沢木耕太郎氏のエッセイ集です。多彩な切り口の「今」を舞台にした15編の作品が収録されています。
今といっても、本書が書かれたのは20年ほど前ですから、描かれている世情も「現在」とはかなり異なります。私と沢木氏も一回りの年齢差(私の方が年下)がありますから、完全に同時代を共有していたというわけではありません。とはいえ、描かれている風景や空気、その当時の感性等については、ごく自然に共感できるところがありました。
その中から、1・2、印象に残ったフレーズをご紹介します。
一つ目は、「タクシー・ドライバー 東京篇」とのタイトルのエッセイから。
(p76より引用) 何かが起きそうで起こらない。やはりそれが都会である証拠なのかもしれない。都会を走るタクシーでの出来事である証拠なのかもしれない。
私も以前は仕事の関係で遅くに帰宅することがかなりあって、そのときには深夜タクシーを利用していました。都心環状線にあふれるタクシーの連なりや、都心から郊外へ向かうタクシーの流れを見ていると、沢木氏の感覚が分かるような気がします。
それからもうひとつは「都会の公衆電話」をテーマにしたもの。「赤や緑や青や黄や」というタイトルがついたエッセイです。
(p172より引用) 都市の公衆電話には都会人の人生の断片が詰まっている。赤や緑や青や黄の公衆電話の前に立ち、コインも入れず、カードも差し込まないまま受話器に耳を当てると、そこにぎっしり詰まった人生の断片が逆流してきそうな気がする。俺が、私が、と声を上げながら・・・。
今から2~30年前は、携帯電話がこれほど普及していませんでしたから、下宿生や独身者のコミュニケーションツールとして「公衆電話」は欠くことのできないものでした。テレホンカードもないころは、買い物のおつりの10円玉をためていましたね。その10円玉を握り締めて、下宿のそば川越街道脇の公衆電話に何度も通った記憶が甦ります。
沢木氏の著作としては、以前「深夜特急」を読んだことがあります。日本からアジア経由でヨーロッパに向かう沢木氏の一人旅の経験を綴った「深夜特急」も印象に残った作品ですが、この「チェーン・スモーキング」もなかなかいいです。エッセイにありがちな作者の「ひとり語り」にとどまったものではなく、読者を意識したエンターテイメントとして仕上げようという沢木氏の気配りが感じられます。
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