匂宮は、あの秋の夕べ 二条院で垣間見た浮舟が忘れられない。年明け、浮舟の所から中の君に届いた手紙類に、女房らしい手で書かれた文を目にして、匂宮は、その中に気になる点があり、内記・時方に調べさせた結果、薫が浮舟を宇治に隠れ住まわせていることを突き止めた。
匂宮は、宇治の山荘の勝手を知った者二、三人、内記など特に親しい者だけを伴って、夜間、密かに宇治を訪れた。匂宮は、浮舟の寝室に忍び入り、共寝をする。姫君は、薫でないことを知り、恐れおののくが、情熱的に訴える匂宮に 却って惹かれていく。
二月、薫は宇治を訪ねる。秘密を抱え苦悶する浮舟の姿に薫は女として成長したものと感じ、新築の家もできたので、京に迎える約束をする。薫は昔の人を思い、女は新しいもの思いになった恋に苦しみ、双方離れ離れの事を考えているのである。
一方、浮舟に情熱を燃やす匂宮は、雪の積もる中 宇治を訪ねる。夜更けに山荘に着き、浮舟を伴い、小舟で対岸の別荘に向かった。有明の月が澄んだ空にかかり、水面も明るかった。途中、大きい巌のような形の常盤木の繁った“橘の小島”の前で舟はしばらく留まった。匂宮は、“千年の命のある緑が深いではないか” と言い、詠う:
年経とも 変わらんものか 橘の
小島の崎に 契るこころは (匂宮)
匂宮は、別荘で二日間、浮舟と気楽に過ごす。
様々な思いに煩悶する浮舟の元に、薫から四月十日に亰へ迎えるとの報せが届き、事情を知らない女房たちは上京の準備を進める。一方、匂宮も、住まいの用意ができ、二十八日夜に迎えに行きますとの報せがきた。偶々、薫の従者が、匂宮から文が届けられたことを目撃、匂宮の密通が漏れる。薫は、浮舟に密通をなじる歌を贈り、追い詰められた浮舟は死を決意する。
本帖の歌と漢詩
ooooooooo
年経とも 変わらんものか 橘の 小島の崎に 契るこころは
(大意)何年経とうとも変わりませんよ 常盤木の繁った橘の小島の崎でお約束す る私の心は。
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<漢詩>
永遠愛 永遠(トワ)の愛 [上平声九佳韻]
藹藹橘磐島, 藹藹(アイアイ)たり 橘の磐(イワ)島,
依依誓麗佳。依依(イイ)たる麗佳(レイカ)に誓(チカ)う。
年経如繁橘, 年経とも 繁る橘の如くに,
不変我心懷。 我が心懷(オモイ) 変らず。
[註]〇藹藹:木々の繁るさま; 〇麗佳:麗しいひと; 〇心懷:胸中、想い。。
<現代語訳>
永久に変わらぬ愛
常盤木、橘の生い茂る巌の小島、
心惹かれる 麗しき君に誓う。
幾年経るとも いつまでも繁っている橘の如くに、
君に対する我が想いは 変わることはありません。
<簡体字およびピンイン>
永远爱 Yǒngyuǎn ài
蔼蔼橘磐岛, Ǎiǎi jú pán dǎo,
依依誓丽佳。 Yīyī shì lìjiā.
年经如繁橘, Nián jīng rú fán jú,
不变我心怀。 bù biàn wǒ xīnhuái.
ooooooooo
女君も珍しい所へ来たように思えて、返歌:
橘の 小島の色は かはらじを
この浮舟ぞ ゆくへ 知られぬ (浮舟)
[註]〇浮舟:憂き舟 との掛詞。
(大意)橘の小島の色は変わらなくとも、この浮舟のような私の行く方が心配で ございます。
【井中蛙の雑録】
○五十一帖 薫: 27歳春。
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