【二帖 帚木-2 要旨】 (光源氏十七歳の夏)
“雨夜の品定め”で理想の女性はなかなかいないという話を聞きながら、源氏の心の中ではただ一人の恋しい方・藤壺の宮のことを想い続けていた。
翌日、天気は回復し、源氏は、左大臣家に行くはずが、方違(カタタガ)えのため、家臣・紀伊守の別邸へ行くことになりました。そこには、紀伊守の後妻、空蝉がいることを知る。当夜、源氏は一人臥では眠れず、室の北側の襖の向こうに人の気配を感じ、強引に忍び入り、一夜を過ごします。
空蝉は、人妻として許され難いことであったと、自責の念に苛まれる。源氏は、また逢う機会を作りたいと訴えるが、身の程を知る空蝉は、頑なに拒みます。その後、源氏は空蝉の弟・小君を引き取り、親代わりとして世話をする。小君は衣服を新調してもらい、源氏と共に過ごすことを非常に喜んだ。小君は、源氏と姉の文の伝達の役を果たす。
ただ空蝉は、人妻という束縛から解かれることはなく、どこまでも冷ややかな態度を押し通している。源氏は、空蝉に恨みの歌を贈る:
箒木の 心を知らで その原の
道にあやなく まどいぬるかな (箒木)
本帖の歌と漢詩
ooooooooo
箒木の心を知らでその原の道にあやなくまどいぬるかな
[註] 〇箒木:干して草箒を作る草。ここでは信濃国の伝説*に拠る;
〇あやなく:わけもわからず、不条理だ。
(大意) 近寄ると消えてしまう箒木の正体も知らずに 園原へ行って
埒もなく道に迷ってしまいました。
xxxxxxxxxx
<漢詩>
单恋 单恋 [上平声四支韻]
地肤心不知, 地肤(チフ)の心を 知(シラズ)ず,
問道側消姿。 問道(キクナラク) 側(ソバ)では姿を消すと。
訪問園原地, 訪問す 園原(ソノハラ)の地,
無方迷処之。 方(ホウ)無く 之(ユ)く処に迷う。
[註] ○单恋:片思い; 〇地肤:帚木の中国名; 〇問道:聞くところ
によれば; 〇園原:地名; 〇無方:よろしきを得ない、
方法をしらない。
<現代語訳>
片思い
帚木の本心が解らない、聞くところによれば、側に行くと姿を消すという。 帚木の生える園原の地に尋ね行き、何とも仕様なく、行く先に戸惑ってしまった。
<簡体字およびピンイン>
单恋 Dān liàn
地肤心不知, Dìfū xīn bù zhī,
问道侧消姿。 wèn dào cè xiāo zī.
访问园原地, Fǎngwèn yuán yuán dì,
无方迷处之。 wú fāng mí chǔ zhī.
ooooooooo
空蝉は、小君をして次の歌を源氏に届けさせた。実は空蝉も身の程を知り、さすがに眠れないで悶えていたのである。
数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さにあるにもあらず 消ゆる箒木
(大意) 物の数でもない卑しい伏屋に生きている私は情けない身の上ですから、あるようでなくなる箒木のように姿を消すのです。
【井中蛙の雑録】
○“帚木”に纏わる 信濃国の伝説*:同国下伊那郡の「園原伏屋」の森にあるという木で、遠くから見ると箒状の梢が見えるが、近づくと見えなくなるという。
〇この帖の名“帚木”は、上掲の歌に拠る。