大橋むつおのブログ

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ライトノベルベスト〔死にぞこない・1〕

2021-07-16 06:42:06 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

〔死にぞこない・1〕 




 会場は一瞬で落ちてきたような静けさになった。

「いま、死にぞこない……と言ったのはだれですか?」

 泰三が、マイクも通さず静かに言った。言葉は意外なほど、会場の体育館に染みわたった。

「なるほど、僕は死にぞこないだ。でも今の言葉は、死にぞこないの重さも意味も理解していない。単なる揶揄にすぎない。分かるように説明したいから、口にした人は名乗りなさい」

 一分待った。会場の生徒たちは、またざわつき始め、平和学習主担の飯島は、生徒たちを一喝しようと息を吸い込んだ。

「先生、お気持ちは分かりますが、言葉は私に向けられたものです。私が始末をつけます。4組の前から15番目の君、立ちなさい」

「お、オレじゃねえよ!」

 15番目は、座ったままふてくされて言った。

「嘘だ。大沢君」

 15番目は、慌てて名札を隠した。この距離でちっぽけな名札の名前が読めることは脅威だった。それに……大沢は「大」の字に点を打って犬沢としていたのである。泰三老人は、それさえ見抜いていた。

「もう一度聞く、死にぞこないと言ったのは君だね?」

「ち、違うってんだろ!」

「卑怯者!」

 泰三の鋭い声は、再び生徒たちを黙らせた。

「僕は、これでも昔は音響技師をやっていてね、声や音には敏感なんだ。いま証拠を見せよう……これは、僕が講演をするたびに録っている音声記録なんだ……むろん僕自身の勉強のためだがね……あった、これだ」

 泰三がパソコンをタッチすると、鮮明に「死にぞこない」という声が増幅されて館内に響いた。

「オ、オレじゃねえってんだろうが!」

 泰三は、無視して続けた。

「そして、たった今、君が言った言葉がこれだ」

 大沢がみんなの前で言った三つの言葉が再生された。

「田中さん、あとは自分たちが指導しますから」

 飯島が間に入ろうとした。泰三は受合わず続けた。

「これが、それぞれの言葉の声紋……どう、ぴったり重なるだろう。言ったのは大沢、君だ」

 スクリーンに四つの声紋がグラフになって出てきた。完全に一致する。

「……大沢君」

「うっせー、敦子」

 女生徒の言葉で、大沢はさらに意地になった。

「大沢、あとで生活指導まで来い!」

「いえいえ先生。この時間は、私が戦争体験を君たちに伝える時間です。それに口にこそ出さないが、大半の生徒が、真面目に聞こうとはしていない。これを見たまえ」

 体育館を俯瞰した映像が出てきた。50名ほどの生徒の上に赤いドットが点滅していた。

「これは、現在スマホをいじっている者たちだ」

 とたんに、ドットが次々と消えていった。

「君たちの姿勢はこれだ。僕が何を語っても空念仏にしか聞こえないだろう。空念仏で通してもいいんだが、それでは死にぞこないの意味が無い。君たちも高校生だ、責任をもって戦争を体験してもらおう……」

 泰三が、そう言うと、体育館の外は闇につつまれ、サイレンの音と、地響きがするような爆音がし始めた……。

 

 

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