ライトノベルベスト
気が早いけど、コスモスが咲く予感がした。
と言って、ジュンはコスモスが好きなわけではない。
コスモスが咲くころまでにはケリを付けなければならないのだ。
去年は、暑い夏が続いたので油断していた。
コスモスが咲いて、彼は逝ってしまった。
今年は、死なせてはいけない。
そう思って、もう三日もメールに返事もしていない。今朝からはブロックさえしている。
もうメールを送ってきてもアンデリバリーになるはずだ。
二学期に入ってからは学校に入る門も変えている。
当たり前なら気づいていいはずだ。
オレはジュンに嫌われている……って。
ところが、今朝のあいつは、南門でジュンを待っていた。
「あはよう。帰り、ここで待ってっから」
笑顔でそういうと、返事も聞かずにあいつは昇降口へ走っていった。
直に本当のことを言えたら、どれだけいいだろう……。
ジュンは裏の裏をかいて、その日は、南門から学校を出た。
よかった、あいつはいない。
きっと裏をかいたつもりで正門でジュンを待っているだろう。少し心が痛んだけど、ジュンはこれでいいと思った。
念のため、駅一つ分先で電車に乗るため、大川の堤防の上を歩いた。
「おう、こんなことだと思ったぜ!」
河川敷から陽気な声が駆け上がってきた。
「三加くん……」
「ちょっと暑いけど、歩くか!」
三加は、シャツの袖をまくりながら歩き出した。気づくとジュンが付いてきていない。
「もう、あたし三加くんのこと嫌いなの」
「ジュン……」
「ウザイの。三日もメールに返事しなきゃ分かるでしょ」
「わかんね」
「毎日、学校に入る門変えて、三加くんに会わないようにしてたじゃん。もうストーカーみたく付きまとわらないでくれる!?」
「付きまとうっていうのは、相手が迷惑してる場合に相応しい言葉だ。ちがう?」
三加は陽気に肩をすくめてみせた。
「迷惑なの!!」
そう叫ぶと三加は、ノーとイエスを聞き違えたイタリア人のように軽々と近寄ってきた。目の前10センチまで。
「でも、ジュンの目は迷惑がっていないぜ」
瞬間見つめあってしまった。
「わーい、アベックアベック!」
河川敷の小学生たちがはやし立てる。
「うっせー! アベックだと思ったら冷やかすんじゃねえ!」
三加の意外な迫力にガキどもは逃げて行った。
「ここで話そう」
「いいよ」
三加は気を利かして、タオルハンカチを二枚出して、堤防の傾斜にしいた。
上手い具合に雲がかかって、あたりに日陰をつくった。
「三加くんのことは好きだけど、コスモスが咲くまでに別れなきゃ、三加くん死んじゃう。嘘じゃないほんとよ」
「上等じゃん」
「あたし、あたしね……」
「ジュンは天使みたいだ……天使すぎて、ほとんど悪魔。悪魔なんだろ芽扶ジュン」
「んなこと……」
「あの雲が真上に来てるのは偶然じゃない、ジュンの力だ。優しさだ」
「あ……」
雲が動き出した。
「大丈夫だよ。おれ、汗なんかかかないから」
「三加くん……」
「オレ、落ちこぼれだけど、天使だから」
「え……?」
「ジュンも落ちこぼれだろ? 修業が足りないとかで、人間界に落とされた。メフィストの娘だ。毎年春に恋をして、コスモスが咲くころまでに別れなきゃ、相手の男は死んでしまう。一年の秋からの転校って、そういう事情があるからなんだよな。オレも似たような事情」
三加が指を動かすと、雲がラテン語でミカエルという字になった。
ジュンは、地獄を追放されてから、初めて喜びが込み上げてきた。
人生も捨てたもんじゃないよね。
こうして、悪魔でも天使でもない存在が生まれ人の中に強い血が混じっていった。その吉凶は、もう少しすれば分かるだろう……。