あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

カントリーウオーク館林

2006-06-11 23:21:48 | カントリーウオーク
 1日雨になりましたが、今日は雨の中、群馬県館林市内のカントリーウオーク
に出かけました。以下、そのレポートです。


 集合は東武伊勢崎線茂林寺前駅。参加者19人が10時3分にスタートした。
駅前を南へ、郵便局の先の路地を東に入り、雨に濡れた笹やぶをかき分けて
茂林寺境内に入った。

 茂林寺は、応永33年(1426)開山という曹洞宗の大寺。本堂は大きなかや
ぶき屋根で、享保15年(1730)2月に改築を終えたものという。

 本堂前には、群馬県内でも最大級という樹高14m、樹齢580年のラカンマキ、
幹回り4.9m、樹齢280年以上という大サワラ、太いしだれ桜やボダイジュ、
枝がたくさんに分かれたフジなどの巨木が立っていた。


 通称赤門と呼ぶかやぶきの山門の東側には、分福茶釜を初め、ひょうきんな
風貌のタヌキが25体並んでいた。

 寺の北に広がる茂林寺沼低地湿原に入る。木道の両側は、背丈より高く伸び
たアシがいっぱい繁り、ヨシキリがにぎやかにさえずる。

 北に抜けて小さい流れを横切り、教会風の結婚式場の先から野鳥の森に入る。
背の高い赤松が多いが、雨のためか野鳥の声は聞こえなかった。

 森を抜けて二つの車道を横切り、水質管理センター構内を通過して、南御園
町の住宅地へ。赤生田公園から東側の畑に出たが、その先は抜けられない。

 国道354号にう回、海鮮茶屋八幡太郎の横から畑の中を南東に伸びる農道
に入る。草が伸びて水たまりもある。地図上、一帯は畑だが、田んぼも多く、
機械で田植え中のところもあった。

 赤生田町の集落を東に進んで、11時45分に昼食地の赤羽公民館に着いた。
 
 13時ちょうどに出発、西側にある通称子の権現の、子神社に行く。社殿の
壁面には数え切れないほどの金属製のワラジが奉納され、それぞれに足など
についての願い事が書いてある。

 祭神の大穴牟遅命は、旅好の神様で大変な健脚、鉄のワラジを履いて旅を
したとか。それにあやかろうと、何百年も前から祈願しているという。われ
われも、健脚でいられるようお祈りした。

 国道を越えて羽附町へ。旧道を東に1㎞近く戻り、小島木材におじゃまする。
ケヤキ無垢材の専門店で、ケヤキの端材や椅子などが無造作に置かれたところ
に、ケヤキの置き台や食器、小皿などをたくさん並べて下さる。

 お勧めというイチョウのまな板や、小皿などを数人が求めた。

 浮島の見える城沼の南端から、住宅の散在する花山町を経て、城沼の中心部
南側にある館林の名所、つつじが岡公園に入る。

 一帯に樹齢800年というヤマツツジの老木が並ぶ。ツツジの間を進んで、
城沼の西端へ。

 橋を渡って対岸の花菖蒲園に入る。花はまだ満開ではないが、かなり咲いて
いて花菖蒲まつりを開催中だった。雨の中、見物客もかなりいる。



 そばの旧藩主秋元家の別邸(上の写真)を経て、館林市第二資料館に行く。
緑の多い構内には、かやぶき平屋の田山花袋旧居と、明治時代の和洋折衷
建築の旧上毛モスリン事務所(下の写真)が移築されていた。


 南側の田山花袋文学館と向井千秋こども科学館の間を入ると、旧館林城の
本丸跡。古墳もあり、広い草地が広がっていた。

 市役所と文化会館の南側を回り、大手町から西に向かうまちなか散策コース
へ。城下町館林の面影を残す長屋塀や長屋門、古い商店、旧藩士住宅などが
残っている。


 旧藩士の住宅を復元移転した武鷹館という建物が公開中だったので入り、
かやぶき平屋の縁側に腰を下ろして小休止する。



 酒造・醤油造りの外池商店、特長ある屋根の旧二業見番事務所、江戸時代
からの造り酒屋、毛塚記念館前など通過し、15時35分に、ゴールの館林駅
に着いた。

(天気 雨、距離 13㎞、地図 館林、歩行地 群馬県館林市)

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