泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
これに落ちると定時制の二次募集しかない。
小菊が背水の陣と言っていい後期選抜を受けたのには理由があるが、振り返っても仕方がない。
とりあえずは、今日の合格発表だ。
都立神楽坂高校は偏差値54の中堅校だ、中学の内申が7もあれば、入試当日の試験でよっぽどのドジを踏まなきゃ合格する。
でも、愚妹の小菊は、そのドジをやってしまったらしい。
最後のテストで受験番号を書くのを忘れたというのだ。書いていなければ零点だ。
宝くじのことしか考えていなかったこともあるけど、かけてやる言葉が無かった。
「あり得ないと思うわよ」
小菊が角を曲がるのを確認して松ネエが言う。
一人で合格発表に行く小菊の後を付けているんだ。松ネエも心配して付いて来てくれている。
「試験中も机間巡視やってるし、答案を回収したあとも、その場で受験番号のチェックはやってるわよ」
「でもなあ……」
学校の先生たちの顔が思い浮かぶ、正直たよりない。
「入試ってのはね、監督を含め、どの作業もかならず二人以上でやるの。作業行程ずつにハンコ押すしね、まずミスは起こらないわ。たまに採点や集計の時にミスがあるけど、それもその分五回も六回も目を替えてチェックしてるから大丈夫よ」
「そうなんだ、松ネエくわしいね」
「ハハ、うちのお父さん高校の先生だもん」
そうだった、松ネエのお父さんは影の薄い人なんで忘れていた。
時計塔と花水木の間にトラロープが張ってある。
そこを超えると、合格発表のパネルが貼り出されるピロティーだからだ。
時間が来るまでピロティーには入れない。
小菊は最前列で待っている。リスが両手で胡桃を持つように受験票をかかえ、何度も見ては声に出さないで受験番号を確認している。
そうやっていなければ、自分の受験番号が消えて無くなってしまうとでもいうような感じだ。
何度も何度もやるので、口の形から受験番号が48番であることが知れる。
合格発表の二分前には、トラロープのところに、わが担任のヨッチャンと堂本が立った。
「間もなく発表ですが、けして駆けださないでください」
「合格者の方は、午後一時半から合格者説明会がありますので、保護者の方といっしょに体育館の方にお越しください」
二人で役割分担しながら事前の説明と注意をしている。
やがて、合格発表を告げるチャイムが鳴って、トラロープがスルスルと巻き取られた。
百人ほどの受験者と付き添いの保護者が、事前の注意にもかかわらず駆けだした。
渡り廊下に貼り出された合格発表掲示板の白布がハラリと取り払われ、合格者の受験番号が明らかになった。
ウワーとかオオーとかのどよめきが起こる。
中に、数名の子と保護者が立ちすくむ……二割近く出る不合格者だ。
「やったー!」
遠くからだけど、菊乃の48番があることが分かる。思わず松ネエとガッツポーズ。
だが、小菊の姿が無い。
首をめぐらすと、トラロープが張ってあったところに一人立ちすくんでいる妹。
駆け寄って合格したのを教えてやりたかったが、後を着けてきたのは秘密だ。朝食の時も「絶対付いてこないでよね!」と眉を逆立てていた。俺たちも、そっと見守るだけにするつもりだった。
しかし、ここまでビビッているとはイラつくやつだ。
すると、人ごみの中からシグマが飛び出してきて小菊に合格を告げた。
「合格よ! 合格したのよ!」
「え、え、ほんと!?」
「ほら、こっちこっち!」
シグマは小菊の手を引っ張って確かめさせた。
「ウワーーーー#$!¥&%$#!!!!!!」
久方の小菊の歓声。いや、こんなに喜んでいる妹を見るのは初めてだ。
で、今だと思った。
「おめでとう小菊! 宝くじも一等賞だぞおおおおおおおお!!!!!」
小菊の目の前に、一等一億円当選の宝くじを広げてみせた。
「え……?」
妹の目が点になった。
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校二年
- 百地美子 (シグマ) 高校一年
- 妻鹿小菊 中三 オメガの妹
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校二年 雄一の数少ない友だち
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任