巷説志忠屋繁盛記・18
……にしては若すぎる。
トモちゃんの確信は揺らいだ。
ロケの最初は、上野百合演ずる夢子が学校から直で夢中屋に帰ってくるところだ。
地下鉄の階段を駆け上がり、交番の角を曲がって店に突撃してくる。
「ごっめーん! ホームルーム長引いちゃって!」
言いながら上着を脱いで通学カバンといっしょに壁のフックに掛かっているエプロンと交換して、チャッチャと着替えている。
「……え、あ、それもあったんだけどね。ま、この時期の高校生っていろいろとね。今日のランチは……(ボードのランチメニューを睨む)トルコライスのボローニャ風。お父さん得意の国籍不明ランチだね……ううん、文句はないけど、お皿が増えるのがね……いえいえ、よっろこんでいたします!」
店の手伝いのため早く帰って来た夢子がプータレながら手伝いをするというシーンだ。
狭い店なので、最低人数のキャストとスタッフしか入っていない。
「相手役の役者さんて、お父さん役の人だけですか?」
ロケバス横がスタッフの控え場になっていて、そこのモニターを見ながらトモちゃんが指摘する。
「狭いから別撮りすんねんやろ」
「それもあるんですけどね……」
「すんまへんな、狭うて……」
「あ、いやいや、ちょっと仕掛けがあったりしましてね(^_^;)」
中川女史が額の汗を拭く。
「カットー!」
カメリハとランスルーを一発で済ませると、スタッフが照明やら音声のセッティングのやり変えに動き回り、監督は百合とお父さん役の役者に身振りを交えて説明を始める。
「了解しました、じゃ、着替えますね」
百合は、さっき挨拶に来た時とは違う真剣さで受け答え。そのクールな姿にマスターの目尻が下がる。
「孫ほど年下の女性にときめいたらあきまへんで」
チーフが突っ込む。
「じゃかましい、ええもんはええんじゃ」
「思うだけにしといてくださいね」
「手ぇワキワキさせたら、やらしいでっせ!」
「ほぐしてるだけじゃ」
「目つきがやらしいー」
「そっちが偏見の目でみるからじゃろがー」
志忠屋のメンバーで盛り上がっているうちに、ロケバスからお母さん役の女優さんが下りてきた。
「……じゃ、本番いきまーす!」
さっきよりも簡単にテストもリハーサルも終わって本番になった。
「え、掃除当番とか言ってなかったっけ?」
なるほど、お母さんの台詞は先ほどの夢子の台詞と噛みあうように発せられる。
別撮りにしてはめ込むようだ。
だが、いくら狭い店とは言え、夢子といっしょに撮ればいいのにと志忠屋の三人は思う。
――お母ちゃんもええけど、やっぱり夢子役の百合がええなあ――と、マスターは思う。
「カットー!」
監督の一言で本番の緊張が緩む。とたんに役者のオーラが役のそれから役者個人のものに変わる。
「お疲れさまでしたー」
キャスト・スタッフに声を掛けながらお母さん役が出てきた。トモちゃんは再びハッとした。
「あ、あ、貴崎先生じゃありませんか!?」
「え、あ……」
お母さん役がビックリして立ち止まる。
「わたし、坂東はるかの母でございます!」
え、え、えーーーーーー!
その場にいたみんなが、それぞれにビックリした。