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会場は一瞬で落ちてきたような静けさになった。
「いま、死にぞこない……と言ったのはだれですか?」
泰三が、マイクも通さず静かに言った。言葉は意外なほど、会場の体育館に染みわたった。
「なるほど、僕は死にぞこないだ。でも今の言葉は、死にぞこないの重さも意味も理解していない。単なる揶揄にすぎない。分かるように説明したいから、口にした人は名乗りなさい」
一分待った。会場の生徒たちは、またざわつき始め、平和学習主担の飯島は、生徒たちを一喝しようと息を吸い込んだ。
「先生、お気持ちは分かりますが、言葉は私に向けられたものです。私が始末をつけます。4組の前から15番目の君、立ちなさい」
「お、オレじゃねえよ!」
15番目は、座ったままふてくされて言った。
「嘘だ。大沢君」
15番目は、慌てて名札を隠した。この距離でちっぽけな名札の名前が読めることは脅威だった。それに……大沢は「大」の字に点を打って犬沢としていたのである。泰三老人は、それさえ見抜いていた。
「もう一度聞く、死にぞこないと言ったのは君だね?」
「ち、違うってんだろ!」
「卑怯者!」
泰三の鋭い声は、再び生徒たちを黙らせた。
「僕は、これでも昔は音響技師をやっていてね、声や音には敏感なんだ。いま証拠を見せよう……これは、僕が講演をするたびに録っている音声記録なんだ……むろん僕自身の勉強のためだがね……あった、これだ」
泰三がパソコンをタッチすると、鮮明に「死にぞこない」という声が増幅されて館内に響いた。
「オ、オレじゃねえってんだろうが!」
泰三は、無視して続けた。
「そして、たった今、君が言った言葉がこれだ」
大沢がみんなの前で言った三つの言葉が再生された。
「田中さん、あとは自分たちが指導しますから」
飯島が間に入ろうとした。泰三は受合わず続けた。
「これが、それぞれの言葉の声紋……どう、ぴったり重なるだろう。言ったのは大沢、君だ」
スクリーンに四つの声紋がグラフになって出てきた。完全に一致する。
「……大沢君」
「うっせー、敦子」
女生徒の言葉で、大沢はさらに意地になった。
「大沢、あとで生活指導まで来い!」
「いえいえ先生。この時間は、私が戦争体験を君たちに伝える時間です。それに口にこそ出さないが、大半の生徒が、真面目に聞こうとはしていない。これを見たまえ」
体育館を俯瞰した映像が出てきた。50名ほどの生徒の上に赤いドットが点滅していた。
「これは、現在スマホをいじっている者たちだ」
とたんに、ドットが次々と消えていった。
「君たちの姿勢はこれだ。僕が何を語っても空念仏にしか聞こえないだろう。空念仏で通してもいいんだが、それでは死にぞこないの意味が無い。君たちも高校生だ、責任をもって戦争を体験してもらおう……」
泰三が、そう言うと、体育館の外は闇につつまれ、サイレンの音と、地響きがするような爆音がし始めた……。