
ディンドーン……ディンドーン……
鐘が鳴り始めた。あの鐘が十二回鳴ったら、わたしは、この世から消える。
十回鳴ったときに決心した。あの人を道連れにしようと……。
三学期の始業式、わたしと英語の男の先生が居なくなった。いや、最初から存在しないことになっていた。
学校は何事もなく新春を迎えた。