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20××年、絶対多数を握った与党は国民投票法に基づき、宿願の憲法九条を改正した。
(改正前)
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
(改正後)
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。ただし自衛権はこの限りではない。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍、その他の国軍を保持する。国の交戦権は、自衛と国際貢献に限り、これを認める。
ほとんど強行採決のようにして衆参両院で発議され、18歳以上の国民により投票され過半数を獲得し改正された。
ただ、すんなりと憲法の改正がなされたわけではない。泥沼のような与野党の駆け引きと妥協の結果、以下のような法律が出来た。
《アイドル軍法》
憲法九条一項二項を完全なものにするために、アイドル軍を保持する。アイドル軍は旧大日本帝国憲法の反省の上に立ち、アイドル軍は女性のみの徴兵によって構成される。日本国籍を有する女性は、満13歳に達した年度内に徴兵検査を受け、選抜の結果によりアイドル軍に就くものとする。
初代アイドル軍総司令官には某アイドルグループのプロディユーサーが任ぜられ、8個師団の師団長と24個の連隊長はAKBや乃木坂の卒業生がこれにあたった。
アイドル軍の徴兵検査は年度末の三月に、オーディションの形で行われ、合格者は甲乙丙に三分類され、実際に徴兵されるのは、ごくわずかの甲種合格者のみで、合格者は1/1000という難関であった。
アイドル軍は兵器を持たない、持つのはマイクである。
兵役は三年間。中等教育も同時に受けられ、歌やダンスの訓練にいそしみ、国内や海外においてライブを行い、軍の最大の任務である「抑止力」を発揮することにあった。陸海空軍と異なり、兵員は総数で一万数千。
この兵役を終えた者は、そのままアイドルになる者、幹部になる者、大企業や高校大学から勧誘を受けるものばかりで、男にとっても、アイドル軍除隊者を恋人や結婚相手に向かえることは夢であり、高嶺の花であった。
「優香、いくよ」
そう言った芹香の声は含み綿のためにくぐもっていた。メイクと肉襦袢で体形を変えた二人のことを、アイドル軍の幹部候補生と気づくものはいなかった。
二人は三年の兵役を終えたあと、連隊長の推薦で幹部候補生学校に進むことに決まっていた。
でも、優香も芹香も、こういうアイドル軍の有り方に疑問を持っていた。
どんな疑問かは、国軍の軍機に関わることなので伏字とする。
アイドルが○○と共に○○○○してもいいのか?
アイドル軍の存在は、日本のイメージを引き上げることにかなり貢献していた。日本は憲法を改正し、堂々と三軍を持ったが、非難するのはアジアの二か国に限られ、その二か国も国民個々に調査すると、好感を持つ者が七割を超えていた。
「でも、アイドルって、成りたい者が切磋琢磨し、オーディションで選ばれ、芸能活動を通して磨かれ淘汰されていくものよ」
芹香も優香も、そう思っていた。だから二人は脱走し、羽田から偽装パスポートで国外脱出を図ろうとした。
準備は完璧なはずだった。
それが、出国ゲートで引っかかった。逃げても無駄だった。空港職員に化けた軍の保安隊によって、たちまち身柄を拘束された。
「君たち幹部候補生は、視力検査のときに光彩登録もしてあるからね、逃げることはできないわよ」
保安隊長は勝ち誇ったように言った。
「くそ!」
二人は、そのまま軍拘置所に移送され、軍法会議にかけられた。
「不名誉除隊に処する」が軍法会議の結論であった。
二人は、除隊後、時の人になった。世界中が羨むアイドル軍からの初脱走者、それも成績優秀、容姿端麗な芹香と優香である。芸能プロとファンが放っておかなかった。
二か月後、二人はユニットとしてカマプロからデビュー、ヒットチャートをロケットのように駆け上り、その年の末には紅白にも出場した。
紅白で出番が終わった二人が「やったね……」とほくそ笑んだ姿を見た者がいたが、その真偽は明らかではない。
以後、アイドルは○○と共に○○○○してもいいという解釈が一般的になり、令和30年の今日に至っている。