かの世界この世界:33
『ツインテールの戒め』
無辺街道の真ん中、五十坪ほどの空き地でキャンプを張った。
ブリが魔法でテントを出してくれたので、夜露に濡れることもなく眠りにつけた。
すこし微睡んだが、テントの隙間からこぼれる月光が頬に差し掛かったためか目が覚めてしまった。
傍らではケイトが女を捨てたような姿で寝息を立てている。
「あられもない……」
おっぴらげた脚を閉じてやり、右を下にした姿勢に変えてやる。これなら多少はましになるだろう。
キリ キリキリ キリ……
「ひどい歯ぎしりだなあ」
頬から顎をマッサージしてやって歯ぎしりを止める。
PU~~~~~~~
こんどはオナラだ。
「ほんと、まるで男だ……って、本来は男だったよな……なんだか忘れかけてる……名前は? ケイト……いや、ケントだったか……字は? 思い出せない……記録しておいた方がいいな」
右手を目の高さにもってきてウィンドを開く。
「ケイトは……」
記録しようとしたら、テントの外でカサリと音がする。
「なんだ?」
後ろで寝ているはずのブリに目をやると、姿がない。
起きたのか?
テントの外に出ると、月を仰いでシルエットになっているブリ。
「ブリも眠れないのか?」
声を掛けると、小さな肩がピクリとした。
「テルか……ケイトは?」
「ああ、素敵な寝相で眠って……」
たったいま、ケイトについて大事なことをメモしようとしていた……だが思い出せない。
まあいい、いまはブリだ。
「テルにだけは伝えておきたいことがあるのや」
「なんだ、改まって?」
「ツインテールを解いてくえないか」
「じぶんで解けばいいだろ、リボンの端を引っ張ればいいだけのことだ」
「自分れは解けない、こえは主神オーディーンの戒めらのら。たのむ……」
「そか、分かった」
ブリの後ろに迫り、胸の高さにある頭のリボンを解いてやる。
ガキ!!
イテ!!
いきなり顎に衝撃が来て目から星が出る。
「お、おまえ……!?」
後姿のブリは、わたしと背丈が変わらなくなっていた。急に伸びた勢いでブリの頭がわたしの顎を直撃したのだ。
ブロンドのロンゲをサワサワとなびかせつつ振り向いたブリ。
「な、なんちゅう美少女……」
「これが本来の姿だ。主神オーディーンはツィンテールの戒めで、わたしを無辺街道に閉じ込めたのだ」
「オーディーンの怒りに触れるようなことをしたのか?」
「ああ、詳しくは言えないが、そういうことだ。ここまでの無辺街道は、わたしのための牢獄。これから先の無辺街道は、そのわたしを見張る獄卒たちのテリトリー。ここから先、わたしの力は限定的になる。それを承知で旅立ってほしいんだ」
「それは、遠まわしに――自分のことは自分でやれ――ということだな」
「むろん、わたしも全力は尽くす。ただ、ここを超えればお尋ね者の脱獄囚だから」
「……その脱獄の手伝いをする覚悟も持てということか」
「いやなら、わたしを置いて二人だけで旅立て。そのことを、テルにだけは伝えておきたかったのでな」
「わかった。これもなにかの縁だ、よろしく頼むよ」
握手しようと手を出すと、ブリは一瞬ためらった。
「どうした?」
「もう一つ……とりあえずの目的地をヴァルハラに定めてはもらえないだろうか」
「ブァルハラ……主神オーディーンの居城だな」
「ああ、そうだ」
「……わかった、いいだろう」
詳しくは聞かなかった、言える範囲なのだろうが、ブリは正直に話してくれた。それを持って了として、あらためて握手した。
「ありがとう、それでは、改めてツインテールにしてくれ、オーディーンの戒めを解いては旅ができないからな」
「わかった、後ろを向け」
艶やかなブロンドを愛しむように櫛けずってやって二つのリボンを結んでやる。
音もなく背が縮んでいく……が、元の四五歳の背丈ではなかった。十二三歳の中一くらいの少女になった。
「オーディーンほどではないけど、テルにも立派な魔力があるようだな」
「そうなのか?」
「この背丈に縮んだだけで済んでいる」
「わたしの力なのか?」
「ああ、なんというか……前に進む力とでも言うか」
「そ、そうか……」
ケイトと三人並んだら、いい組み合わせになりそうだ……そう感じて月を見上げた。
☆ ステータス
HP:200 MP:100 属性:剣士=テル 弓兵=ケイト
持ち物:ポーション・5 マップ:1 金の針:2 所持金:1000ギル
装備:剣士の装備レベル1 弓兵の装備レベル1
☆ 主な登場人物
テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトと変えられる
ブリ ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘
二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い
中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長