大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『ジュリエットからの手紙・2』

2021-05-17 06:10:56 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『ジュリエットからの手紙・2』  
 

 

 

 ジュリエットに手紙を出してみることにした。

「どうしていいか分からない」ということを主題に、長い手紙を書き、そのジュリエットのポストに投函しようとしたのは、ポストを発見してから、十三日目だった。

「あ……」

 思わず声が出てしまうところだった。黒いエプロンをしたオネエサンが、ポストの取りだし口から、手紙を取りだしていた。
「……あ、ごめん。このポストは、うちのお客さん専用なの」
「専用……って?」
「うち、ヴェローナって、イタリアンレストラン。で、サービスでやってんの」
 オネエサンは呆然としたわたしに説明してくれた。
 
 イタリアのヴェロ-ナには、ジュリエットの屋敷というのが、本当にある。そして毎年四万通あまりの恋の悩みを綴った手紙が寄こされ、ジュリエットの秘書と言われるオネエサン達が、その手紙に返事を書いてくれている。で、イタリアンレストランのヴェローナは、お客さんへのサービスとして、店の裏にポストを営業時間である夜間に設置して、まとめてジュリエットの事務所に送っていることを。

 そして、あまりにしょげかえっているわたしに「特別にあなたのも預かってあげようか」と言ってくれたけど、真剣に悩んでいるわたしは興ざめだった。
「いいえ、けっこうです」
 わたしの悩みは、シャレや冗談じゃなかった。こんなおとぎ話みたいなものを信じた自分が、アホらしく、情けなく思えて、手紙はシュレッダーになった気持ちで、公園でビリビリにして捨てようと思った。
 ゴミ箱の近くにいくと、マッチ箱が落ちていた。普通のマッチの倍くらいの大きさで、ラベルは横文字。
 破るよりは、灰ににしてしまった方がいい。そう思って、マッチを擦って手紙に火を付けた。

 思いの外、煙がたち、その煙は人の背丈ほどのところでワダカマリ、そして……人の姿になった。

「あ……あなたは」

「ジュリエット」

 そう、ジュリエットだった。

 ブルネットの髪を大きな三つ編みにして背中に垂らし、スカートの切り返しの位置が高く足が長く見えるオレンジ色を主体にしたドレスは、DVDで観た、ジュリエットそのものだった。
「あなたの気持ちは分かったわ、お返事は、あなたのお部屋の机の上に置いておくわね」
「ちょっと待って。本物のジュリエットさんなら、直接お話したいわ!」
 わたしは、ジュリエットのドレスの、長い袖を掴んだ。
「気持ちは分かるけど、お手紙で返すことは決まりだから……でも、あなたのは秘書に任せずに、わたし自身が書くから。ね……」
 ジュリエットは、そう頬笑みながら言ったかと思うと、数秒で煙りになって消えてしまった。
「今の、なんだったんだろう……」

 わたしは、狐につままれたような気持ちで家に帰った。
「お帰り」というお母さんの声にろくに返事もできなくて、わたしは自分の部屋のドアを開けた。

「え……うそ!?」

 机の上には、赤いロウで封緘(ふうかん)した手紙が載っていた。
 手紙の表紙には、わたしの名前だけ。裏をかえすと、ジュリエットの署名。
 わたしは、震える手にレターナイフを持って封緘を解いた。

――お気に召すまま――

 手紙には、それだけが書いてあり、あとは、ジュリエットと(多分イタリア語)サインがあるだけ。

 ガックリきたけど、念のため封筒を逆さに振ってみた。三本のタグの付いた赤い糸が出てきた。三本の内、二本のタグには、名前が書いてあった。「杉本」と「稲葉」と……。

 わたしは「稲葉」と書かれた赤い糸を手にした。

 すると、部屋の中は、白い霧のようなもので一杯になり、赤い糸は、その霧の彼方に繋がっていた。
 わたしは、糸を小指に絡めて、その先をたどった。六畳しかない部屋は限りなく広くなっていて、いくら、その糸をたぐっていっても際限がなかった。そして五分ほどたぐっていくと、急に赤い糸に手応えが無くなり、糸は力無く落ちて赤黒く枯れたようになってしまった。

 そして、部屋は、いつものわたしの部屋に戻っていた。

 わたしは、二本目の「杉本」というタグのついた糸をたぐってみたが、結果は、稲葉さんと同じだった。
 ため息一つして、三本目の糸を手にした。そのタグには何も書かれてはいなかった。
 この糸は、五分たっても手応えが消えることはなかった。

 そして、十分ほどたぐったところで、それが見えた……。

 霧のむこう、ほんの五メートルほど先に、その人が見えた。霧のために、ボンヤリとしたシルエットしか見えなかったけど、ほのかな横顔と、なんとなくの人格が感じられた。
 そして、そこで、糸の手応えが無くなった。さっきと同じように、自分の部屋には戻ったけど、糸はちゃんと赤いままで、その端は窓枠に繋がっていた。わたしは、その先が知りたくて、窓に手をかけた瞬間、その糸は消えて無くなってしまった……。

 明くる日は、珍しく朝寝坊してしまい、牛乳を飲んだだけで、家を飛び出した。近道の「く」の字の道を通っって、駅前に出たとたん、斜め後ろからきた人がぶつかっていった。
「ごめん」
 その人は、そのまま駅の改札に飛び込んで消えた。
 その人の横顔は夕べ見た、その人によく似ていた。なんとなくの人柄も、その人のそれだった。
 でも、その人の後ろ姿は、S高ともY高とも分からないそれ。二つの高校は、よく似ていて、後ろ姿では、まるで分からない。
 そして、この駅は、S高、M高に通う生徒がもっとも多く。個人を特定することはほとんど不可能だった。
 で、ノンコが学校で教えてくれた。
「人数は少ないけど、A高やB高なんかM高に似てる、後ろ姿では、どの学校か分からないけどね」

 わたしの赤い糸の先、ジュリエットと、わたしの直感でしか分からない……。


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