【三十二帖の要旨】明石の姫君は11歳を迎え裳着(モギ)の儀式(2月10日)、さらに春宮の元服(2月20日頃)、また続いて姫君の春宮への入内(4月)と続き、その準備で慌ただしい日々である。光源氏は、姫君入内の調度品として薫香の調合を思いつく。新旧の名香が集められ、女君たちに分かち調合させ、源氏自身も、承和の(仁明)帝の秘法とされる方法で密かに調合する。
2月10日、仲のよい異母兄弟の兵部卿の宮が源氏を訪ねて来た。その折、前斎院(朝顔)から、依頼中の薫香と、半分ほど花の散った梅の枝に添えた歌が届けられた:
花の香は 散りにし枝に とまらねど
うつらん袖に 浅くしまめや (朝顔)
前斎院からは香が届けられ、また宮が見えられたのを機に、女君らの薫香も含めて、夕方、宮を判者として香合(コウアワセ)が行われた。裳着の式は、夜中12時に中宮(秋好中宮)を腰結いとして執り行われた。
東宮の元服は二十幾日にあった。それに伴い、左大臣や左大将など、令嬢を後宮へと志望するが、源氏が明石の姫君を入内させるであろうと、遠慮している。源氏は、貴族方の立派な姫君が競い合ってこそ宮中は華やぐのだと、明石の姫君の入内を延期した。それを聞いて、先ず左大臣が三女を東宮へ入れた。後の麗景殿である。明石の姫君は四月に入内の運びとなります。それに合わせて、源氏は、歌や墨蹟など集めた草子類の整理に忙しい日々である。
一方、内大臣は、娘の雲居雁と夕霧の間に意の疎通が欠けている風で気を揉んでいるのでした。夕霧は、雲居雁を思い続けているのでしたが、その意はうまく伝わらず、二人はそれぞれに苦しみます。
三十二帖の歌と漢詩:
ooooooooo
花の香は 散りにし枝に とまらねど
うつらん袖に 浅くしまめや (朝顔)
[註]○浅くしまめや:反語表現。浅く薫りましょうか、いや深く薫ることでしょうの意。
(大意) 花の香は、花の散ってしまった枝には留まってないが、美しい明石の姫君のお袖には深く染みこみ、香気を放つことでしょう。
xxxxxxxxxx
<漢詩>
放香気公主袖 香気を放つ公主の袖 [下平声七陽韻]
梅枝花已散, 梅枝 花 已(スデ)に散らば,
安得保芳香。 安(イズクン)ぞ 芳香を保ち得ん。
承香公主袖, 香を承(ウケ)し公主の袖,
放氣却非常。 氣を放つこと 却って非常。
[註] ○公主:(明石の)姫君;
<現代語訳>
香気を放つ姫君の袖
花が散ってしまった梅の枝に、
何で芳香を止めることがあろうか。
香を移し留めている姫君の袖は、
却って香気を放つこと常ならず深いであろう。
<簡体字およびピンイン>
放香气公主袖 Fàng xiāngqì gōngzhǔ xiù
梅枝花已散, Méizhī huā yǐ sàn,
安得保芳香。 ān dé bǎo fāngxiāng.
承香公主袖, Chéng xiāng gōngzhǔ xiù,
放气却非常。 fàng qì què fēicháng.
ooooooooo
上掲の歌で、朝顔が自らを“花の散った、香りのない枝”に譬え、一歩引いているようです。それに対して、源氏は、“そう仰るあなたに一層心惹かれるのです、人に咎められはしないかと、胸の内は隠しつつ”という趣旨の次の返歌を送ります:
花の枝にいとど心を染むるかな 人の咎めん香をばつつめど (光源氏)
(大意)花の枝に大層心惹かれます。人が咎めるであろう香は隠しつつ。
【井中蛙の雑録】
○光源氏 39歳の春
〇『蒙求』と『蒙求和歌』-1 四字句の意味は?
<1.王戎簡要、2.裵楷清通、3.孔明臥龍、4.呂望非熊>
ドラマで“まひろ”が唱えた呪文(?)は『蒙求』構成の基本単位の四字句であった。馴染のある所から見ると、先ず第3句、 “(諸葛亮)孔明 山中に臥す龍“の意で、劉備が三顧の礼を以て招いた逸材の話題。続く第4句、”(太公望)呂望は、釣り糸を垂れて、熊を釣るに非ず“と、両句は国造りに関わる話と言えようか。
即ち、四字のうち最初の2字は歴史上 有名な人物名、後の2字はその人の事跡を思わせる事柄を表している。同じ要領で、上代~南北朝の有名人の話題569句が集められた著書で『蒙求』と命名されている。なお各句の詳細は、ネット上多くの解説記事があり、ご参照頂きたい。
『蒙求』とは、「童蒙(愚かな子供)我に求む」の意で、児童が教わり、耳で聞き、繰り返し口ずさむうちに、歴史上の人物とその事績が自然と身に付くよう意図された児童用の教科書なのである。勿論、指導者の為には、人物、時代、事跡の内容等々、重要な点が記載、解説されている。