愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題62 漢詩を読む 酒に対す-1

2018-01-05 11:41:13 | 漢詩を読む
正にピッタリ この一句!!
 蝸牛角(カギュウカク)上 何事をか争う
  ―この小っちゃな星屑の上で、何の諍(イサカ)いをしてまんのヤ?―
白居易(楽天)の七言絶句「酒に対す(酒を飲んで)」の起句です。

読者の皆さん、明けましてお目出とうございます。

昨2017年のノーベル平和賞にはICAN、奇しくも長崎にご縁のあるカズオ イシグロ氏にノーベル文学賞が授与されました。ICANのフィン事務局長は、受賞講演の中で、“私たちは、核兵器の終わりかまたは私たちの終わりか、のどちらかを選ばなければならない”と述べておられます。

現代の世界の“ありよう”を考える上で、先人たちの著作の中には、重要なヒントが語られているように思われます。2018年頭に当たって、白 居易の詩「酒に対す」を読みます。

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対酒       酒に対す   白(ハク) 居易(キョイ)
蝸牛角上争何事  蝸牛角(カギュウカク)上(ジョウ) 何事(ナニゴト)をか争(アラソ)う、
石火光中寄此身  石火光(セッカコウ)中 此の身を寄(ヨ)す。
随富随貧且歓楽  富に随(シタガ)い 貧しきに随いて 且(シバ)らく歓楽すべし、
不開口笑是痴人  口を開きて笑わざるは 是(コレ)痴人(チジン)。
[註]
・蝸牛角::カタツムリの角、空間的に小さいこと
・石火光:火打ち石の光が飛ぶ一瞬の間、時間的に短いこと
<現代語訳>
酒を飲んで
蝸牛の角のような狭い世界で、何を争っているのか、
火打石の光のような一瞬の時間に身を置いているというのに。
金持ちは金持ちなりに、貧乏は貧乏なりに、しばらく楽しもうよ、
大きく口を開けて笑わない奴はバカ者だよ。
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“蝸牛角上の争い”とは、『荘子』-雑篇の「則陽」にある説話のひとつです。

中国、戦国の世で、魏の恵王と斉の威王は盟約を結んだが、斉王がそれに背いた。怒った魏王は、斉に刺客を送ろうと言う。ある将軍は、刺客は恥ずべきことであるから、堂々と軍隊を送って討とうという。別の人は、今は平和が続いているから、討つべきではないと進言する。

別の“ある人”は、斉の討伐の賛・否論者ともに世を乱す者であり、そう言っている自分も世を乱す者だ と言う。「では、どうしたらよいのだ?」と、困っている魏王に対して、“ある人”は、‘道を求めるのみです’と答えます。

荘子は、次のような“戴晋人(タイシンジン)”なる人物と魏王との間で交わされた寓話の問答を通して、“ある人”の言わんとするその真意を説いていきます。

蝸牛の左の角には触氏が国をつくり、右の角には蛮氏が国をつくっている。ある時、二国は土地をめぐって戦争を始めた。数万人もの戦死者が出たばかりか、勝った方は半月間も逃げる相手を追いかけて、やっと引き返した。

その話を聞いた魏王は、「馬鹿々々しい作り話だ」と取り合わなかった。“戴晋人”は、現実に当てはまる話であるとして、次のような問答を交わした:「王様は、この宇宙の四方上下に際限があると思われますか?」

「際限はない」と答える魏王に、“戴晋人”は、「心をその無窮の世界に遊ばせる者にとって、自分の足で到達できる、魏や斉のような国々など有るか無きかもわからぬチッポケなものではありませんか。

こんなチッポケな魏国の中に都の大梁があり、大梁の中に王様がおられます。宇宙の無窮に比べれば、斉を討とうの討つまいのと、想い迷われる王様と蝸牛角上の触氏や蛮氏にどれほどの違いがありますか?」と。

魏王は、蝸牛の角に国を持つ触氏や蛮氏と同じにされてしまいました。“戴晋人”が退出した後、魏王はがっかりした様子で、大事なものを失くした様な有様であった と。

この説話のミソは、“ある人”が「道を求めるのみです」と答えたことのようです。それは戦争を超越し、平和さえ超越した「道」の立場、つまり天地自然の立場に立つことである と。

ここで“ある人”の言わんとする「道」について、朧げながら感じ取ることはできても、ストンと胸の底に落ちていくほどに論ずることは、筆者の成せる技ではなさそうである。

思うに、「蝸牛角上 何事をか争う」の句は、今様の、“XXファースト”に通ずるようである。2,000年以上の時を経て進歩したことは、‘弓矢’が‘核爆弾’に、‘自分の足’が‘飛行機やICBM’になったことだけであろう。

さて、酒と人との関わり合いは、非常に興味のあるテーマです。“酒が入る”と、大らかに人生訓を吐露することは、日常よく知るところで、白居易に限りません。

今後、詩作の先人たちの詩を通して、いろいろな角度から‘酒と人との関わり合い’を探って行くことにします。できるだけ明るい話題を取り上げるよう心掛けるつもりです。

本稿、荘子の説話は、『「老子」「荘子」をよむ(下)』(峰屋邦夫著;NHK 宗教の時間テキスト、2010、)および『中国故事物語』(後藤基巳、駒田信二、常石茂 編、河出書房新社、1963)を参考にしました。
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