巷説志忠屋繁盛記・20
マスターは外国人の友だちや知り合いが多い。
国別で言うとフランスが多いが、アメリカや韓国の他十か国余りになる。
そのくせ自分は外国に行ったことが無い。
「ひょっとして、パスポートを取得できない理由があるのかい?」
馴染みのフランス人が、客が居なくなるのを見計らってカウンター越しに聞いたことがある。
「ヤバイパスポートやったら持ってんねんけどね、(ΦωΦ)ふふふ・・・・」
とケムに巻いた。
そのケムが本当ではないかと思ってしまうことがある。
めずらしく客ハケの早かったランチタイム。
トモちゃんが早手回しにカウンターとテーブルの拭き掃除にかかろうとすると、お客さんが入って来た。
「いらっしゃいま……」まで言うと。
「えと、ディナータイムの予約に来ました」にこやかに返答が返って来た。
「マスター」と首を振ると、それまで居眠りしていたマスターがガバっと顔を上げる。
「お、これは湯田さん、めっちゃお久しぶりで」
そこから湯田さんというお客さんはペラペラと外国語で喋り出した。
――え?――
トモちゃんは英語とフランス語が喋れて、聞いて凡その意味が分かる程度ならドイツ語・韓国語・北京語もOKだ。
他の言語も、意味は分からずとも、ああ~語で喋ってるんだ。ということは分かる。
ところが湯田さんの言葉は分からない。
自分には日本語で話しかけてきたので日本人と決めてかかっていたが、その横顔を見ると、小柄ではあるが欧米系だ。
だが、その発する言語は聞いたことが無い。
「そうでっか……湯田さんも苦労しまんなあ」
マスターは、もろ河内訛の日本語で会話が成立している。
「……OK、ま、あのお方も来られることやったら大丈夫でっしゃろ、ほな、今夜19時から十三名様でリザーブさせてもらいます」
湯田さんは、嬉しそうに頷くと「お邪魔しました」とトモちゃんにも笑顔を振りまいて帰って行った。
「十三人も来られるんだったら、ヘルプで入りましょうか?」
「ありがとう、でも、オレ一人で間に合うから、トモちゃんは定時でええよ。今夜ははるかも帰ってくる日やろし。食材の買い出しだけ頼めるかなあ」
「はい、もちろん」
買い出しをしながらもトモちゃんは不思議だった、あの言語は何だったんだろう?
こだわる性質ではないので、買い出しの帰りには気にしなくなった。
「はるかが帰ってくるんだ、わたしもオデンの仕込みしなくちゃね」
トモちゃんは娘の好物のオデンの材料も併せて買った。
はるかは慣れない大阪で文句も言わずに適応してくれたが、ことオデンのレシピにだけは関東風こだわった。
関東風はちくわぶを使うこととスジ肉の使い方が違う。厳密には、それに合わせて出汁も違うのだが、今夜の出汁は、マスターが前もって用意してくれている。東京と大阪の二重生活をしているはるかには、こういうことが憩いになるだろうと力が入るのだ。
さすがに十三人分の仕込みは大変そう、チーフも法事で休みなので、トモちゃんは仕込みだけ手伝うことにした。