愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 432 『源氏物語』の歌  (三十九帖 夕霧)

2024-10-06 09:50:03 | 漢詩を読む

[三十九帖  夕霧 要旨]  (五十歳秋~冬)

一人の夫人の忠実な良人との評判があり、品行方正を標榜する夕霧ですが、今は落葉の宮(女二の宮)に心惹かれる人になっている。宮の母・一条御息所は、物怪に患い療養のため、宮を伴って叡山の麓小野の別荘に移ります。

 

八月二十日ごろ、夕霧は一条御息所の見舞いに訪れ、この機に落葉の宮に近づき話しを交わそうと目論むが、宮は一途に拒む。夕霧の物思わしさは募るばかりで、そのまま帰る気にはなれない。

 

御息所が苦しみ出して、律師が加持を始めると、女房達はその方へ行き、宮の側に侍する人が少なくなる。夕霧は、この時を機に、霧が深く、帰る道も見えないことを理由にして留まり、宮に話しかけ、歌を送る:

 

  山里の 哀れを添ふる 夕霧に 

    立ち出でんそらも なきここちして  (夕霧)   

 

落葉の宮は、心無い返歌をするが、夕霧は、せめてもの答えを貰えたことがうれしく、いよいよ帰ることを忘れるのである。夕霧は、口をきわめて愛を訴えるが、宮は、答えることはなく、むしろ朝が来る前に帰るよう促す。

 

夕霧は、真摯な態度で、早朝に帰宅する。まず六条院の花散里夫人の住居に行き、朝露に濡れた衣服を着替え、朝粥を摂って、雲居雁夫人の居間へ帰って行った。そこから小野へ手紙を贈る。

 

一条御息所は、夕霧が朝帰りをしたことから、宮との契りを思い、それを質そうと、鳥の足跡のような筆跡の消息を病床から夕霧に贈る。しかしその消息は、宮との仲を嫉妬する雲居雁夫人に奪われ隠されてしまい、結局、夕霧からの返事はなく、訪れもないことに落胆した御息所は悲嘆の余り息を引き取ってしまう。

 

落葉の宮は出家を願うのですが、父・朱雀院に止められます。夕霧は、一条御息所の葬儀の一切を取り仕切ります。また雲居雁夫人の嫉妬をよそに落葉の宮の許へ通い、形ばかりの結婚をする。とは言え、宮は、頑なに心を許すことなく、渓(タニ)を隔てて寝る山鳥の如き夜を過ごすのである。 

 

三条へ帰ってみると、雲居雁夫人は、姫君たちと幼い子だけつれて実家に帰っていた。手紙を遣っても、迎えの車を出しても返事はない。因みに夕霧は、雲居雁夫人に8人、藤内侍に4人、総勢12人と子沢山の父となっている。

 

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooo    

  山里の 哀れを添ふる 夕霧に

    立ち出でんそらも なきここちして  (夕霧)

   (大意) 山里の物寂しい思いをつのらせる夕霧に ここから

    帰って行く気持ちになれずにいます。 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>  

    在汝身旁      汝(ナンジ)の身旁(シンペン)に    [下平声七陽韻]  

山村充晚霧, 山村に晚霧 充(ミ)ち,

蕭寂感淒涼。 蕭寂(ショウセキ)として 淒涼(セイリョウ)の感あり。

只厭離開此, 只(タダ)に厭(イト)う 此(ココ)を離開(アナレ)るを,

相留汝身旁。 汝(ナンジ)の身旁に相留(アイトドマ)らん。

<現代語訳> 

  あなたのお側に

山里には夕霧が充(ミ)ちて、物寂しく哀れを催す。此処から行き去る気にはなれない、貴方の側に相共に留まっていたい。

<簡体字表記>  

  在汝身旁   

山村充晚雾, 萧寂感凄凉。

只厌离开此, 相留汝身旁。

ooooooooo   

 

  落葉の宮の返歌:

 

山がつの まがきをこめて 立つ霧も

  心そらなる人はとどめず       (落葉の宮) 

 [註]○山がつ(山賤):きこりや杣人など、山仕事を生業とする身分

  の低い人。

 (大意) 山人の垣根に立ち込める霧も 心ここにあらずの人を引き留

  めることはしません。 

 

 

【井中蛙の雑録】

『蒙求』と『蒙求和歌』-7  『蒙求和歌』-③

『蒙求和歌』の内容について、“222蒼頡制字”の項を覗いてみます。

 以下、『蒙求和歌』の内容の抜粋で、和歌を詠む要領のヒントを示しています。

 

 // 

 蒙求原文

   222蒼頡制字 

  史記。蒼頡、黄帝時人。観鳥迹作文字也。(史記にいふ。蒼頡、

  黄帝の時の人なり。鳥迹を観て文字を作るなり。)  

説話文

 〇蒼頡ハ、黄帝ノ史官也。賢才ナラビナカリシ人ナリ。鳥ノ跡ヲ

    ミテ、……。蒼頡字ヲツクリシカバ、鬼、夜哭シケリト云エリ。

      ……。  

    蒼頡は、黄帝の史官也。賢才ならびなかりし人なり。鳥の跡を

        みて、……。蒼頡字をつくりしかば、鬼、夜哭しけりと云えり。

        ……。 

 【和歌

  〇ハマチドリ ムカシノアトヲ タヅネテゾ フデノウミヲ クムベカ 

   リケル

  はまちどり むかしのあとを たづねてぞ ふでのうみを くむべか 

   りける 

   ……。

  [話と歌題との関連] 

   千鳥→「鳥の跡」 ・「千鳥」の鳥から、鳥の足跡を見て文字 

   を発明したという本話と結びつけた。  

 //  

 

(筆者注) 

 カタカナ文(〇)、ひらがな文()両様で示されており、幼童および

指導者を対象とした意図が読み取れます。 

 カタカナ文、ひらがな文それぞれに[語注]および[解説]の項があり、

最後に[話と歌題との関連]の項が設けられている。

  [章剣:『蒙求和歌』校注、2012、(渓水社) に拠る]

 

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閑話休題 431 『源氏物語』の歌  (三十八帖 鈴虫)

2024-10-01 09:52:28 | 漢詩を読む

[三十八帖 鈴虫  要旨]  (光源氏 50歳夏~秋) 

 

夏、蓮の花盛りに、出家した女三の宮の持仏開眼供養が盛大に営まれた。念仏堂の一切の装飾と備え付けの道具は六条院の志で寄進されてあった。花机の被いは紫夫人の手元で調製されたもので、鹿の子染めが散らされている。本尊には阿弥陀仏、脇侍には観音菩薩と勢至菩薩が安置され、それぞれ白檀で、精工に彫られてある。

 

宮の持経は、六条院が手ずから書かれたものである。これを御仏への結縁としてせめて愛する者二人が永久に導かれたい希望が願文に述べられてあった。

 

朱雀院は自らの所領の三条宮を女三の宮に譲ります。これは永久に宮の家を経済的に保証するものである。朱雀院は、そこに移ることを勧めますが、源氏は、遠くなっては始終お目に掛かることができない とそれを拒みます。

 

秋に、源氏は宮の住居の渡殿の前の庭に草原を作らせ、虫を放たせた。源氏は虫の声を聞く風を装って、三の宮を訪れる。十五夜の夕、源氏が女三の宮を訪れると、多くの虫が鳴きたてており、中でも鈴虫の声が殊に華やかに聞かれた。鈴虫は、愛嬌のある虫で、可愛く思われると、源氏が言うと、宮は:

 

 大かたの 秋をば憂しと 知りにしを 

   振り捨てがたき 鈴虫の声    (女三の宮)   

 

と低い声で詠われた。源氏は、「思いがけないことを」とささやいて、返歌を詠い、琴を出させて弾いた。宮は数珠を繰るのも忘れて琴の音に熱心に聞き入った。 

 

そこへ蛍兵部卿の宮や夕霧等々が訪れて、「今夜は鈴虫の宴で明かそう」と管弦の宴となった。次いで、冷泉院から誘いがあり、一同で冷泉院を訪れ、宴は続けられた。明け方、院を退出、源氏は秋好中宮を訪ねます。中宮は母の六条御息所の霊を鎮めるために専心信仰の道へ進みたいとの思いを強く訴えるのでした。

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooo    

大かたの秋をば憂しと知りにしを 

  振り捨てがたき鈴虫の声     (女三の宮) 

 [註] ○“秋”は、“飽きる”との掛詞、源氏の心が離れていることを暗示 

  か; ○“振り”は、“鈴をふる”の掛詞。 

 (大意) おおかたの秋は憂鬱な季節と思って来たのが、鈴虫の声を聞くと 

  未練が振り捨てられません。 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>  

  依恋現世      現世への依恋(ミレン)   [上平声四支韻] 

從來如此想, 從來 此(カ)くの如く想う,

憂慮滿秋期。 憂慮 秋期に滿つと。

聞到馬鈴唧, 馬鈴の唧(チッチ)を聞到(キク)に,

蘇生憶旧時。 旧時の憶(オモ)い蘇生す。 

 [註]○依恋:未練; ○馬鈴:鈴虫; ○唧:ちっち、虫の鳴き声。

<現代語訳> 

  現世への未練 

これまでこのように思っていた、秋の季節は憂いの多い時期であると。鈴虫の鳴き声を聞くにつけ、曽て現世にいた時の思いが捨てがたく、蘇ってくる。

 

<簡体字およびピンイン>  

  依恋现世    Yīliàn xiànshì

从来如此想, Cónglái rúcǐ xiǎng,

忧虑满秋期。 yōulǜ mǎn qiū 。   

闻到马铃唧, Wén dào mǎlíng jī,

苏生忆旧时。 sūshēng yì jiù shí

  

ooooooooo   

 

女三の宮の歌では、源氏の心が宮自身から離れていることが暗示されていることから、源氏は、思いがけないことだと、返歌している:

 

心もて 草の宿りを 厭えども

  なほ鈴虫の 声ぞふりせぬ  (光源氏) 

 [註]〇心もて:自ら進んで; 〇ふりせぬ:古くならない。

 (大意)ご自分から家をお捨てになり、出家されても、今でもやはり

  鈴虫の声は若々しく聞こえます(貴方への思いは今も変わりません)。

 

 

【井中蛙の雑録】

『蒙求』と『蒙求和歌』-7  『蒙求和歌』-②

『蒙求和歌』の内容について、“222蒼頡制字”の項を覗いてみます。

 

// 『蒙求和歌』の内容

[蒙求原文]

 史記。蒼頡、黄帝時人。観鳥迹作文字也。(史記にいふ。蒼頡、黄帝の

    時の人なり。鳥迹を観て文字を作るなり。)

[説話文]

 〇蒼頡ハ、黄帝ノ史官ナリ。賢才ナラビナカリシ人ナリ。……、字ヲ

  ツクリシカバ、鬼、夜哭シケリト云エリ。 

 〇蒼頡は、黄帝の史官なり。賢才ならびなかりし人なり。……、字を

  つくりしかば、鬼、夜哭しけりと云えり。    

[和歌] 

 〇ハマチドリ ムカシノアトヲ タヅネテゾ フデノウミヲバ クムベカリケル

 〇はまちどり むかしのあとを たづねてぞ ふでのうみをば くむべかりける

//  

(筆者注)カタカナ文(〇)、ひらがな文()両様で示されており、幼童および指導者を対象とした意図が読み取れます。

  [章剣:『蒙求和歌』校注、2012、(渓水社) に拠る]

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