夕月夜に月影と雁の群れ、秋の定番でしょうか。此処では明け方の月です。“天の戸”に引っ張られて、“明け方”になったのでしょう。時を問わず、群れを為す雁の翼に置く露に月影が映る情景は、想像上の情景ながら、印象的である。
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[歌題] 月前の雁
天の戸を 明け方空に 啼く雁の
翼の露に 宿る月影 (金塊集 秋・221)
(大意) 天の戸が開く明け方の空に 鳴きつゝ群れをなして北に帰る雁の群れ、
翼に置いた露に月影が美しい球のようにきらきらと輝いている。
註] 〇明け方空に: “明け”は、天の戸を「開け」と夜の「明け」との掛詞;
〇翼の露:露にぬれたつばさの上に月が光っているのである。
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<漢詩>
月前雁 月前雁 [上平声一東韻]
月西拂曉空, 月は西に 拂曉(フツギョウ)の空,
邕邕雁如弓。 邕邕(ヨウヨウ)と啼きつつ雁の群れ弓の如し。
翅膀降珠露, 翅膀(ツバサ)に降(オ)く珠(タマ)の露,
輝輝月影籠。 輝輝(キキ)として月影 籠(コ)む。
註] 〇拂曉:明け方; 〇邕邕:雁の鳴き交わす声; ○弓:群れて飛ぶ
雁の隊形を言う; 〇翅膀:翼、羽; 〇珠露:真珠のような玉の露;
〇輝輝:きらきら輝くさま。
<現代語訳>
月前の雁
月が西の空に傾いている明け方、
雁の群れが鳴き交わしつゝ 弓のような隊形をつくって飛んで行く。
翼には珠のような露が降りて、
月影を映してきらきらと輝かしている。
<簡体字およびピンイン>
月前雁 Yuè qián yàn
月西拂晓空, Yuè xī fúxiǎo kōng,
邕邕雁如弓。 yōng yōng yàn rú gōng.
翅膀降珠露, chìbǎng jiàng zhū lù,
辉辉月影籠。 huī huī yuèyǐng lóng.
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藤原良経(1169~1206)は関白九条兼実の子、『新古今集』の編集に関与した。同集の“序”を書き、またその巻頭歌の作者でもある。良経のその歌を本歌とした本歌取りの歌を、実朝は『金槐集』で巻頭歌にしている(閑話休題308)。
下に挙げる歌は 良経の歌である。実朝はこの歌にも注意を惹かれたのではないでしょうか。実朝の歌の出だしにその影響が窺えます。
[詞書] 春日社歌合に曉月のこころを
天の戸を おし明方の くもまより
神代の月の かげぞのこれる
(摂政太政大臣 藤原良経 『新古今集』巻第十六 雜・上・1547)
(大意) 天の戸を押し開けると、明け方の雲間から神代のまゝの月影が
なお残り輝いている。