巷説志忠屋繁盛記・16
予定していたロケ地が使えなくなってしまったそうだ。
阿倍野にあるイタ飯屋を予定していたのだが、未明の火事で焼けてしまって使えなくなってしまった。
スタッフはともかくキャストのスケジュール変更が難しい。
同じキャストが使えるのは三月も先で、とても間に合わない。
いっそ台本を書き替え、部分的な撮り直しも検討されたが、二回分は撮り直さなければならず、これも却下された。
「あ、志忠屋に似てる!?」
ADの女の子が膝を打ち、ディレクターの中川女史も気が付いた。
「レイアウトがいっしょだ! これならいけるやんか!」
もうマスターに交渉している暇もなく、女史の一存で強行撮影とあいなったわけである。
「そやけど、完全に同じいうわけにもいかんやろ」
機嫌悪そうにマスターは腕組みする。
「そこは台本を変えた!」
「使用料はなんぼくれんねん?」
「今日一日の予想売上分」
「しかし、今日の食材無駄にまるしなあ~」
「ランチで、たいがい使い切ったんじゃないの?」
常連客である女史は志忠屋の冷蔵庫の中身まで知っている。
「それも見込んでランチの大盛況仕込んだんやな~」
「いや、あれはあくまでも必要な撮影やったから」
「タキさん、店の名前変わってるーー!!」
「なんじゃとお!?」
トモちゃんの声に店のスタッフは表に出てみた。店の看板はそのままに屋号だけが『夢中屋』に替わっていた。
「ダメじゃないの、フライングしちゃあ」
「す、すみません」
文句を言う女史だが、ディレクターも美術さんも真剣みに欠ける。
「ディレクターのくせして、下手な芝居やのう……売り上げ三日分や!」
「よし、二日分プラスアルファ!」
午後の志忠屋は臨時休業することになった。
あっさり折れたタキさんだったが、ワケがある。
ロケバスの窓から覗いた女優さんが似ていたのである、あの中谷芳子に……。
※ 中谷芳子 大和川で溺れているのをタキさんが助けた年上の女の子
「ラッキー! じゃ、二日分ということで!」
決まってしまった。