巷説志忠屋繁盛記・13
この物語は、かつての志忠屋にヒントを得て書いたフィクションです
タキさんは国鉄八尾駅のすぐ近くの植松町に住んでいた。
そのあたりの写真は写真集のあちこちに載っているのだが、黒歴史に満ち満ちているのでスルーしてきた。
「あ、これは……」
不覚にも目についてしまった。
渋川神社の境内の写真だ。
渋川神社はタキさんちの裏庭と言っていい、事実タキさんは自分の庭だと思っていた。
タキさんの近所の公園には遊具らしい遊具が無かった。
それが、なぜか渋川神社の境内にはシーソーや滑り台があって、近所の子どもたちの良い遊び場になっていた。
「なんで神社には、ゆーぐがいっぱいあるんやろ?」
四年生になったばかりの百合子は、夕べお父ちゃんと喋って「ゆーぐ」という大人言葉を覚えたので、滑り台のテッペンに立って呟いた。
「そら、おれの庭やからやんけ」
真後ろでコウちゃんの声が上って来たので、サッサと滑り降りる百合子。
そんなことはお見通しなので、すぐ後ろから滑り降りてコウちゃんはペッチョリとくっついて滑り降りる。
「いやー、もうコウちゃん、ひっつくのんイヤやーー!」
「よいではないか~よいではないか~(^^♪」
「もーお代官様みたいなこと言うてもあかん」
去年あたりからグッと大きくなったコウちゃんは暑苦しかった。
幼いころは、こうやってくっ付いて転がっているとケタケタ無邪気に笑いあえたのが、ちょっと変わってきたのだ。
たかが小学四年生なのだが、引っ付いてくるコウちゃんがうとましい。
でも、コウちゃんには通じなくって、滑り落ちた地面では暑苦しく覆いかぶさってきた。
「いや、え、あ……百合子、なんで泣いてんねん?」
「もう、うっさい! コウちゃんなんか、あっち行けーーー!」
そう叫んで、百合子は鳥居の方へ駆け出してしまった。いっしょに遊んでいた子どもたちはポカンとしている。
「ヒューヒュー女泣かしよった!」「エロの滝川やーー!」
日ごろタキさんに頭の上がらない隣町のガキどもが囃し立てる。
タキさんが仕切っているうちは遠慮しているガキどもだ。むろん隣町のガキと言えど邪険にするようなタキさんではないが、すすんで「きみたちもいっしょに」と優しく声をかけるような天使でもない。普段は蛙の面に小便を決め込むタキさんだが、百合子に泣かれて機嫌が悪い。
「じゃかましいわ!!」
あっという間に隣町を駆逐した。
「コウちゃん、血ぃ出てるよ」
五年生のリッちゃんが、年長らしく傷の手当てをしてくれる。
「もー、しゃーないやっちゃなー!」
「百合子」
鳥居の陰から駆けてきて、ハンカチを出して割り込む百合子。
「ほな、ゆりちゃん、頼むよ」
リッちゃんは穏やかに看護婦のポストを明け渡した。
「お、おー、すまんな」
一瞬なにかが浸みて傷が痛んだ。
膝の傷に目をやると、百合子の涙が落ちて浸みたのだと知れた。
無性に頭を撫でてやりたくなったが、これ以上泣かれては困るので我慢した。
「マスター、ディナーでっせ」
今日もチーフの声で現実に引きもどされるタキさんであった。